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 その日、学院から寄宿舎に戻ったところで、俺はユリィへの手紙を書いた。


 そう、これから自首しちゃうのだ、俺は。捕まったら死刑になっちゃうのに、罪悪感に耐え切れず、自ら罪を認めて出頭しちゃうのだ。なんて美しく清らかな俺の心ッ! それをぜひユリィにも感じてもらわなければいけない。まあ、実際は死刑になる前に逃げるつもりだけどね!


 しかし、誰かに手紙を書いたことなんてろくにない俺は、ちゃんと書き上げるのに五時間もかかってしまった。


『親愛なるユリィへ。俺はこれからちょっと長い旅に出る。おそらくお前のもとにはもう帰って来れないだろう。俺の犯した罪はすごく重く、当然罰も重くなるはずだから。わかっている。これを読みながらお前はきっと俺のために涙を流しているのだろう。え、涙で文字がかすれて読めない? うん、そうだよね。俺も実はこの文章を書きながら、泣いちゃってるんだ。どんな強いモンスターにも泣かされたことがない俺が、こんなにも泣いている。お前に二度と会えないことも辛いが、これはきっと後悔と罪悪感の涙かな。俺はとてつもなく悪いことをしでかしちゃったから!

 ああ、思い返すほどに、ロザンヌやドノヴォンの兵士たちへの、正直すまんかったって気持ちが湧き上がってくる! ちょっと酔っぱらって勢いでやらかしたことだけれども、手加減はしたんだ。それはちゃんと覚えている。なのに、俺一人相手にあんなことになっちゃって、まあ。あんなんでよく正規軍とか聖騎士とか名乗れるなって、思わない気持ちもなくはないけど、でも、あいつらが弱いのは罪じゃない。アリさんだって生きてるんだから、むやみに踏みつぶしちゃダメ、みたいな、そういう話だよね、コレ? そうそう、子供のころ、アリの巣を見つけては、その入り口を砂でふさいで嫌がらせした記憶がよみがえってくるなー。いや、あれはすまんかった。ロザンヌやドノヴォンの兵士たちともども、悪かったと心の底から思っている!

 そう、だから俺はこれから罪を認めて、警察に出頭するんだ。自首してももれなく死刑らしいけど、俺はこの胸に湧き上がるアリと兵士たちへの罪悪感をおさえきれない。もう我慢ならん。辛抱たまらん! 自分の中の罪の意識に押しつぶされ続けるくらいなら、きっちり法の裁きを受け、断罪されてスッキリするしかない! そう、それ大事。スッキリポンって。

 感じてくれ、ユリィ。つまり俺は反省しているんだ。めちゃくちゃに。圧倒的猛省。きっともう二度と会えないだろうけど、お前は幸せに暮らしてくれ! 反省のあまり背中を丸めて縮こまっている今の俺の姿をイメージしつづけながら、幸せに暮らしてくれ! じゃあな!』


 うむ、完璧な手紙だ! これならユリィも、俺がどれほどに善良か、理解してくれるだろう。そして、俺のために涙を流しながら、俺の脱獄を心待ちにしてくれるだろう。そうに決まっている。まさか本当に俺が処刑されるとは思わないよな?


 そして一方で、俺が自首することで懸賞金を手に入れる権利を失う、あのクソエルフは歯ぎしりするだろう。ざまあみやがれってんだ。油断させるつもりだったんだろうが、俺に話さずに直でドノヴォンの警察に行きゃよかったのにな。


 まあ、あいつのおかげで、俺がハリセン仮面だとバレるのは時間の問題とわかったのは幸運か。エリーは国外に逃げろって言ってたけど、それはベストな選択じゃなかったな。だって、俺が国外に逃げた瞬間、ティリセは手持ちロザンヌの捜査情報をドノヴォンの警察に流して、俺がハリセン仮面だったと教え、懸賞金を手に入れることができたわけだからな。それだけはマジで阻止しなくてはならない。なんで俺が、あんなクソに大金稼がせなきゃならないんだよ。それに比べたら、自首からの脱獄国外逃亡のほうがよっぽどマシじゃねえか!


 そう、あのクソに金を一ゴンスもやらないためにも、俺はあえて自首するっ! もう迷いはない!


 翌朝、俺は同室のヤギに、五時間かけて書き上げた手紙を渡した。


「これ、あとでユリィに渡しておいてくれ」


 ヤギはすぐにそれを受け取ったが、俺の清らかさマックスの表情に違和感を覚えたようだった。


「お前はこれからどこかに行くのか?」

「……ああ。もう帰ってこないかもしれない。俺の荷物は片付けておいてくれ」


 俺はうつむき、下唇をかみしめ、「く……」と小声でつぶやき、いかにもな雰囲気を出した。そう、いかにもこれから警察に出頭する男の雰囲気。


 そして、


「じゃあな、レオ! 手紙は食べずにちゃんと渡せよ!」

「ああ、気を付ける。達者でな」


 というヤギの声を背中で受けながら、俺は全力で部屋を飛び出し、寄宿舎を飛び出し、モメモ第二警察署に向かったのだった。

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