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 それからしばらく二人きりで楽しい時間をすごしたのち、俺たちはその場で別れた。ユリィはまっすぐ寄宿舎のほうに帰って行ったようだった。


 一方、一人になった俺は、そのままリュクサンドールの部屋に向かった。やはり呪いのことが気になるので、調べてもらおうと思ったのだ。あいつの謎器具なら、呪いの進行具合が数値でわかるらしいからな。


 俺がやつの部屋に行ったとき、やつは普通にソファに座ってくつろいでいる様子だった。もう今日の仕事は終わったのか、教師の制服姿ではなく粗末なシャツとズボンの私服姿だ。とりあえず、バッドエンド呪いの検査を頼んだ。


「あ、はいはい。そろそろ調べなくちゃいけないころでしたねー」


 がちゃがちゃ。リュクサンドールはすぐに例の謎器具を頭に装着し、俺を検査し始めた。


 そして、


「あー、ダメじゃないですか、トモキ君。また数値が悪化してますよ」


 ぎくっ! 相変わらず指摘が鋭い。


「数値の履歴からして、急激に悪化したのはついさっきのようですね。もしかして、胸いっぱいの幸せ気分を満喫してきた帰りですか?」

「あ、はい……」

「なんで我慢できなかったんですか。あれほど過剰な幸せは毒だと言ったじゃないですか」

「す、すいません」


 またしても、肝臓の数値が悪化して、医者に飲酒をとがめられてるおっさんみたいな気持ちになってきた。


 それにしても、こいつの謎器具、何気にすごい性能だな。俺のメンタルの浮き沈みの履歴が丸わかりじゃねえか。呪術以外にも使えるんじゃないの、これ?


「ただ、以前に比べるとかなりマシな状態に戻っているのは確かなようですね」


 おお、今日はそこまで悪くないっぽい! やったあ。


「今日の幸せのぶんだけ悪化しているのは間違いないんですが、数値の履歴を少し前までさかのぼって見てみると、何日か前にドーンと数値が下がって呪いが初期状態にまで戻っている感じなんですよ。なので、トータルではまだ余裕があるということなんですが……あれ? この日は確か、僕とトモキ君が真剣勝負した日ですね?」

「え」


 あの新月の夜に俺のバッドエンド呪いは初期状態に戻った、だとう?


 それはつまり……。


「ようするに、俺にとっては、それだけお前の呪術が不快極まりなかったってこと――」

「おかしいですね? あんなに素敵な呪術をたくさん使って、僕もトモキ君も幸せいっぱいになったはずなのに、バッドエンド呪いが初期状態に戻るなんて。もしかすると、ツァドのような高位の呪術には、他の呪術による呪いを弱める効果があるのも?」

「い、いや、俺は別に幸せじゃなかったから! その仮定、根本から間違ってるから!」


 相変わらず頭おかしい呪術オタに、声高にツッコミを入れずにはいられなかった。


「え? なんでですか? レティスとかツァドとか、めったに使われることのない呪術を目の当たりにして、すごく幸せな気持ちになったでしょう?」

「なるわけねえだろ!」


 俺は本当に死ぬかと思ったんだが! 特にツァド。なにアレ?


「いやでも、高位の呪術の効果をぶつけることで、既にある別の呪いの力を弱めるというのは、解呪のやり方としてはそれなりに理にかなっているんですよ。トモキ君にもう一度レティスやツァドを使ってみたら、もしかしたらバッドエンド呪いが解けるかも――」

「解けない解けない解けない! そのやり方は絶対ないから! 忘れて!」


 俺は必死に叫んだ。もうマジでアレは使われたくない! 今度使われたら、間違いなく死ぬ!


「だいたい、呪術は禁術扱いでおいそれと使えるもんじゃねえはずだろ。あの夜は、たまたま女帝様の許可が下りただけで――」

「ああ、実はあのあと、陛下に言われたんですよ。トモキ君にだけはいくらでも呪術を使ってもいいと」

「え」

「そのさいには、例のコロシアムを使わせてくれるそうです。あそこなら、周りに人がいないからどんな呪術も使いたい放題です。まあ、あくまでトモキ君の合意が得られればの話なんですけどねー」

「だ、誰が合意するかっ!」


 あのロリババア、なんで勝手にそんな許可出してんだよ! 死ねよ!


「だいじょうぶですよ。もう決闘じゃないんですから、トモキ君が絶対死なないように、手加減しますから」

「いや、器用に手加減できる術じゃなかっただろ、あれ……」


 つか、俺を呪術のサンドバッグにするの前提で語るのやめーや。


「とにかく! 俺は絶対にお前の呪術の相手にはならないんだからなっ!」

「はあ……」


 リュクサンドールはひどくがっかりしたように、肩を落とした。


 と、そのとき、俺はやつが座っているソファのひじ掛けのところに、燕尾服のような高そうな服がかけられているのに気づいた。これは何だろう? この貧乏くさい男の持ち物には見えんが……?


「ああ、これはルーシア君にいただいたんですよ」


 と、俺の視線に気づいたのか、リュクサンドールは勝手に説明し始めた。


「ルーシアに? なんでこんな服を?」

「なんでも、今日はぜひこれを着て家にいらしてくださいということでした」

「あいつの家に? 家庭訪問か?」

「いえ、実は例の暗黒魔法の本、ルーシア君のおうちで買ったらしいんですよね。それで、今日、僕に読ませてくれるそうです。ありがたい話ですよね」

「暗黒魔法の本って……ああ、あれか」


 あの骨董品屋で、モメてたやつか。すごく高い本だったはずだが、あいつの家が買ったのか。なんでまたそんな金ドブな真似を……って、理由は一つしか思いつかないか。


「今日はちょうど他のご家族の方がいらっしゃらない日だそうで、ゆっくりしていってもいいそうです。晩御飯もごちそうしてくれるそうです。さすがクラス委員長のルーシア君、優秀ですよね」


 と、目の前の間抜けは何一つ察していない様子で、にこにこしている。ああ、やっぱあいつがあの本を買った理由は一つしかないわ。この男を家に呼ぶために買ったんだわ、アレ。


 まあ、あいつがどういう狙いだろうと、この男が呪術以外の何かに興味を持つとは到底思えんが……それはそうとして、このままあの女の計画通りに事が運ぶのも、俺としては見過ごせねえ感じだな?


「先生、せっかくですし、俺も一緒に行っていいですか?」


 そうだ、ここは全力で邪魔しないと! あのむかつく女に歯ぎしりさせるために!


「え、トモキ君も一緒に? いきなり誰か連れて行くのは迷惑じゃないですかね?」

「だいじょうぶですよ。あいつはなんせ、優秀なクラス委員長様です。一人ぐらい客が増えたってちゃんと神対応してくれますよ」

「なるほど、言われてみれば確かに」


 ふむふむとうなずく男だった。相変わらずちょろい。


「それに、俺も呪術を勉強する身の上として、ぜひその暗黒魔法の本の内容を見てみたいんです!」

「ああ、そうですね! トモキ君は、あのDIYの邪悪な誘惑に屈することなく呪術の授業を選んだ素晴らしい生徒の一人でした! ぜひあの本の内容も見ておかなくてはいけませんね! 今後、DIYにそそのかされないためにも!」


 と、さらに俺の言葉に大きく動かされたような男だった。DIYはどうでもいいが、説得は完了か、フフ。


 まあ、ここはさらに念には念を入れておくか。


「あ、そうだ。この際、俺だけではなく他の生徒も連れて行きましょうよ。呪術の授業を選択している生徒なら、その本のすばらしさもわかるはずです」

「そうですね。あれは多くの人が読むべき本です」


 さらに俺の言葉に大きくうなずく男だった。やった、これであの女の「愛しの先生と家で二人きりでイチャイチャ計画」を、邪魔することができるぞ! ざまぁみやがれってんだ!


 そういうわけで、俺はその後、リュクサンドール他と一緒にルーシアの家に向かったのだった。

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