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「それにしても、今日は珍しいですね。トモキ様がお一人でいるなんて」

「はは、そうだな」


 最近は常に誰かにまとわりつかれてたからなあ。有名人もつらいぜ。


「まったく、最近はほんとにうぜえよな。あいつら、何かにつけ勇者様勇者様で俺に群がってきやがって。ほんの少し前までは、ただのトモキ君だったのにな」

「そう……ですね」


 と、そこでふと、ユリィは何か思ったのか、さみしそうな顔になった。


「どうしたんだよ、ユリィ? 急に腹でも痛くなったのか?」

「いえ、ただちょっとレーナの時のことを思い出してしまって」

「レーナ?」

「はい。あのときも、今とまったく同じ状況でした。トモキ様が何者であるか明らかになったとたん、いろんな方たちがトモキ様のところにやってきて……。そういう様子を見ていると、わたしはなんだか置いてけぼりになったような気がしたんです」

「置いてけぼりってなんだよ、それ? 俺は別に身バレしたからって、お前と何かあったわけじゃなかっただろ?」

「それはもちろん、わかってます。でも、それでも、トモキ様がいろんな方たちに囲まれているのを遠くから見ていると、だんだんわたしなんかが一緒にいちゃいけないお方のように思えてきて……」


 ユリィは再びさみしそうな顔になってうつむいた。


 そうか、こいつがあのとき急に俺に抱きついてきたのは、こういう気持ちだったからだったんだな。


 俺はその瞬間、ユリィという女の子のことがまた少しわかった気がした。こいつはきっと、俺や周りの人間が思っているよりずっと、自分を低く見ていて、価値がない人間だと思ってるんだ。だから、ちょっとしたことですごく不安になるんだ。きっと子供のころの記憶がないこととか、そのせいで魔法がうまく使えないことが関係しているんだろう。


 だったら、俺がしてあげられることは……。


「だいじょうぶだよ。お前とはちゃんと約束したじゃねえか。俺は急にお前の前からいなくなったりしないって」


 と、元気づけることぐらいだった。記憶のこととか、正直俺にはどうすることもできんし。


「あと、わたし『なんか』っていう卑屈な言い方もやめろよ。俺は別に、お前のこと、他の人間に比べて劣ってるとか思ったこと一度もねえぞ。だいたい、お前は俺よりずっと勉強ができるし、料理だってうまいし、か、かわいい、し……」

「え?」


 そこでユリィはびっくりしたように顔を上げて、俺をじっと見つめた。はわわ、うっかり口がすべって変なこと言っちゃったあ。恥ずかしい……。


「今、わたしのことをなんて?」

「い、いや、今のは聞かなかったことに――」

「でも、ちゃんと聞こえませんでした。もう一度同じことを言ってくれないと、聞かなかったことにはできません」

「えぇ……」


 確かにちょっと小声になっちゃってたけどさあ。そんなまっすぐ俺を見つめながら、もう一度お願いしますなんて言わないでよお……。


「わ、わかったよ! もう一回言うよ! ようするにお前はすごい人間だよ!」

「……さっきとは違う言い方になっている気がします」

「う」


 恥ずかしくないように要約したんだけど、意外と審査厳しいな!


「じゃ、じゃあ、さっきと同じこともう一回言うから、さっきと同じようにお前もうつむいてくれる?」

「え、うつむかなきゃダメですか?」

「ダメなの! やりなさい!」

「はあ……」


 ユリィはしぶしぶという感じで、再びうつむいた。


 うう……恥ずかしいけど、もう一回同じこと言うしかないか。


「だ、だから、その……お前は頭もいいし、女子力高めで美味いミートパイとか作れるし、み、見た目だってかわいいほうかなって――」

「え、いや、わたしはそんな……」


 今度はちゃんと聞こえたのだろう。俺がかわいいと言ったとたん、ユリィはうつむいたままびくっと体を震わせ、俺からちょっと後ずさりしてしまった。その顔は見えないが、耳まで真っ赤なようだ。


「お、お前がもう一度言えっていうから、言ったんだぞ! お、俺だって恥ずかしいんだからな、バーカバーカ!」


 なんかもう恥ずかしすぎて小学生みたいな口調になってしまう。


「そ、そうですね。わざわざわたしのためにもう一度言ってくれてありがとうございます……」


 ユリィはおずおずと顔を上げ、俺を見つめた。


 そして、


「わ、わたし、トモキ様にそう言っていただけると、すごくうれしいです」


 そう言って、照れくさそうに、それでいてとても無邪気に笑った。


 や、やばい、この子、マジでかわいい……。俺は一瞬、その花が咲くような笑顔に目を奪われて、フリーズしてしまった。


 というか、俺はなんでこんなかわいい子とさっきからラブコメしてるんだ? 俺マジで幸せ者か! 前世から通算四十年目の清らか人生が、ついに終わりを告げてしまうのか、俺ェ……。


 と、その瞬間、


『マスターって、定期的に呪いのこと忘れてますよネー』


 頭の中で忌々しい声が響いた。発信源は制服の左手の袖の下に装着している籠手からだ。俺ははっとした。そうだ、呪いを解くまでは、俺はこれ以上幸せになってはいけない身の上だった! くうう!


「わ、わかってくれて俺もうれしいぜ? そういうわけだから、お前はもっと自分に自信を持てよ?」

「はい!」


 ユリィはやはり輝くような笑顔で言う。それを見ていると俺の胸の中には愛しさと切なさと心強さとやりきれなさと歯がゆさとほぞを噛むような思いと、なんか諸々の感情が湧き上がってくるのだった。


 ユリィが学園生活を楽しんでいるみたいだから、さっきはベルガドに行くの先延ばしにしてよかったと思ったけど、本当にそうだったのかなあ? 今は、一刻も早く呪いを解きたい気持ちでいっぱいでござる……。

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