210
宰相のおっさんに先導されるがまま校門を出たところで、俺はぎょっとした。なんと、俺たちが歩いている赤いじゅうたんの道の両脇に、たくさんの貴族たちが並んで、ひざまずいていたからだ。みな、宰相のおっさんと同じくらいの立派なコートを着ている……。
「彼らは、この聖ドノヴォン帝国の有力諸侯らです。昨日、陛下が緊急の招集をかけられたので、こうして勇者様の前にはせ参じたというわけです」
「昨日のうちに緊急招集だとう……」
あのロリババア、俺がユリィと一緒に王宮でのんびりしている間に、勝手にそんなことしてたのかよ! なぜそんなことを……。
やがて、俺たちはすぐに王宮についた。まあ、学院からは徒歩でも十分か十五分ぐらいの近さだし。ただ、その程度の距離とはいえ、赤いじゅうたんの道は途切れなくずっと続いていたし、その脇にもみっちり貴族たちが並んでいて一様に俺にこうべを垂れていて、異様な光景だった。今日からは今までどおりの平和な学園生活が送れると思ったのに、どうしてこんなことになっているんだ、俺は?
王宮に入り、謁見の間に通されると、俺はすぐに女帝様と対面した。
「勇者アルドレイ様、ようこそおいでくださいました」
俺が謁見の間に入った時、女帝様は奥の玉座に座っていたが、俺を見るや否や、すぐに立ち上がり俺のほうへ歩いてきた。そして、俺の目の前に来たところで、いきなり俺に向かってひざまずき、頭を深く下げてきた。その顔は以前警察の面会室で会った時と同様、濃いベールに覆われていた。
「おお!」
「陛下が、あのようにされるとは……」
とたんに、謁見の間に居並ぶ、政府の重鎮たちと思われる面々に緊張が走ったようだった。すぐにそいつらは、女帝様と同じようにその場で俺に向かってひざまずいた。
当然、俺の近くにいる宰相のおっさんや近衛兵たちも同じようにするわけで、その場で立っているのは俺だけになってしまった。
な、なにこの仰々しい雰囲気?
俺はやはり、ひたすら居心地が悪かった。よくわからんがこんな茶番早く終われよ。
「あなたにこうしてお会いするのは、今日で二度目ですね、勇者アルドレイ様。改めてごあいつさせていただきます。わたくし、この聖ドノヴォン帝国が女帝、ファニファローゼ・ヴァン・ドノヴォンでございます」
と、女帝様が俺を仰ぎながらなんか言ってる。いや、お前とは、二度目どころかもっと会ってるだろうがよ。
「わたくしがあなた様のお顔を初めて拝見したとき、あなた様は囚われの身でした。そう、わたくしたちは、愚かにもあなた様が何者かも知らず、世を大きく騒がせた重罪人だと錯覚し、捕えてしまっていたのです。本当に罪深いことです。今この場を借りて、わたくしはあなた様に心よりお詫び申し上げます」
と、小さい体をますます委縮させ、謝罪のポーズを決める女帝様だった。だからさっきなんだよ、この茶番? 俺がガチでハリセン仮面だったってことは、お前もよく知ってるだろうがよ。
しかしまあ、せっかく無罪放免になったのに、そんな本音をぶっちゃけるわけにもいかないわけで……。
「そ、そうですか。まあ、誰だって間違いはありますし、俺は別に気にしてないからいいっすよ。はは……」
とりあえず、素直に謝罪を受け入れるふりをした。よし、これでこの茶番は終わり……と、思われたが、
「いいえ、勇者アルドレイ様! わたくしは、この命を持ってあなた様への罪をあがなう覚悟ですわ!」
女帝様はまだ終わる気はなさそうだった。こう叫ぶや否や、懐から短剣を取り出し、俺のすぐ足元に置いた。
「さあ、どうぞ。その剣で罪深きわたくしを断罪してくださいませ!」
「え」
この短剣でお前を殺せってこと? いや、さすがにそんなことできるわけないってばよ?
「さあ、どうぞ、勇者アルドレイ様! その剣でひと思いにわたくしを貫いて!」
「いや、そんなん無理だから!」
「では、勇者様は、わたくしの罪をお許しになるというのですか?」
「あ、はい……」
「まあ、なんと寛大で慈悲深いお方なのでしょう! さすが世界を二度も救われた伝説のお方ですわ!」
と、女帝様が叫ぶと同時に、周りの連中もいっせいに感動したように声を出した。
「すばらしい、あれこそまさに伝説の勇者アルドレイ様!」
「見よ、あの神々しいお姿を!」
「世界だけではなく、我が国もお救いなさった勇者様に万歳!」
と、周りの連中は勝手に騒ぎ始め、やがて俺は怒涛の万歳三唱と拍手喝采に包まれることになった。だから、マジでなんなんだよ、この茶番!
「……では、これからもわたくしたちのことをよろしくお願いしますね、勇者様」
女帝様はそんな中、小声で俺に言った。その濃いベールの奥の幼い顔に、いたずらっぽい笑みが浮かんでいるのが見えた。
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