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「あ、ところで、トモキ君、体の具合はどうですか?」


 ふとそこで、リュクサンドールが思い出したように尋ねてきた。なんだ急に? まさかこいつなりに、俺のことをいたわってるのだろうか? ゆうべはお互いズタボロだったしな。


「ああ、女帝様が回復魔法かけてくれたおかげで、今はすっかり元通りだぜ」

「え、すっかり元通り? なんでですか!」

「いや、だから回復魔法――」

「なんで僕に黙って勝手に治っちゃうんですか! 君はよりによって、あのツァドの攻撃を食らったんですよ! あれは千年もの間幻とされていた禁術ですよ! その攻撃を二回も! 普通の人ならツァドの近くにいるだけで即死なのに、二回も! それによって君の体にどんな悪影響が出たのか、呪術研究家の僕としては調べたいに決まってるのに、勝手に治療して全部なかったことにしてしまうなんて……意味がわからないですよ!」

「いや、意味がわからんのは俺のほうなんだが?」


 お前はマジで何を言っているんだ。


「トモキ、俺がファニファに聞いたところによると、先生が昨夜使ったツァドという術のせいで、お前たちが戦っていた場所から5km圏内の草木はすべて枯れてしまったそうだぞ」(※)


 と、ヤギが言うが、5km圏内って影響範囲でかすぎだろ! あれやっぱ、それぐらいの超やべー術だったのかよ! 


「そのような恐ろしい術を使われて、無事に帰って来れるとは、さすが勇者アルドレイだ」

「いや、あれは俺がどうこうしたわけじゃ……」


 魔剣が突然光ったせいだしなあ。俺はちらっとユリィのほうを見た。


「つまり、実質的には、こいつに勝ったのは俺じゃなくてお前ってことだ、ユリィ」

「え?」


 ユリィは当然何のことかよくわかっていないようだった。とりあえず、女帝様に聞いたことをそのまま三人に話した。


「なるほど。あれはユリィ君の魔法だったんですね」


 リュクサンドールはおおいに納得した様子だったが、ユリィはひたすら困惑しているようだった。自分にそんな力があったなんて、思ってもみなかったんだろう。


「……ま、そういうわけだから、昨日の勝負はお前の勝ちってことでいいぜ。ユリィの助けがなかったら、俺はお前に手も足も出なかったんだからな」

「いえ、それは違いますよ、トモキ君。どんな形であれ君は僕に勝った。それは間違いないのです。たとえユリィ君の手助けがあったとしても、そういう運命の流れを引き寄せることができたのは、君自身の力によるものです。そう、まさに伝説の勇者様だからこそです」


 リュクサンドールは妙に潔かった。こいつ、伝説の勇者様である俺を恨んでるんじゃなかったのかよ。


 まあしかし、言われてみれば確かに一理あるな? そもそもあの魔剣は、処刑バトルの主催者である女帝様から渡されたものだし、俺はそれを素直に使っていただけで、なんのインチキもしてないわけだし。それにたまたまユリィの魔法の効果が残っていたとしても、俺はそれに一切関与してないわけで……なるほど、確かに昨夜の勝負、俺の勝ちで間違いないな! はっはっは!


「トモキ、部外者の俺が言うのもなんだが、おそらくはお前たち二人の絆の深さが、先生の恐るべき呪術に打ち勝ったということではないだろうか」


 と、ヤギがなんかクサイことを言ってやがる。ユリィとの絆の深さとか唐突に言われても、なんか恥ずかしくなっちゃうんですけど!


「そうですね。呪術とは負の感情をこめて使うものですが、神聖魔法はその逆です。今回は、僕の呪術に込めた負の感情よりも、トモキ君とユリィ君のお互いを想いあう気持ちのほうが強かったということでしょう。僕はやはり、呪術師としてはまだまだだったということですね」


 と、リュクサンドールもなんか追い打ちかけてくるんだが! 顔が熱くなってくるんだが。見ると、ユリィも真っ赤になってうつむいてるし。


「正直に言うと、僕にはもう、伝説の勇者様である君への恨みは残ってないのですよ」


 さらに、遠い目をしながら語る男であった。


「昨夜、僕は君に負けました。それは確かにとてもくやしいことです。しかし、にもかかわらず、今の僕の中には、君への感謝の気持ちでいっぱいなのです」

「か、感謝?」

「ええ! 昨夜は本当に、いろんな呪術を使えて楽しかった! 君のおかげで、僕はレティスはおろかツァドまで使うことができました! 本当にありがたいことです! さすが伝説の勇者アルドレイ様です! あんなにもまっすぐに僕の呪術を受け止めてくれるなんて!」


 リュクサンドールは目をキラキラ輝かせながら、俺の手を両手でがっしと握った。なんだ、こいつ? きめえ。


「い、いや、俺はただお前と戦っただけ――」

「ぜひまた、僕の呪術の研究に付き合ってくださいね!」

「え」

「次の新月の夜はどうでしょう? 今度こそツァドの影響を確かめてみた――」

「いや! それだけは絶対にお断りだから!」


 あれ蛇の術だけはダメだから! おぞましすぎるから! 頭のおかしい呪術師の男の手を振り払い、さらに「俺の前で呪術の話はもうするな!」と念を押した。


(※ここは地球ではない世界なので距離の単位はキロじゃなく、キゥロになっています。キゥロはkmと表示されます。1キゥロは地球における1キロメートルと同じくらいの距離です。偶然ですね!)

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