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「さて、トモキ君! 僕の呪術はまだまだたくさんありますよ! これからも、ぜひお楽しみくださいね!」


 と、リュクサンドールは再び高らかに叫んだ。そして直後、背中に二枚の闇の翼を出し、それを刃物の形に変形させ、それで自らの喉元を切り裂いた。


 当然、そこからは大量に血があふれ出したわけだが、


「続いては、また血を使った呪術です!」


 リュクサンドールは血だらけの顔でニヤリと笑うと、その喉からあふれる血を両手でわしづかみにし、自分の周りにまき散らした。


 そして、


「我が血潮に宿りし昏き悲嘆、破壊と狂騒の化身となりて今ここに顕現せよ! 冥府の番犬セルベロス!」


 と、詠唱するや否や、やつの周りに次々と魔法陣が出現し、そこから何体もの獣が現れた。どれも三つの頭を持つ犬の魔獣のようだ。ピットブルや土佐犬のようにゴツイ体つきで、実に狂暴そうな面構えをしている。


「これは、召喚術か」

「正確には召喚呪術です」

「こまけえことはいいんだよ」


 これだからオタクは。


「召喚呪術で呼び出せるのは、呪われ封印された邪悪な者たちです。この冥府の番犬セルベロスもまた、しかり! 術者の血の一滴で召喚できるというお手軽さがありながら、素晴らしい戦闘能力を持ち、かつ、術者には絶対服従なのです。まさに召喚した僕の手足と同じと言っていいでしょう!」

「いや、こんな犬っころ集団でドヤ顔されても……」


 俺、一応、ディヴァインクラスを瞬殺した実績あるんですけど!


「フフ、わかっていませんね、トモキ君。呪術において、彼らのような存在を自在に呼び出せるということの意味が」


 リュクサンドールは何か含みのある言い方だ。


「まあ、いいでしょう。まずは軽くご挨拶と行きましょう! さあ、僕の忠実なるしもべ、冥府の番犬セルベロスたち! 目の前の邪悪な大罪人を速やかにほふりなさい!」


 リュクサンドールは犬たちに命令した。


 直後、犬たちはいっせいに目の前の邪悪な大罪人――リュクサンドールに襲い掛かった!


「うわああっ!」


 犬がむらがっている中から、絶叫が聞こえてくる……。


「確かに術者の命令には絶対服従みたいだな」


 そうだよな。あいつ前科三犯の大罪人だし。邪悪そのものだし。そりゃ、目の前の邪悪な大罪人って指示されたら、そっち選ぶよな。ほんと、ワンちゃんたち、しつけが行き届いている感じで、うらやましいですわー、はっは。


「み、みなさん、落ち着いて! ステイ! ステ……ぐはっ!」


 と、しばらく犬たちにもみくちゃにされていたが、やがて、「ステイ」の指示が伝わったのか、犬たちはリュクサンドールから少し離れ、いっせいにお座りした。


「ど、どうですか、トモキ君? 彼らの戦闘能力は素晴らしいでしょう? この僕が、今ので十回は死にましたよ!」


 お座りしている犬たちの真ん中で、なんか間抜けな男が叫んでいる。こいつ本当に、ディヴァイン相当の強さなのか? 頭の中が、いつもの残念なままじゃねえか。


「お前、さっきから自爆しかしてねえじゃねえか。それがお前のお得意の呪術ってやつかよ」

「まあ、少々術の見栄えが良くないのは、呪術の欠点ではありますね」


 なんかもっともらしいこと言って、自分の醜態をごまかしやがった。


「じかし、見栄えの悪さは術の恐ろしさとは関係ないのですよ! さあ、冥府の番犬セルベロスたち、今度こそ、あちらの、トモキ・ニノミヤ君をほふりなさい! 僕じゃなくてあっちですよ、いいですね!」


 と、リュクサンドールが念を押して命令したと同時に、犬たちがまた動いた。今度は、迷わず俺のほうめがけて!


「ちっ! うぜえな!」


 俺はただちにバックステップで後ろに下がりながら、襲い掛かってくる犬集団を魔剣で斬って行った。見た目はただの頭の多い犬だが、ドノヴォン国立学院に現れたモンスターたち以上に素早く、攻撃力も高そうだった。まあ、それでも俺の敵ではなかったが。


「んな、ザコけしかけて何してえんだよ、てめえは! 俺が何者が知らないわけじゃねえだろうがよ!」


 と、叫ぶが、リュクサンドールには聞こえていないようだった。俺が犬を倒しまくっている一方で、犬を召喚しまくってるらしく、斬ったそばから次々と犬が湧いてきて、キリがなくてうざかった。


 こいつ、まさか俺を疲れさせるのが目的……?


 と、俺が思った直後だった。斬り捨てた犬の体の背後に、突如として、リュクサンドールの姿が現れた!


「な――」


 そして、俺と目が合ったとたん、そいつはニヤリと笑い、爆発した!


「ぐ……」


 とっさに後ろに飛んだが、さすがの俺も不意打ち過ぎて、さっきよりかなり派手に爆風を食らってしまった。今度は肌がピリピリするどころか、体全体が普通に痛い。


「てめえ……なかなか味な真似するじゃねえか」


 そう、犬の群れはあくまで目くらましの煙幕がわりで、本命の攻撃は、さっきの血液爆弾ブラッディスマイルとかいうやつだったわけだ。


 ただ、それがわかったとしても、俺はやつの異常な速さの接近に目を見張る思いだった。そう、ほんの少し前までは、やつと俺とはかなり距離があったはずなんだ。それなのに、それを一瞬にも満たない半瞬で……。


 そういや、ここに来るまでに、ミサイルみたいに超高速で飛んできやがったな、こいつ?


「なあ、てめえのその背中に生えている闇の翼ってのは、どれぐらいの速さで飛べるもんなんだ?」


 すでに離れたところで復活しているその男に尋ねてみた。


「まあ、それなりに速く動けるものですよ。僕の魔力の強さに応じて、ね」

「魔力の強さって」


 ちょ、待てい! こいつ今、超魔力上がってるんだろ? その魔力の強さで、そのまま加速できるっておま……ただのチートじゃねえか!


「ま、まあ、速く動けるのはいいことだよな!」


 やべえなおい。こいつ、ようは超高速で懐に飛んでくる爆弾じゃねえか! 爆発の威力もしゃれにならねーし、どうすりゃいいんだよ!

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