203

 その後すぐに、俺の魂は現世に送り返されたようだった。気が付くと、俺はふかふかのベッドに寝かされていた。そこは俺の寄宿舎の部屋ではなかった。見たところ、室内はとても高級感のある内装で、広々としており、雰囲気からしておそらくはドノヴォンの王宮の一室のようだった。窓から見える空は、そろそろ夜明けという感じで白み始めていた。どうやら、まる一晩眠っていたらしい。


 まあ、それはともかく、俺はそこにあるベッドに一人で寝かされているわけではなかった。なぜか、俺の隣で、俺の二の腕にしがみついたまま爆睡しているやつがいたのだ。


「……おい」


 二の腕を動かしながら呼び掛けてみたが、そいつが起きる気配はまるでなさそうだった。


 そう、俺の隣で寝ているのはユリィだった。今はポニテではなく、黒く長い髪をストレートにおろしており、着ているのは普段着のローブだ。


 なんでこいつ、いつのまにか俺の隣で寝てるんだろう?


 そのあまりにもリラックスしている寝顔に、俺は笑ってしまった。そして、とても安らかな気持ちになった。俺はやっと、こいつのいる場所に帰って来れたんだ……。


 ほんの数日会えなかっただけなのに、なんだかひどく懐かしい気がした。ユリィの寝顔はやはりかわいらしく、無垢そのものだ。そして、二の腕から伝わってくるその体温はとても心地よく感じられた。


 俺はしがみつかれていないほうの腕で、ユリィの髪をそっと撫でてみた。ユリィが起きる気配はなかった。続いて、ほっぺを指でツンツンしてみた。やはりユリィは起きない。完全に熟睡しきっているようだ。


 もしかして、今のコイツは俺が何をやっても起きないのか?


 瞬間、俺の胸があやしく高鳴った。何をやっても起きないってことは……つまり俺は今、こいつにやりたい放題ってことじゃねえか! いち男子として、これがときめかずにいられようか!


 俺はそこでそっと、あくまでそっと、限りなく気配を殺しながらそっと、その手をユリィの胸のほうに移動させてみた。あ、あくまで、これはユリィが起きないかどうかの実験なんだからねっ! か、勘違いしないでよねっ!


 そして直後、俺の手に伝わってくる、ふにゅっとしたやわらかい感触――。


「お、おおお……」


 すばらしい! 女の子のおっぱいって触るとこんな感じなんだ! なんという感動的な体験!


 俺は心の底から生きててよかったと思った。ほんとマジで、あの頭のおかしい呪術師の男に殺されなくてよかった。生きてるって素晴らしい! 生きていればこんなふうに、かわいい女の子の、やわらかあったかおっぱい触れることもあるんだからな、もー!


 こ、ここはさらに、頑張った自分にご褒美――。


 俺はそのまま指を動かしてみた。ふにゅふにゅっ! 乳が俺の手の中で弾んだ! おおおおっ! 揉むとこんな感触なのね、おっぱい! 知らなかったぁ……なんて尊い体験……。


 と、そのとき――突然ユリィが動いた!


「わっ」


 俺はあわててユリィの乳から手をはなしたが、ユリィは別に起きたわけではなさそうだった。ただ、寝返りをうっただけだった。


 あ、あぶなかった。さすがに寝ている間に、こんな痴漢みたいなことしてるのバレたらユリィに嫌われちまう。ほっと胸をなでおろした。


 しかし、いったんは手をはなしたものの、ユリィは相変わらず無防備そのもので熟睡していて、いったいこいつはどういうつもりで俺の隣で寝ているのか、考えずにはいられなかった。


 それに、俺の魔剣に突然現れたあの神聖属性の付与魔術エンチャントのことも気になる。あれはやはりユリィが使った魔法だったんだろうか? だとしたら、なぜこいつは急にそんなのが使えるように? うーん……さっぱりわからん。


 と、そこで、


「やっほー、トモキ君、ユリィちゃん」


 と言いながら、女帝様が突如、俺たちのいる室内に現れた。王宮のどこかから、転送魔法でワープしてきたようだった。今はフリフリのお子様チックなパジャマを着ている。


「お前、いきなり目の前に湧くなよ。まず扉をノックしてから部屋に入れよ」

「いーじゃん。ここってファニファのおうちみたいなもんだし」


 女帝様は相変わらずクソ生意気な物言いだ。


「ところで、どう、トモキ君。体の調子?」

「体? ああ、そういえば……」


 かなりボロボロだったはずだが、今はすっかり回復してる感じだな? 右手も問題なく動くし。


「もしかして、お前が魔法で治療してくれたのか?」

「そーだよ。大いなる祝福エル・グレイスで、すっかり元通りだよ」

「そっか、ありがとな」


 と、反射的に礼を言ったところで、ふと気づいた。そもそも、俺がズタボロになったのは、こいつが仕組んだ処刑バトルのせいじゃねえか!


「あ、あのう、女帝様……ひとつ聞きたいんですが」

「なーに?」

「ハリセン仮面――」

「あ、その事件ならもう解決したよー」

「え」

「ついさっき、水死体で見つかったんだよね、ハリセン仮面の人。トモキ君は全然関係なかったみたい」

「え? え?」

「ごめんね。冤罪なのにしばらく拘束しちゃって」


 女帝様はにっこり笑って俺に言う。


 なんだこの言い方? もしかして、俺はあいつに勝ったから、約束通り無罪放免ってことか? だから、適当にそのへんで事故死していた人間をハリセン仮面に仕立て上げて、事件を収束させる気か?


「あと、トモキ君が使っていた魔剣のことだけど」

「は、はい?」

「ファニファ、実は前にその魔剣を使って、ユリィちゃんと一緒に魔法の練習したことがあったの。トモキ君にナイショでそんなことしてごめんね」

「魔法の練習? どんな?」

神花繚乱エル・ブロッサムの練習だよ」

「ちょ……なんだよ、それ!」


 それ、お前専用の三大チート神聖魔法の一つじゃねえか!


「お前まさか、その使い方をユリィに教えて?」

「うん。付与魔術エンチャントだから、試しにここにあるトモキ君の魔剣に使ってみて?って。でも、そのときは全然うまくいかなかったんだよね」

「そのときは、ね……」


 時間差で成功したとしか思えない件。つか、なんでそんなチート魔法が使えてしまったんだ、ユリィ。子供のころの記憶がないことといい、お前マジで何者だよ。


「じゃあ、ファニファはもう行くね。学院のほうにはファニファのほうから連絡しておくから、今日は二人ともここでゆっくりしていってね」


 女帝様はそう言うと、また転送魔法を使って去って行ってしまった。

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