201

 俺は再びリュクサンドールに斬りかかった。


 その攻撃はやはり空振りに終わったが、もう焦りは俺の中にはなかった。そうだ、まだ時間はある。今は冷静に相手の様子をうかがって、少しでも攻撃を当てられるチャンスがないか、探るべきなんだ……。一通り攻撃を外したところで反撃が来る前に素早く後ろに飛び、やつから離れた。


 そして、そうやって冷静に体を動かしているうちに、俺の中には疑問が湧いてくるのだった。この男はなぜ俺に、この剣にかけられた神聖属性の付与魔術エンチャントがそう長くはもたないと教えたのだろう? 本当にそうなら、俺に教えずに黙っていて、防御に徹していれば済む話じゃないか? 少なくとも、俺ならそうするはずだが……?


 ただ、やつに言われた通り、魔剣の宿した光は徐々に弱まってきており、この剣に突如現れた謎の神聖属性の付与魔術エンチャントそう長くはもたないことは確かなようだった。やつは別に嘘をついたわけじゃないんだ。つまり、俺が気づいていない情報をあえて俺に教えた?


 思うにその意図は……たぶん、たった一つしかないだろう。そう、俺を焦らせ、動揺させるためだ。精神攻撃ってやつだ。スキができるのを狙って。


 そして、黙って防御に徹していれば勝てるはずなのに、あえてその情報を俺に伝え、スキができるのを狙ったということは……たぶん、やつもそんなに戦える時間は残っていないんだろう。今使っているツァドってのは、膨大な魔力を必要とする術らしいからな。実際、よく見ると、やつもなんだか疲れてきているように見えるし?


 なーんだ、ようするに俺もあいつも条件は同じってことじゃねえか。焦って損したぜ!


 俺はますます心と体が軽くなった気がした。相手が俺の戦闘能力を完コピしていようとなんだってんだ。それはつまり、俺にとっては、相手の手の内が見えているようなもんじゃねえか!


 俺はそこでさらに頭を巡らせ、俺自身の戦闘マニュアルにはなさそうな反撃方法を考え、それを実行した。


 そう、相手が殴りかかってきたところで、いったんそれを避けるように体をひねらせつつ、すかさず剣を持ってないほうの左の拳でパンチ攻撃! そして、その拳を防ぐために現れた物理障壁の反動で一気に後ろに吹っ飛ばされながら、正面のやつに向かって真空の刃を飛ばす!


 ザシュンッ!


「ぐっ!」


 おそらくやつにとって、俺の左拳のパンチ攻撃からの一連の動きは、まったく予期せぬ動きだったんだろう。俺が放った真空の刃はやつの胸板に直撃し、そこを斜めに大きく斬りさいた。もともと威力のしょぼい技なだけに、やつの体を両断することはできなかったようだが、それでも結果は上々だ。ちゃんとその真空の刃にも神聖属性ついてるみたいで、いつもみたいに傷がすぐ回復してないし。


 ふふ、どうよ? 俺が今とっさに思い付いた、お前自身の物理障壁の反動を利用した華麗なコンボ。俺の戦闘能力はパクれても、俺の臨機応変さはパクれなかったようだな!


 だが、その直後、俺はいきなり何かに足を引っ張られ、バランスを崩して後ろに転倒することになった。なんと、やつの闇の翼が、こっそり床を這って俺の脚のところまで伸びて来ていたらしい。


 当然、やつはすぐに、転倒してスキだらけになった俺のもとに飛びかかってきた!


「うわっ!」


 とっさに身をひねって、その拳の直撃を避けたが、それでもほんの少し右腕に当たってしまった。とたんに、右腕の感覚がなくなっていく……!


「クソッ!」


 すぐさまやつの腹を蹴って引きはがし、立ち上がって体勢を整えた。見ると、右腕はまだ俺の肩にちゃんとついていた。ただ、感覚はもうなかった。動かすことももうできないようだ。


「チッ……油断したか」


 俺は舌打ちしながら、左手で落ちている魔剣を拾った。自分の呼吸がだいぶ荒くなっているのを感じながら。すでに俺の体力は限界に近くなっていた。今まで、レーザーやら毒やらでダメージも食らいまくったしな。


 ただ、消耗しきっているのは俺だけではなさそうだ。見ると、やつも、胸の傷を手でおさえながら、立っているのがやっとという顔をしている。


「……お互い、もう後がねえ感じだな」

「ですね」


 俺たちは目を合わせ、にやりと笑った。ああ、そうだ、お互いもう後がない。この勝負、次にどちらの攻撃が当たるかで決まる――。


 直後、俺たちはほぼ同時に動いた。もうお互い、何か小細工をする余裕はなかった。俺たちはただまっすぐ、ありったけの力を振り絞って突き進むだけだった。


 最初に相手の体に接触したのは、俺のほうだった。そう、俺の魔剣の切っ先が、やつの左胸に当たったのだ。


 よし、このまま一気に突いて、胸を貫けば倒せる――。


 だが、その途中、俺は膝からガクッと力が抜けてしまい、前のめりになって体勢を大きく崩してしまった。


 まずい、このままでは――。


 やられる! 俺は必死に踏ん張り、体勢を立て直した。やつの拳はすでに俺の顔のすぐ目の前まで来ている!


 しかし、それが俺の顔に当たることはなかった。その直前で、やつはぴたりと動きを止め、血反吐を吐き、砂の城が崩れるように下に倒れてしまったからだ。もやっとした黒いガスのようなものを体から放出しながら。


「あ、あれ?」


 相手が倒れたってことは……。


「もしかして、この勝負、俺の勝ちか?」

「……そうですね。僕はもう戦えません。君の勝ちです」


 リュクサンドールは大の字にあおむけになりながら言った。どうやら、ツァドの術の効果も完全に切れているようだ。ズタボロながらも、いつもの間抜け面がそこにあった。


「そうか、勝ったのか、俺……」


 とたんに、体からどっと力が抜けた。


 そして、そのまま下に倒れて――気を失ってしまった。

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