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「なんであんたが、こんなところに?」


 さすがに予想外過ぎる登場に、質問せずにはいられない。


「いやあ、僕も今日の夕方になって、急に理事長経由で言われたことでして。陛下のご命令で、と」

「ご命令?」

「あ、はい。ようするに、僕の手でトモキ君を処刑して下さいという、そういうお話でした」


 そう言いながら、リュクサンドールは体から砂利を払いながらゆっくりと立ち上がった。近くのたいまつの火の光が、やつの、細身で長身の体をおぼろに照らした。その恰好はいつもとはずいぶん違っていた。そう、いつもの見慣れている教師の制服姿ではなく、今はライダースーツのようなタイトなフォルムの黒いコートを着ており、長い白髪も頭の後ろで一つにまとめていた。そして、その顔つきも、いつもよりはずいぶん若々しく見え、赤い瞳は煌々と光っている。


 なんだ……こいつ?


 俺はそのただならぬ気配に、一瞬寒気を感じた。こいつ、恰好だけではなく、雰囲気も普段とは全然違う。


「お前、何があったんだよ? イメチェンしすぎだろ」

「あ、この服ですか? ついさっき、陛下にいただいたものなんですよ。なんでも、破れても汚れても、あっというまに元通りになる、すごい服だそうです」


 にっこり笑って言うその表情は、いつもの見慣れた間抜け面だが……いや違う、そうじゃない。服はどうでもいいんだよ。だいたい、その修復機能、普段着ている教師の制服にもついてるじゃねかよ。


 そうだ、今のこいつは、明らかにまとっている空気が違う。威圧感というか……禍々しい気配というか……。


 と、そこで、勲章からまた女帝様の声が聞こえてきた。


『トモキ君、今日のサンディー先生は、すごーく強いんだよ? だって、今夜は、新月の夜なんだもん』

「新月?」


 俺ははっとして空を仰いだ。確かにそこには月はない。


 そういえば、勇者岩の前で、あいつ言ってたな。新月の夜が一番調子が良くなると。


「つまり……あいつ、今が完全体の最強状態ってことか?」

『そーだよ。魔力が超上がってるから、今日のサンディー先生は、実質ディヴァインクラスの強さになってるよー』

「え」


 いやあいつ、ロイヤルクラスだったはずだよね? 実質って何? スマホの詐欺プランか何か?


『サンディー先生は昼間はゴミみたいに弱いけど、新月の夜は逆にすごーく強いの。だから、間をとってロイヤルクラスってことになってるんだよ。えへへ』

「えへへ、じゃねー!」


 何その意味わからんスペック! むらっけあり過ぎだろう。


「ハッ、まあいいさ! あいつの強さが実質ディヴァインだろうと、俺には関係ねえ!」


 そうだ、俺はあの暴マーを一瞬で倒した男! それでうっかり呪われちゃった男……なのはどうでもいい! 今は愛用の魔剣もあるし、怖いもんなんてねえ!


「話はわかった! てめえが俺の相手っていうんなら、遠慮なく倒させてもらうぜ! 恨むなよ!」

「あ、はい――」


 と、リュクサンドールが何か俺に答える前に、俺はすでにやつの懐に踏み込んでいた。そのまま、袈裟懸けに刃を振りおろし、その華奢な体を一瞬で分断し、返す刀でさらにその体を細切れにした! どうだ! 瞬殺!


 だが、その瞬間、やつの生首は俺を見て笑った。


 そして、直後――その細切れにした体のパーツがいっせいに爆発した!


「うわっ!」


 とっさに、背後に身をひるがえして伏せ、衝撃を避けたが、その爆発の威力は相当なもののようだった。直撃は避けたはずなのに、肌がぴりぴり痛んだ。そう、この俺の肌が痛みを感じた。魔法防御力超つよのはずの俺に痛みを感じさせやがったぞ、こいつ!


 しかも、自爆した次の瞬間には、やつは何事もなかったかのように復活して、その場に立っていやがった。


「あ、トモキ君、言い忘れていましたけど、今日は僕、呪術を使っていい日なんですよ。ちゃんと陛下にお許しをいただきましから」


 そう言う男の目は、不気味に赤く光っていた。


「つまり、今のはお得意の呪術ってわけか」

「ええ! トモキ君には前にお話ししましたよね。今のは血液爆弾ブラッディスマイルという、術者の血液を爆薬に変える呪術です。術者の命を生贄に捧げて、使う呪術なのです」

「命を生贄って」


 不死族の安い命でもオッケーなのかよ。


「この呪術は、術式としては非常に簡単なもので、初心者向けで誰でも使いやすいものですが、一度使ってしまうとその時点で人生が終わってしまうので、その他の呪術が学べなくなるのが大きな欠点ですね。また、爆薬にした血液の起爆のために、術者が笑う必要があるのですが、この笑いの種類によって、爆発の威力が大きく変わるという特徴があります。高威力を狙いたいのなら、もちろん呪術には欠かせない負の感情をこめて、冷笑、嘲笑などで起爆するべきでしょう」

「なにその微笑みの爆弾……」


 ありがとうございーます……って、歌ってる場合じゃない! 笑って自爆とか悪趣味すぎるだろうがよ!


「ただ、さっきの僕は、あまり負の感情を込めて笑うことができませんでした。おかげで術の威力もあの程度です」

「あの程度って――」


 ちょっと待て、初心者向けの低レベルの術で、しかも不発に終わってアレ? 俺、あれ痛かったんですけど?


「初心者向けの術でありながら、正しく使えないというのは、呪術師として恥ずべきところではありますが、やはり今日の僕は、喜びをおさえることができないのです。ゆえに――不発! そう、今日の僕は、思う存分、好きなだけ呪術が使えるのですからね!」


 リュクサンドールはその瞬間、大きく目を見開き、声を張り上げた。その赤い瞳は、やはりギラギラと輝いている。


「ああ、今日は本当に、なんと素晴らしい夜なのでしょうね! 僕の魔力が最高潮に高まっている状態で、いくらでも呪術が使えるんですから! しかも、相手はあの伝説の勇者様じゃないですか! さすがに、ちょっとやそっとの呪術では死なないのでしょう! これから、いろんな呪術を使うのが楽しみでたまらないじゃないですか!」


 歓喜に満ち溢れたその男の顔は、もはや狂人のそれにしか見えなかった。いやまあ、元からそうだった気がするけど……。


「バカバカしい! 何が呪術だよ! 勝手に俺をサンドバッグにして遊ぶつもりでいるんじゃねえよ!」


 とりあえず俺は反論した――が、本当に、とりあえずだった。


 そう、俺はぶっちゃけ、この目の前の男相手にどうやって戦えばいいのか、さっぱりわからなかった。だって、こいつ斬っても死なないし、自爆するし、うざい呪術の解説つきだし……。

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