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「俺、先生のことを尊敬してるんで、今日はポエムを作ってきたんですよ。ぜひ聞いてください!」

「はあ、それぐらいなら」


 リュクサンドールはまんまと俺の誘いに乗ったようだ。バカめ、俺の真の狙いがどこにあるかも知らずに……。


「じゃあ、せっかくなので、俺がポエムを言ったあと、続けて一緒に言ってくれますか」

「え、僕がトモキ君のポエムを復唱? いや、恥ずかしいでしょう、そんな――」

「お願いします! このポエムは先生と一緒に口にしてこそ、完成するものなんです!」

「は、はあ……」


 俺のゴリ押しに、しぶしぶという感じでうなずく男だった。やはりこの男、ちょろい。俺がちょっと強気で行けば、この通りってもんさあ。


「ではさっそく、ポエム言いますね。『あまたの聖なる祈りよ』」

「あまたの聖なる祈りよ?」

「『今ここに、討滅の光となりて』」

「今ここに……と、討滅……光となり、て……」


 予想通り、とたんに真っ青な顔になる不死族の男だった。


「ほら、続けますよ! 『悪しき者を浄化せよ、聖光ホーリーライト』!」

「あ、しき、ものを……じょ、浄化……ぐはあっ!」


 と、直後、目の前の男の体は崩壊した! ドロドロに溶けちゃったのだ!


 そして、それはまさに俺の狙い通りの結果だった。そう、俺が今この男に復唱させたのは、自作のポエムなんかではなく、神聖魔法の呪文だった。ハシュシ風邪が治ってしばらく部屋にこもりっきりのときに、教科書を読んで覚えていたものだ。それがこんなときに役に立つとは。ほんと、勉強しておいてよかったあ!


「はは、お前が神聖魔法を唱えると体が溶ける体質だってのは、前にお前自身に教えてもらったことだからなあ。さっそく実践してみたぜ!」


 と、ドヤ顔で溶けた肉塊に向かって叫んでみたが、


「なんてことをするんですか、トモキ君! ひどいです!」


 それはすぐに元の形に戻って、俺に抗議してきた。


 チッ、相変わらず復活早すぎだろ、コイツ。今ので弱点の神聖属性のダメージ入ったはずなのに、まだ致命傷にならねえのかよ。


「君が僕を尊敬するポエムを作ったと言うから、復唱したのに!」

「は? んなもん、俺が作るわけないだろ。騙されるほうが悪いんだよ」

「ゆ……許せない! 君のその裏切り、万死に値します!」


 リュクサンドールは俺に激怒したようだった。


 直後、


「滅びは滅びを呼び、ともに果てる悪夢にいざなうだろう! 我の姿を刮目して見よ! 死蝕の幻影タナトスサイト!」


 と、めっちゃ早口で詠唱した。そう、めっちゃ早口で。俺がやつから視線をそらすスキを与えないくらいの早さで……。


 そして、やつが早口で詠唱を終えた直後に、呪術、死蝕の幻影タナトスサイトは発動し、その効果によりやつの体はドロドロに溶けた!


 当然、俺はその様子をばっちり見てしまったわけで――。


「ぐ……くぁwせdrftgyふじこlp……!」


 とてつもない気持ちの悪さに襲われた!


 そう、死蝕の幻影タナトスサイトとは、術者が自ら体を溶解させ、それを見たものに同じ感覚を共有させる呪術だ。この術を食らったものは、たいていは術者と同じように死んでしまうとかなんとか。悪趣味オブ悪趣味みたいな、呪術だ。


 ま、まあ、俺レベルになるとさすがにこれぐらいで死にはしないが……しないが? 正直、死ぬレベルじゃないにしても、めっちゃきついんですけど! まるで体の内側で、得体のしれない無数の触手がうごめいているような、圧倒的気持ちの悪さ! 痛みもあるし、吐き気も寒気もあるし、めまいもするし、冷たい汗も出ちゃうし、もう意味わからん! つれーわ! なんなのこの術!


「ほほう、さすがトモキ君です。これだけの至近距離で死蝕の幻影タナトスサイトの術を受けながらも、いまだ原型をとどめて立っていられるとは」


 と、すでに元の形に戻っている男が、さすトモしてきた。原型ってなによ。


「はは……お、俺を誰だっと思ってんだよ。こ、こんな、チンケな術じゃ、倒せるわけねえだ、ろ……」


 必死に平静を装い、効いてないアピールするしかない俺だった。頼むから、もう俺の目の前で死蝕の幻影タナトスサイトは使わないでください、お願いします!


「そうですね。やはり幻術系の呪術では決め手に欠けるようですね」


 と、俺の気持ちが通じたのか、やつも違う術を使う気になったようだ。やったぜ!


「そうだぜ。せっかくのタイマン勝負なんだ。ドカンと派手にやりあおうぜ!」

「では、お言葉に甘えて……」


 直後、リュクサンドールはいきなり上空に舞い上がった。


 そして――再び詠唱した!


「始原の混沌の、さらに奥深くに潜む悠久の観測者よ! その深淵から、すべての魔力を解き放ち、かの敵を穿て! 始原の観測者アビスゲイザー・ケイオス!」

「な――」


 ちょっと待て。アビスゲイザーだと? それって、まさかアレ? あの術なの?


 だが、何か質問している余裕はなかった、やつの詠唱が終わると同時に、俺の足元に暗黒の瞳のレリーフが現れ、そこからレーザーが発射されてきたからだ。


「くっ!」


 とっさにそれをかわしたが、その術の発動の早さには度肝を抜かれる思いだった。


 だって、アビスゲイザーって、あのレーナの魔術師ギルド連中が、大勢で長時間詠唱してやっと使えた術だぞ? それをこいつは、こんな一瞬で……。


 やはりこの男、頭ちょろすぎとはいえ、実質ディヴァインクラスってのはガチのようだ。死んでからの復活の早さといい、異常な魔力といい、そこらのモンスターとは明らかに桁違いだ。

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