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 女帝様との面会が終わると、俺は再び留置場に戻された。フルーツタルトと一緒に。


「く……まさか俺の脱獄夢プランを見破られたうえで、対策されているとは……」


 もぐもぐ。焦りとイライラが止まらないので、フルーツタルトをひたすら口に詰め込んだ。それは女帝様が用意してくださったというだけに、とても甘美で瑞々しい味わいだった。こんな素晴らしいスイーツをもらえる俺は、きっと特別な存在に違いない……って、実際そうだよね! 俺ってば、超重罪人でこれからマッハで死刑になるんだもんね! ちくしょう! これが食わずにいられようか! しかし、うめえな、チクショウ! 明日のおやつも楽しみだ!


 やがて、フルーツタルトを食い終え、糖分がいい感じに体に回ったところで、俺は少し冷静になった。そうだ、何もユリィを人質に取られたからって、それで終わりって決まったわけじゃない。人質を取られたとしたら、スキを見て取り返せばいいじゃない! 俺が死刑になる前に!


 ただ、俺一人ではこのミッションはおそらく不可能……。なんせ、ユリィが今どこにいるのかとか、何の情報もないからな。つまり、外部の人間の協力が必要だ。


 しかし、俺の頼みを聞いてユリィを助けてくれるやつなんているだろうか? 相手はなんせ国家権力だ。だから、それを何とも思わない、俺と同じぐらい権力者を舐め腐っているようなやつじゃないと無理だ。さらに、俺と同じくらい遵法意識が低く、俺ほどではないにしろかなりの強さを持ち、さらにことをスムーズに運ぶために、ユリィとも顔見知りであることは欠かせないわけで、そんな都合のいいやつ、そうそういるわけ――って、いたよ、一人! あのクソエルフがちょうどその条件全部満たしてるじゃないの! おおおっ!


 しかも、あいつは俺の昔の仲間だ。俺がこのまま死刑になるなんて、さすがに納得しないだろう。俺ちゃん、なんせ伝説の勇者様だからな。きっと、あいつなりに、今頃俺を助けようと動いてくれているはず……。そうに違いない。おおお、俺は信じて、待ってるぞクソエルフ! いや、美少女魔法使い、ティリセ様っ!


 と、俺が留置場の檻の中で期待に胸を膨らませていると、


「トモキ君、ちょっといいっすかー?」


 ラックマン刑事がまたこっちに近づいてきた。


「実はさっき、トモキ君に会いに来たって言う、エルフの女の子がいたんすよ」

「おおお!」


 渡りに船とはこのことだ! 今、まさに俺もお前のことを考えていたぞ、ティリセ!


「そ、それで、彼女は俺になんと?」

「トモキ君に伝えたいことがあるって伝言を頼まれたっす」

「伝言?」

「あ、はい。確か、『早く死ね、クソ童貞』って言ってたっす」

「え」

「ちゃんと伝えたっすよー」


 ラックマン刑事はそう言うと、俺の前から去って行った……。


「あ、あれ? あいつもしかして、俺を助ける気ない? まるで……ない?」


 ぐぬぬ……。なんてことだ! まさかとは思うが、懸賞金を手に入れる権利を俺が台無しにしたことを怒っているのか? それであんな暴言を……くそが!


 いや、あいつがダメでも、まだ希望はあるはずだ。そうだ、エリーは間違いなく俺の味方! 結局のところ、あいつが「国外に逃げろ」って俺に言った選択肢が一番正しかったわけだからな。俺は、クソエルフやらゴミ魔剣やらの言葉に惑わされずに、それだけを信じていればよかったんだ。そう、あいつだけは今も昔も俺の味方……。


 あ、でも、あいつ面会に来た時、最後俺に「どんなことがあっても、くじけるんじゃないよ」って言ってたな。あの言葉はどう考えても、これから死刑になる俺へのなぐさめのそれ……。つまり、俺を助ける気はもうなさそうってこと? く……。エリーもダメじゃねえか!


 あと、俺の味方になりそうなのはヤギぐらいしか思いつかん。しかし、あいつはイケメンだが、謁見の間での飼いならされっぷりを思い返すと、俺より女帝のほうにつく可能性が高い。そもそも、あいつはラティーナが女帝だって前から知ってたみたいだからな。俺より女帝様とのほうが、はるかに付き合いが長いわけだ。女帝を裏切って俺を助ける理由はなさそうだ……。うう、ヤギもダメか! あとは、あと他に誰か、俺を助けてくれそうなやつは……。


 と、留置場で悶々としていると、また誰か面会に来たようだった。ラックマン刑事が呼びに来た。いったい誰だろう。とりあえず、面会室に行ってみると……。


「うわあ、ほんとにハリセン仮面として捕まっちゃったんですねえ、トモキ君」


 と、手錠をかけられている俺を見て、のんきな声を出す白髪の男がいた。そう、リュクサンドールだ。学院からまっすぐここまで来たのか、いつもの教師の制服姿だ。


「あんた、何しに来たんだよ?」


 よりによってこいつかよ。とっとと話を聞いて帰りたかった。


「いやあ、本当は理事長が会いに行く予定だったんですけどね、急用が入ったらしくて」

「また代理のパシリか」

「まあそうなんですけど、僕なりにトモキ君に用事もありまして」


 と、リュクサンドールはそこで、制服の懐から、水中メガネのようなものを取り出した。これは確か、呪いの検査用の器具だっけ。


「んなもん持ってきて、どうするんだよ」

「そりゃあ、もちろん、トモキ君の今の呪いの進行具合を確かめるために決まってるじゃないですか」


 リュクサンドールはそういうと、水中メガネ風の器具を装着し、そのレンズ越しに俺をじっと見つめ始めた。


「呪いって……あ」


 そうだ! 俺は「バッドエンド呪い」ってやべー呪いにかかってたんだっけ。そして、それは確か、「幸せになりすぎると悲劇に襲われ死ぬ」みたいな効果だったはず!


「ま、まさか、俺がこれから死刑になるのは呪いのせい?」


 そう、俺は少し前に、浴びるように幸せを大量摂取してしまった。だから、そのせいで、俺の運命がねじ曲がり、絶対に逃げられない処刑台へのルートが確定したんだろう! そうだ、俺のこの悲劇の運命は呪いのせい――。


 と、一瞬思ったわけなんだが、


「あ、トモキ君のバッドエンド呪いの具合、相当よくなってますね」

「え」

「数値の履歴を見ると、少し前に呪い発動直前まで上がってきてるんですが、今日になってストンと落ちてますね。今日は何かとても不幸なことがあったんですかねー」

「なん……だと……!」


 俺はこれから死刑が確定しているというのに、バッドエンド呪いの進行はむしろおさまってきているだと!


「ちょ、待て! 俺は数日後に処刑される、ハイパー悲劇状態なんだぞ! なんでバッドエンド呪いが発動していないのに、そんなありさまになったんだよ!」

「え、そりゃあ、自業自得で……」

「ち、ちがっ! 俺は何も悪くない!」

「いや、トモキ君は悪いことしたから捕まって死刑になるんでしょう。当たり前のことじゃないですか」

「ぐはあっ!」


 よ、よりによって、こんなやつに! こんな正論を突き付けられてしまうなんて! くそが!


「あ、なんか話してたら、また呪いの数値がよくなってきたようですよ?」

「お前もう帰れ!」


 涙目で怒鳴っちゃう俺だった。


 くそ、俺ってば、マジで、呪い関係なくバッドエンドっちまうのかよ! そんなのって……あんまりだろうがよ!

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