209

 その後、リュクサンドールとヤギはすぐに帰り、俺とユリィもそれぞれの寄宿舎に戻った。


 俺がハリセン仮面の濡れ衣を着せられていただけの無実の少年であったことは、すでに多くの人が知っていることのようで、寄宿舎に帰るやいなや、俺は他の男子生徒たちに質問ぜめにあった。まあ、本当のことなど何も話せるわけがなく、適当にあしらうだけだったが。


 やがて翌日、俺はヤギと一緒に学院に登校した。以前と変わらない学園生活の再開だ。とっとと修学旅行でベルガドに行かないとな。なお、ヤギに聞くところによると、ティリセは体験入学期間を終えたと同時に、学校から姿を消したということだった。またどこかで会うこともあるんだろうか? 


 ただ、その日は教室に入るや否や、緊急の全校集会があるとかで、俺たち生徒は校庭に集められた。いったいなんだろう? ハリセン仮面の件は解決したはずだが……?


 学院中の生徒たちがきれいに整列しおわったところで、やがて俺たちの前にこの学院の理事長、エリーが現れた。機嫌が悪いのか、なんだか妙に険しい顔をしている。


「今日は、みなさんに大事なご報告があります」


 と、エリーは言うや否や、いきなり俺のほうをにらみ、「そこの、一年四組トモキ・ニノミヤ君、前へ」と名指しで命令してきた。


「え、俺?」


 いやな予感しかしなかったが、エリーは相変わらず俺をにらんでいるし、周りの生徒たちも俺を見ているしで、その言葉には逆らえなかった。しぶしぶ、エリーの隣に行った。


 すると、その直後、横から王宮の衛兵と思われるやつらが集まってきて、俺を囲んだ。こいつらは教師たちが整列している中にひそんでいたようだ。いったい何事だ? 見ると、みんな俺に向かってひざまずき、何やら敬意を表しているような?


 やがて、一人のおっさんが、そんな俺たちのほうにゆっくり歩いてきた。立派なコートを着ており、なんだかとても偉そうな人物だ。


「わたくしは、この聖ドノヴォン帝国の宰相、ラースベルト・ヴォン・ギウスでございます。はじめまして、トモキ・ニノミヤ様。いや、今はかつてのお名前でお呼びしたほうがよろしいでしょうか、勇者アルドレイ様」


 と、おっさんは俺に敬礼しながら言った。この場にいる全員に聞こえるように、ひときわでかい声で言った……って、いきなり何言ってんだ、コイツ!


「え、トモキ君のことを、勇者アルドレイ様だって!」

「国の偉い人があんなことを!」

「やっぱりトモキ君はタダモノじゃなかったんだね!」


 とたんに、生徒たちは大きくざわつきはじめた。当然の反応だ。だが直後、エリーが「静粛に!」と強く叫んだので、みなはすぐに静まり返った。(さすが名門校、よく訓練された生徒たちだ)


「い、いや! 俺は別に勇者アルドレイなんかじゃねーから!」


 俺はあわてて否定するが、


「ああ、そうでした。なぜあなた様が伝説の勇者様であると我々が知ったのか、お話しておかなければなりませんね」


 宰相のおっさんは、何やら自信たっぷりの様子で、近くの衛兵に目配せした。すると、その衛兵は自分の腰に差していた剣をうやうやしく俺たちのほうに差し出した。鞘に入ったままのそれは、見るからに高そうな立派な剣だったが……だったが? あれ、なんだろう、このすごく懐かしいような、それでいてとてつもなくいやな感じ?


「まさか、この剣って――」

「はい。こちらは、警察の取り調べの際にあなた様よりお預かりしていた聖剣にございます」

「せい、けん……」


 違う! これは聖剣なんかじゃない! 呪われた忌まわしいゴミ魔剣だ!


「これは、あなた様にお返ししておかなければなりませんね」


 宰相のおっさんは俺の気持ちなどおかまいなしで、さらに衛兵に目配せし、俺にそのゴミ魔剣を押し付けてきた。うう、またしても俺の手元に戻ってくるのかよ、これ!


「まずは、この聖剣をお預かりしていた件について、あなた様に深く謝罪しておかなければなりません。我々は、伝説の勇者アルドレイ様であるあなた様を、よりによって、ハリセン仮面などという不届き者と誤解し、聖剣を取り上げ拘束してしまったのですから」


 宰相のおっさんは俺の前にひざまずき、深く頭を下げた。いや、誤解も何も本人なんだが? 謝罪されても、居心地の悪さしか感じないんだが?


「しかし、その失礼千万な誤解により、我々はくしくも、あなた様が誰であるのかを知ることができたのです」

「え、なにそれ?」

「我々があなた様の聖剣を魔科捜研で詳しく調べた結果、です」


 と、どっかのネット掲示板のスレタイみたいに言葉を切って説明する宰相さんだった。


「この聖剣をお預かりしたとき、警察関係者の中には、あなた様がハリセン仮面であろうという間違った認識がありました。そして、当然この聖剣は、その犯行になんらかの関わりがあるだろうと判断され、魔科捜研で詳しく調べられることになりました。しかし、その結果、なんとこの聖剣の刃から、ごくごく微量ながらも、あの暴虐の黄金竜マーハティカティの鱗と同じ成分が検出されたのです! これはまさに驚きの発見です!」


 と、宰相が叫ぶと、生徒たちも「おお!」と驚きの声を上げた。何この、安っぽいバラエティ番組みたいなガヤ?


「この発見はつまり、あなた様があの暴虐の黄金竜マーハティカティを倒したご本人、すなわち伝説の勇者アルドレイ様であることを証明しています。なんという驚異の新事実でしょう! これを最初に知った魔科捜研の捜査官は、驚きと恐れ多さのあまり、手足を強く震わせ椅子から転げ落ち、体からあらゆる汁を噴出させ失神したそうです!」

「そ、そう……」


 その人、大丈夫なん? そんなメンタルで、ちゃんと他の仕事やれてるの?


「この事実はすぐに女帝陛下の知られるところとなりました。陛下は直ちに、警察関係者にハリセン仮面の事件の再調査を厳命されました。そしてそれにより、あなた様がハリセン仮面とはまったく無関係であることが判明しました。伝説の勇者アルドレイ様であるあなた様を、あのように不当に拘束していたことを、本当に心よりお詫びいたします」


 宰相のおっさんはさらに俺に深く頭を下げた。いや、だから、こういう態度は逆に困るんだが?


「は、話はわかった。誰にだって誤解はあるよな。俺は別に気にしてないから、この件はこれで水に流し――」

「つきましては勇者アルドレイ様、これからぜひ王宮にいらしてください!」

「え」

「陛下が直々にあなた様に謝罪されたいとおっしゃっておりますので!」


 と、宰相が言ったとたん、また近くの衛兵が動き、俺の立っている場所から学院の校門に向かって、赤いじゅうたんを敷き始めた。


「ささ、この上をお通り下さい。勇者様!」

「ええぇ……」


 俺は当然王宮なんかに行きたくなかったが、


「学院のことでしたらお構いなく、勇者アルドレイ様」


 と、背後からエリーがどすの利いた声で圧をかけてくるので、逃げられない雰囲気だった。しぶしぶ、宰相のおっさんに導かれるまま、その赤いじゅうたんの上を歩いて進んだ。

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