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「いやー、先生の呪術って、マジすごいですよね。俺、超感動しちゃいましたもん」
「えっ、本当に?」
リュクサンドールは案の定、俺のインスタントヨイショに激しく食いついたようだった。こっちに超前のめりになってきた。
「はい! 俺、今からDIYのことはすっぱり忘れて、呪術派に寝返ります。DIYなんてクソオブクソです。時代は呪術ですよ! 呪術サイコー!」
「おお! わかってくれましたか、トモキ君!」
とたんに満面の笑顔になる男だった。うーん、前からわかってはいたが、この男、やはりちょろすぎる……。
「よくぞ、DIYの洗脳から解き放たれ、僕の愛する呪術のすばらしさに目覚めてくれました! さすが伝説の勇者様です!」
「洗脳って」
普通に人気なだけだと思うんですけど。
「それで、先生。これから俺に呪術の何たるかをたっぷり解説してくださいよ」
「いいですよ。せっかくなので、実際に術を使いながらお教えしましょう」
「いや、術は使わなくていいです! あくまで話だけ、解説だけでいいです!」
俺はあわてて呪術バカを止めた。
そう、俺の狙いはあくまでこいつに長々を話をさせ、時間稼ぎすることだった。今夜が新月の夜で、こいつがその補正でパワーアップしているのなら、朝になって弱体化するのを待てばいい。そういう作戦だった。
飛竜に乗せられる前に確認した時刻は夜八時過ぎぐらいで、おそらく今からだと夜明けまで十時間近くあると思うが、なんせこいつはガチガチのオタクだ。処刑の任務なんか忘れて、十時間ぐらいは、ぶっ通しで呪術のことを喋り続けられるはずだ。そして、俺は夜明けまでそれを隣で聞いてるだけでいい……フフ、なんという完璧な作戦!
と、思ったわけだが、
「いえいえ、百聞は一見に如かず、ですよ、トモキ君。呪術のすばらしさは、まずは実際にその目で確かめてもらわないと」
なんか目の前の男は、呪術を俺に見せつける気マンマンでござる……。
「いや、いいですって、先生! そういう実演は、十時間ぐらい話を聞いてからでいいです!」
「いやでも、今日はせっかく新月の夜で、僕も魔力が有り余っているわけでして、普段は絶対使えないような超大技の呪術を――」
「そ、そういうのはまた今度でいいです! 今はじっくり先生の話を聞きたいんです! ほら、よく言うじゃないですか、石橋を叩いて木梨を殴る、じゃなかった、石橋を叩いて渡る、みたいな? 何事も、まずはしっかり知識を深めてから実践にのぞむべきだと俺は思うんですよ!」
「はあ、なるほど」
とりあえず、俺の必死の訴えは伝わったような雰囲気だ。
「では、何からお話ししましょうかね? そうだ、まずは僕と呪術の馴れ初めを――」
と、なぜか少し照れ臭そうに身の上話を話し始める男だった。なんでも、呪術との最初の出会いは、九歳のころ、吸血鬼の名門の実家の蔵で、呪術用の拷問器具を発見したときだったらしい……って、しょっぱなから頭おかしいな、こいつ。
リュクサンドールはその後もぺらぺら、つらつらと、呪術のことや自分の身の上話なんかをひたすら話し続けた。よし、狙い通りだ。あとはこれを適当に聞き流していればいい。
『あ、トモキ君! 何、先生の話をまったり聞いてるの? ちゃんと戦わなきゃダメじゃない!』
と、なんか勲章から女帝様の抗議が聞こえてくるが、当然ガン無視だ。タイマン処刑バトルとは言われたが、別に時間制限なんてないしな。持ち時間をどう使おうと俺たちの自由ってもんだ。ハッハ。
そう、このまま朝までヤツをやり過ごせば俺の勝ち……勝ち……うとうと……すやすや……。
「あ、トモキ君、ダメですよ! 居眠りしちゃ!」
「ハッ!」
いかんいかん! あまりにもヤツの話がつまらな過ぎて、眠くなっちまったぜ!
「やっぱりお話だけだと退屈ですかね? 実際に術を使ったほうが――」
「いや、いいです、結構です! 先生のお話だけで俺は胸いっぱい幸せ気分です!」
あわてて叫び、術を使われるのを阻止した。
「まだまだたくさん先生のありがたい話を聞きたいです。お願いします!」
「わかりました。では……」
と、また長々、だらだらと呪術の話を再開する男だった。
そして、俺は俺で、また瞼が重くなり……って、なぜ眠気にあらがえないんだ、俺! ここで俺が眠ってしまったら、さすがのアホのコイツも、処刑の任務のことを思い出して、俺を
いやでも、マジで眠い。つらい。だいたい、俺は昨夜ろくに寝てないのだ。なんせ、処刑され転生した後の人生設計について真剣に考えていたから。夜通し。
というか、目の前のこの男はどうなんだ? 昼間、死ぬほどこき使われているのなら、そろそろ疲れてトーンダウンしてもおかしくないはず……。
「あ、なんだかまた眠そうな感じですね、トモキ君。もしかして寝不足ですか?」
「ええ、まあ……」
「そうなんですか。ちゃんと寝ないと体に良くないですよ。僕なんて、今日の昼はたまたま時間が空いてて、三時間も昼寝しちゃったんで、まだ全然眠くならないんですけどね」
って、おま! この家畜野郎、今日に限って、優雅に三時間も
やべえ、このまま朝まで、この男の話に付き合ってられる自信がねえ。どっかで寝落ちしちまう。完璧な作戦だったはずなのに、こんな罠が待ち受けていたとは……。うう、マジ眠い、つれえ。お布団、欲しい……。
というか、そもそも俺はなぜ、こんな苦境に立たされているんだ? ハリセン仮面として悪行を働いたからってことになってはいるが、俺そんなに悪いことした? だって、モメモの街はめっちゃハリセン仮面ブームだったじゃん? みんな笑顔で、ハリセン仮面たたえてたじゃん。俺、めっちゃヒーローだったじゃん!
それに、ハリセン仮面のおかげで、腐った聖騎士団の粛清が超スムーズにできたわけで、国としても大いに感謝されるべきだよなあ、俺? それが何で超重罪の死刑で、こんな頭のおかしい男と戦わされることになるんだ? マジで意味が分からん! 何も悪いことしてないのに、国の偉い人に悪者扱いされるとか、実はロビンフッドとか、そういう系の人だったんかい、俺? マリアンどこだよ、早く出せよ、クソが!
眠い頭で物思いにふけっているうちに、今度は次第にイライラが募ってきた。俺を悪人扱いするこんな世界、こんな国、何もかも間違っている!
と、そこで、俺ははっと気づいた。目の前の男も、まさに俺と同じような気持ちを抱いていたことを。そう、やつは呪術が迫害されているこの世界を恨んでいる……。
こ……これは使える! 俺はまたしても閃いた。
「先生、呪術のお話は非常にありがたいんですけど、実は折り入って、相談したいことがありまして」
俺は再び揉み手をしながら、リュクサンドールに話しかけた。もちろん、最高の笑顔と共に。
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