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その後、警察に出頭し、すべての罪を洗いざらい告白した俺は、無事にハリセン仮面として逮捕された。
「いやあ、まさかハリセン仮面のほうから出頭してくるとは思わなかったっす! 捜査の手間がはぶけて何よりっす!」
と、捜査一課のラックマン刑事は、そんな俺に対し、実に上機嫌だった。俺は今、薄暗い取調室でこの男とマンツーマンで取り調べを受けているところだ。うふふ。やはりしおらしく自首して正解だったな。これだけ警察の好感度が高ければ、脱獄もさぞやしやすいに違いない。
まあ、さすがにまだ「そのとき」ではない。今はひたすら反省の色とやらを前面に出し、さらに警察の油断させておくべきだろう。
なお、逮捕された直後に、ネムは押収されてしまったので、すでに俺の手元になかった。やつが俺の手から離れた瞬間、俺は本当に心と体が軽くなったような気がした。憑き物が落ちるってまさにこういうことを言うんだろうか。きっと、今は魔科捜研とかいう組織に送られて調べられているんだろうが、さすがにそこの人間を操って俺の手元に戻ってくることはないだろう。なんせ、魔科捜研だし。得体のしれないマジックアイテムの鑑定を専門としているようなところだろうし? おそらくは、今頃、あのクソエルフが使っていたアブソリュート・バインド的な封印魔法で、機能停止させられてるに違いない。そして、それゆえ、俺のところにはもう戻ってこないはず……わあい! やっと、「それを捨てるなんてとんでもない!」状態の呪いのアイテムを手放すことができた! それだけでも自首した意味はあったわけだ!
「……ところで、本当にこの動機でいいんですかね、トモキ君?」
と、ラックマン刑事がさらに俺に尋ねてきた。
「はい。間違いないです。俺、酒飲んでて、それで――」
「むしゃくしゃしてやった、誰でもよかった?」
「今は反省している」
「はあ……まあ、よくあるパターンっすかねー?」
ラックマン刑事は調書にサラサラと何やら書き続けている。動機「酔った勢い」とかだろうか。
「で、犯行は全部、一人でやったんっすかね?」
ぎく! まずいところを聞かれたぞ。
「え……も、もちろんですよ?」
「ロザンヌ正規軍とドノヴォン聖騎士団の駐留地間の移動も一人で?」
「当たり前じゃないですか!」
さすがに、フィーオも犯行に関わってたと知られるのはまずい。あいつはただのアホだから俺に協力してくれただけなんだ。悪いのはハリセン仮面として暴れた俺なんだし、あいつを巻き添えにすることだけはやっちゃいかん。
「でも、けっこう距離あるっすよ?」
「ダッシュで問題なかったです!」
「え? それぞれの事件発生時刻ってそんなに差がないみたいなんすけど、走って間に合ったんすか?」
「間に合いました! 俺、足速いんですよ!」
「いや、いくら足速いったって、この距離だと間に合うはずが――」
「あるんすよ! ハリセン仮面なめんな!」
「ああ、そうっすね! こういうのは実際、現場検証で確かめてみるのがいいっすね!」
というわけで、俺はその直後、いきなり警察所有の飛竜に乗せられ、犯行現場まで連行され、実際にダッシュで現場間の移動が間に合うか検証されたのだった。
「おおおおっ!」
当然、俺は全力でロザンヌ正規軍とドノヴォン聖騎士団の駐留地間を走り、
「あ、確かに、この足の速さなら間に合うっすね!」
と、ラックマン刑事からのお墨付きをいただいた。
「ほ、ほら、俺の言った通りじゃ……ないですか……げほげほ!」
全力疾走しすぎて、俺は汗だくだった。息切れするし、脇腹は痛いし、むせるし。だが、おかげで、俺の完全な単独犯だと証明できたようで何よりだ。
まあ、あいつの記憶が戻ったらそれはそれでやばそうだが……戻るなよ? お前自身のためにも。
その後、俺は再び飛竜に乗せられ、警察署に連れ戻された。ただ、その途中、上空から、警察署の前に人がたくさん集まっているのが目に留まった。
「あれは何の集まりなんですか?」
「ああ、ちょうどついさっき、『ハリセン仮面逮捕!』の速報が出たんっすよ。だから、取材陣とか野次馬が集まってきてるみたいっすね」
なるほど。あれだけ大々的に指名手配されてたからなあ、俺。
「あと、逮捕されたハリセン仮面はニセモノだって訴える人も、多いみたいっすねー」
「え? なんで?」
「そりゃあ、本物が捕まったとしたら、ハリセン仮面商売あがったりじゃないっすか!」
「ハ、ハリセン仮面商売?」
「ハリセン仮面グッズを大量受注している工房とか、多いんすよ? それ、売れなくなっちゃったら大変じゃないっすか!」
「そ、そうですね……」
あいつら別に、トモキ・ニノミヤ君の無実を信じてるわけじゃないのね。ただ商売のためだけにやってるのね。
その後、警察署に戻り、再びラックマン刑事からネムの時価(知るか!)など、事件の委細詳細つまびらかに聞かれたのち、その日の取り調べは終わった。
そして、翌日、そんな俺のもとに、学院からエリーが面会にやってきた。
「あんたがハリセン仮面として捕まったって話で、学院は大騒ぎさ。ほんと、やらかしてくれるね」
面会室で対面したとたん、いかにもうんざりした表情で言うババアだった。俺たちの間には透明のアクリル板のようなものがあり、俺たちはそれをはさんで、向かい合って座っていた。面会室を使う前に警察官に説明を受けたところによると、この透明のアクリル板のようなものは、特別に強化魔法をかけられているそうで、超固いうえに、この室内で使われたあらゆる魔法を無効にする効果があるそうだった。
「うっせーな。こっちにはこっちの事情があるんだよ」
「事情? まさか何か考えがあって、あえて自首したのかい、あんた?」
「う……」
まずいぞ。エリーは勘が鋭いし、変なこと言うと、俺の脱獄夢プランを見破られてしまう!
「べ、別に、俺はただ、これ以上、罪を背負って生きていくのに耐えられなくだけさ!」
「んなこと考えるやつじゃねえだろうがよ」
エリーは鼻で笑った。
そして、直後――、
『あんた、なんでアタシの言った通り、国外に逃げなかったのさ?』
と、声が脳内に響いて聞こえた。
「あ、あれ?」
『念話魔法で直接あんたの心に話しかけてんだよ。空気読めよ、クソ勇者』
「え、だって、そこの板――」
『これぐらいのセキュリティ、このアタシが破れねーわけねーだろうがよ』
「あ、はい……」
さすがエリー様だ。特殊アクリル板があったが何ともないぜ!ってか。
『どうせ、あんたは、すぐ脱獄できるから逮捕されても問題ないって考えてるんだろうね』
「えっ」
お前はなぜ俺の心がそんなにも読めるんだ!
『甘いんだよ、考えが。あんたはもう逃げられない』
「それは、どういう……」
『詳しいことは、女帝様が直接説明してくださるだろうよ。すぐにね』
エリーはそれ以上何も話さなかった。いや、立場上、何も話せないということだろうか?
やがて、
「じゃあな、どんなことがあっても、くじけるんじゃないよ?」
そう言って、面会室を出て行ってしまった。
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