158

 それから、俺たちはまた二人で街を歩いて回ったが、情けなさマックスの男の姿を目の当たりにした後だったので、俺はすっかり気が抜けたようになり、ユリィと二人きりでももう緊張することはなかった。そのまま、リラックスして二人で楽しく街を見て回った。なんだか、レーナの街で一緒にザドリーの情報収集して回ったときに戻ったみたいだった。ユリィは何かにつけよく笑ったし、俺もそんなかわいらしい笑顔を見ていると自然と顔がゆるんだ。午後になるとまた腹が減ったので、一緒にスイーツを食べた。ちょっとおしゃれな店だ。俺たちも含めて、客はほぼカップルしかいなかった。うふふ、他人から見れば、俺たちどう見ても恋人同士……。


 やがて、そんなこんなで日が暮れ、俺たちはそれぞれの寄宿舎に戻った。なんて楽しい一日だったんだろう! ルンルン気分(やや死語)で部屋に戻ったが、その途中、一人の男子生徒が駆け寄ってきて、俺にフォークを手渡してきた。


「これ、寄宿舎の入り口に落ちてたんだけど、トモキ君のでしょう? ほら、ここに名前が刻印されてるし」


 と、男子生徒はフォークの裏を見せながら言った。見ると、なるほど、そこに俺の名前が刻印されている。まあ、どう考えても、あのレストランのクソ店主に押し付けて放流したブツなんだが。またしょうこりもなく俺の手元に戻ってきやがって。しかも今度は俺の名前入りかよ。クソが。


「ああ、俺のみたいだな。わざわざ届けてくれてありがとな」


 ここでスルーしても、また同じことの繰り返しだ。「いいえ」を選んでも、「はい」を選択するまで永遠に選択肢がループするロープレみたいな。仕方なくそれを受け取った。男子生徒はすぐに俺の前から去って行った。


 と、直後、


『今日はしっぽりお楽しみでしたかネー? マスター?』


 ゴミ魔剣の声が頭の中に響いた。


「ああ、てめえがいなくて、マジで気分が爽快だったぜ」

『アッハー? そうかい、爽快、総会屋? それはともかく、あんた、忘れてないでしょうネ?』

「何をだよ」

『幸せーってなんだっけ、なんだっけ♪ 呪われ上手の勇者サン、勇者サン♪』

「う……」


 そういえば、俺氏、そういう呪いにかかってましたね。


『幸せゲージをためすぎると、もれなく呪い発動なんですが、あんた今日一日で相当やべー領域に踏み込んでるみてえなんですが?』

「う、うっせーな! 別にたいしたことしてねえよ!」

『まあ、たいしたことしてたら、今頃派手にバッドエンドってるでしょうしネー』

「く……」


 やはり俺は、この忌まわしい呪いをなんとかしないと、ユリィとはこれ以上先のステージに進めないのか! くそう! あんなにかわいいのに!


「わ、わかってるよ! 呪いを解くまでは、そのう、気を付けるから!」

『ほんま、頼んま。ワタシ、マスター命なんで。マジで!』


 相変わらずうっとうしい限りのセリフだ。まあ、警告してくれるぶんにはいいが。


 やがて翌日になり、学院の授業は予定通り再開されることになった。俺もヤギもそのまま登校した。モンスターに荒らされた場所は立ち入り禁止になっていたが、学院のそれ以外の場所は平常通りのようだった。授業も今まで通りだ。


 やがて昼休みになったところで、俺は唐突にルーシアに声を掛けられた。


「理事長があなたをお呼びです。至急、理事長室に行ってください」


 エリーが? 俺に何の用だろう? すぐに言われた通り、理事長室に行ってみた。一人で。


「おい、いったい何の用だよ」


 理事長室に入るなり、聞いてみた。エリーは前と同じく高そうな椅子に座っていたが、室内には他には誰もいなかった。


「まあ、そうだね。いくつか用件はあるんだけど、まずはあんたに、おとといのことで礼を言っておこうか」

「おとといのこと? ああ、あのザコどもを片付けたことか」

「あんたにはクソザコでも、ありゃあ、わりと面倒なモンスターどもだったんだよ。あたしや他の教師が総出で相手して、生徒たちに被害が出なかったって保証はなかったろうね。あんたがたまたまあそこにいて、助かったよ」

「お、そうか! 俺様、マジ大活躍だったもんなー。ハハ」


 こういうふうにまっすぐに礼を言われると、気持ちよくなっちゃう俺だった。やっぱ、俺ってば、生まれながらの勇者気質っていうか、ナチュラルに人助けしちゃう体質だからなあ。ウフフ。


「この件に関しては、陛下からも直々にお話があるそうだよ」

「陛下? 女帝様のことか?」

「ああ、あんたたちに直接お会いして、感謝のお気持ちをお伝えしたいそうだ。うちは国立の学院だしね」

「あんた……たち?」

「あんたと同じ部屋のヤギ助とかも呼ばれてるからね。詳しい話はあとでそいつに聞くといい」

「ヤギ助て」


 言い方ババくせーな、おい! つか、エリーもレオがヤギだって知ってるのか。まあ、理事長だし、魔法耐性もそれなりに高いはずだから当然か。


「なるほど、話はわかったぜ。後でレオに聞いてみるわ。じゃあな」


 と、俺がそのまま理事長室を出ようとすると、


「待ちな! さっき言っただろ、あんたにはいくつか用件があると。あたしの話はまだ終わっちゃいないよ!」


 エリーが何やら強い声音でそんな俺を呼び止めた。


「なんだよ、まだ何かあるのかよ」

「……最近ずっと生徒たちが噂してるんだがね」

「噂?」

「あんたがハリセン仮面じゃないかって」

「う……」


 そ、その話かよ!


「昨日、警察の連中にもそのことでだいぶ細かく聞かれたよ。まあ、実際、あたしは何も知らないし、そう答えるしかないんだがね。ただ、あたしなりに色々事件のことを調べてみると、どう考えても、ハリセン仮面の正体は、今あたしの目の前にいるクソ勇者以外になさそうなんだよ」

「ちょ、おま……なにを根拠に――」

「あんた、ハリセン仮面なんだろ? 正直に言いなよ」


 エリーは目をギラリと鋭く光らせながら、俺に尋ねてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る