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「ひ、人質ってどういう――」
「あなたがどこか遠くに逃げ出さないようにするためですわ」
女帝様は冷ややかに、きっぱりと言い放つ。
「俺に脱獄させないための……人質だと……!」
途端に血の気が引く気がした。よりによってユリィを人質に取られちゃ、俺の脱獄夢プランが、台無しだ!
「汚ねえぞ、てめえ! あいつは俺とは無関係なのに、人質にするとか!」
「無関係ではないでしょう。彼女とはとても仲がよろしいと、学院でも評判だったようではないですか」
「いや、まあ、それはそうですけど!」
く……俺たちの愛は、他人から見てもバレバレだったようだな。実にうかつ!
「ご安心なさいまし。人質といっても、手足を縛り付けて虐げているわけではありませんわ。今は監視をつけて、あまり外を出歩かないようにしてもらっているだけです。あなたへの断罪が終わるまでの間、ね」
「俺への断罪? 俺は死刑なんだろ? 執行されるまで相当時間がかかるんじゃないか? まさかその間、あいつをずっと拘束しているつもりじゃ――」
「その点もご心配なく。さきほども言いましたが、第一級国家反逆罪は、他の犯罪とは全く扱いが異なるものです。容疑者への裁きと断罪は、女帝であるわたくしの一存にゆだねられ、通常であれば、数日ですべてが終わる予定になっていますわ」
「え、俺って、あと数日で死刑執行なの?」
「はい。わたくしの裁きで、有罪と確定したあかつきには」
「ちょ……待て! なんだその古臭いやり方! 普通はもっと人道的に時間をかけて裁判やって、シロかクロかはっきりさせ――」
「何度も言わせないでくださいまし。第一級国家反逆罪に相当する、国家そのものに対する反逆行為というのは、それだけ罪深いものなのです。二度と同じ罪を犯すものが現れないようにいましめるためにも、民の関心が高いうちに、迅速に、断罪することになっているのです」
「く……」
死刑しかないっていうのは、こういう意味だったのか……。この国、植物紙が普及してたり、識字率が高そうだったり、しっかりした警察があったりして、かなり近代的なイメージだったんだが、そこんとこだけは中世なのかよ! 捕まって数日で死刑とか、封建社会のやり方そのまんまかよ!
「トモキ・ニノミヤ容疑者。ハリセン仮面として我が国の聖騎士団を蹂躙したあなたなら、わたくしの裁きと断罪が終わる前に、どこかへ逃げ出すことは実にたやすいでしょう。どのような拘束も、どのような堅牢な壁も、あなたはその力でやすやすと破壊することができるのでしょうから。ゆえに、わたくしは、通常とは異なるやり方であなたを縛り付けることにしました」
「それが、人質ってわけか」
「そうですね。ただそれでも、あなたは彼女を見捨てて逃げることは可能でしょう。お好きになさいまし。そのときは、わたくしたちのユリィさんへの扱いも変わるでしょうけれども」
「つまり、俺が逃げたらあいつを殺すってことか?」
「そこはご想像におまかせしますわ」
女帝様は否定も肯定もせず、ベールの奥で俺をあざ笑うだけだった。
「あいつは何の罪も犯してないのに、俺が逃げたら殺されるのかよ! それこそ大罪そのものじゃねえか、ふざけんな!」
「このことはユリィさんご本人にもお話して納得していただいたことですわ」
「え」
「あなたが第一級国家反逆罪で逮捕されたと知って、彼女はとても悲しんでいるようでした。きっと今も、あなたのことを想って涙を流し続けているのでしょうね」
「う……」
俺は、そんなユリィを想像したとたん、胸が痛くなった。俺のせいで泣いてほしくなかった。俺は、あいつには笑っていてほしいんだ……。
「彼女は自分を責めていました。どうして、自分は彼とずっと一緒にいながら、彼の罪を止めることができなかったのだろう、と」
「あいつが、そんなことを……」
俺はますます胸が苦しくなった。悪いのは全部俺なのに、なんであいつが自分を責める必要があるんだろう。あいつは何も悪くないのに。
ああ、でも、俺の知っているユリィなら、きっとそういうふうに考えるに違いない。あいつ、すごく真面目なやつだから。
「トモキ・ニノミヤ。彼女のように善良で清らかな女性を悲しませるとは、あなたは本当に、最低のクズ野郎ですわね」
「う……」
痛い! 耳が痛い! まったくその通りすぎて、何も口答えできない……。
「ただ、救いようがないほどのクズとまでは言えないでしょう。あなたは自ら罪を認めて、出頭してきたわけなのですし」
「そ、そうですね!」
よかったあ。俺氏、まだ褒められるポイントあったあ。
「あなたが罪を認めて、自らハリセン仮面と名乗り出たことだけは、わたくし、心から感謝しておりますわ。ですから、今日はあなたにその感謝の気持ちを込めて、贈り物を用意してますの」
と、女帝様はそこで、背後に立つ近衛兵たちに目配せした。たちまち、その一人が前に出てきて、持っていた包みをうやうやしく女帝様に差し出した。
女帝様はその包みの布を取り、中身を俺に差し出した。見ると、バスケットの中に、おいしそうなフルーツタルトが入っている。
「贈り物って……おやつ?」
「ええ。これから断罪の日まで毎日、あなたに差し上げるように手配しますわ。自ら出頭したことへの、わたくしからのご褒美です」
「ど、どうも……」
こいつ、やっぱり、あの日謁見の間で会ったロリババア女帝と同一人物なんだな。ちゃんと、あのとき俺に言ったこと覚えてやがる!
バカにしやがって。どうせ俺はあと数日で死刑で、しかも逃げられないんだぞ。それなのに、こんなスイーツなんて受け取れるわけ……受け取れるわけ……。よく見ると、そのフルーツタルトはとてもつやつやしていて、おいしそうだ。いいにおいもするし。
「ま、まあ、もらえるって言うんなら」
うん、食べ物に罪はないしな! ここで突き返しても、これを作ってくれた料理人が悲しむだけだ。とりあえず、毎日のおやつだけは「別腹」でいただくことにした。
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