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「なんですか、トモキ君。相談とは?」

「ええ、実は……」


 と、俺はそこですかさず、制服の胸元の勲章を手で覆い、こちらの声が女帝様に聞こえないようにした。


 さらに、念を入れて小声でこう言った。


「俺、先生と一緒なら世界征服できると思うんですよ」

「えっ!」


 当然、ぎょっとするリュクサンドールだった。まあ、予想通りの反応か。


「この僕が、トモキ君と一緒に世界征服?」

「はい。先生、さっき言ってたじゃないですか、呪術を拒む世界なんて、いっそ滅べばいいって」

「ええ、まあ」

「俺、その言葉にすげー感動しました! 先生とまったく同じ気持ちです! 先生の愛する呪術を迫害し続けるこの世界なんて滅べばいい! つか、一緒に滅ぼしましょう!」

「ああ、なるほど」


 と、リュクサンドールは手をぽんと叩いて、大きくうなずいた。


「確かに、トモキ君はすごくお強いですし、世界を滅ぼすなんて簡単ですよね。なんせ、今まで、ノリと勢いだけで二回も世界を救っちゃったんですし」

「いや、俺だけじゃ無理ですよ。先生のグレートフルな呪術がないと! 俺、基本的に勇者なんで、畑荒らしたり、山燃やしたりみたいな、世界征服に欠かせない破壊活動は苦手なんですよね。だからそのへんはやっぱり先生のお力が必要かなって」

「え、でも、呪術はどこの国でも禁術だから使えないですよ?」

「これから世界征服しようってのに、何が禁術ですか! 神様は何も禁止なんかしてない!」

「言われてみれば、確かに……」


 リュクサンドールはだいぶ俺の話に傾いてきているようだ。よし、計画通り。さすがちょろすぎ男、フフフ……。


 そう、俺は別にこの男と一緒に世界を滅ぼす気など、さらさらなかった。そんなことをすればユリィに嫌われるに決まってるからだ。それだけは何としても避けたい。そりゃ、世界を滅ぼしたい気持ちがないわけではないが。むしろ今の俺にはアリアリだが?


 まあ、それはともかく、俺の狙いは実にシンプルだった。この目の前のちょろすぎる男に、なんでもいいから「うまい話」を持ちかけて、俺をこの場で殺すメリットはないと思わせる。そのうえで、俺にわざと負けさせる。そのための世界征服プランってわけだった。フフ、我ながらうまいやり方やでえ!


 と、ほくそ笑んでいると、


「しかし、トモキ君の腕っぷしと僕の呪術で世界を滅ぼして更地にした後に、いったい何をするんですか?」


 生意気にも質問が飛んできた。うっせーな。お前は黙って俺に丸め込まれてればいいんだよ。


「そりゃ、もちろん、俺と先生で一緒に国をつくるんですよ」


 とりあえず、適当なことを言っておく。


「いや、別に僕、国なんていらない――」

「何を言ってるんですか! 自分の国があれば、呪術使いたい放題じゃないですか!」

「え、呪術使いたい放題?」

「そうですよ、定額使いたい放題で、学割家族割りでさらにお得ですよ!」


 さらに勢いでたたみかける!


「なるほど。自分で国を作ってしまえば、そこでは呪術は自由に使えるんですね。自分の国だから」


 リュクサンドールはもはや完全に俺に攻略された様子だ。


「ええ、そうです。だから、俺と一緒に天下取りましょう、先生! それで、一緒に呪術使いたい放題の国を作りましょう! あ、当然、その計画のためには、俺をこの場で殺すメリットはないので、そこんとこよろしく!」


 念には念を押し、さらに注意事項も添えてたたみかける。よし、これでもう、この男は、この場で俺を殺す理由はなくなった……。


 と、俺は内心ほくそ笑んでいたわけだったが、


「いや、それはできませんよ、トモキ君」


 なんか丁重にお断りされちゃった!


「な、なんでですか、先生! こんないい話、他にないでしょう!」

「それが僕、陛下と約束していまして」

「約束?」

「はい。今夜僕がきちんとトモキ君を処刑できたら、陛下は、呪術を大学受験の選択科目に入れることを検討してくださるそうです」

「じゅ、受験……選択科目……検討……?」


 あまりにも場違いすぎる単語に、思わず呆然となってしまった俺だった。


「すごいでしょう、トモキ君。呪術が大学受験の選択科目になるんですよ! 多くの若者たちが、受験のために呪術を勉強する日がやってくるんです! これはもう、DIYなんて勉強している場合じゃないですよね! 受験とはまったく無関係のDIYなんかより、受験の選択科目になった呪術のほうが、よっぽど大事で格上で尊いものなんですから!」

「お、おう……」


 ようするに、この男の底のしれない「DIYへの劣等感」をクリティカルに突く約束ってわけか。


 いやでも、それにしたって、この約束の言い回しはちょっと……。


「お前、その話、本当に信用してるのか? 騙されてるんじゃねえか? 政治家がナントカを検討するって言い方をするときは、たいてい後で、その話はなかったことになるんだぞ。検討しただけでも、約束は果たしたことになるからな」

「何を言ってるんですか。呪術ってすばらしいんですよ? きちんと偉い人たちが呪術について検討したら、それはもう、絶対に受験の選択科目に入れたくなるに決まってるじゃないですか」

「いや、ならないから!」

「なります! トモキ君、ひどいですね! なんでそんなこと決めつけるんですか! 君に呪術の何がわかるんですか!」

「……お、お前とは違う意味でよく理解してるつもりだが」


 迷惑で悪趣味極まりない術のオンパレードだってなあ!


「それに、陛下はさらに、僕に約束してくださいました。僕が今夜、見事トモキ君を処刑出来たら、あの骨董品店に口利きをしてくださって、ロードン暗黒魔術大全第二巻を一晩だけ貸してもらえるよう手配してくださるそうです!」

「え、あの本を買い取ってプレゼントじゃなくて、一晩だけレンタル?」

「そうです、すばらしいでしょう!」

「そ、そうか?」


 女帝様からのご褒美としては、せこすぎると思うんですけど! つか、こいつ、そんな安い報酬でこの俺を殺す気なのかよ!


「というわけで、トモキ君。残念ですが、僕は君の話を承ることはできません」

「く……」


 何が「というわけで」なのか、さっぱりわからんが、俺の作戦は失敗してしまったようだ。このちょろすぎる男なら篭絡もたやすいと思っていたが、まさかすでに、そのちょろさで女帝に逆らえないように完全攻略されていたとは……クソが!


「では、話も終わったようですし、そろそろ処刑の再開と行きま――」

「ちょ、ちょっと待ったあッ!」


 俺はすかさず手を挙げた。まだだ! まだ俺の悪あがきは終わっちゃいない! そうだ、こんなところで終わっていい男じゃないのだ、俺は!

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