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 それから俺とユリィは再び街をぶらぶら歩きまわったが、よく周りを見ると、やはりハリセン仮面は謎のブームになっているようだった。ハリセン仮面そのもののグッズはまだ量産体制にはなってないのか見かけなかったが、「疫病退散」といったPOPがついたハリセンはやたらといろんなところで売られていたし、ハリセン仮面をかたどった食い物を売っている店も多かった。


「なんだかハリセン仮面さんのおかげで、すごく街の景気がよくなってるみたいですね」


 ユリィは、そんな街の様子に素直に感心しているようだった。俺がハリセン仮面だとも知らずに。


「しかし、いくらなんでも疫病退散キャラってのはコジツケすぎるだろ。古文書のモンスターは、悪い病気が流行った時に自分の絵を描いて広めろって言っただけだろ? それがなんでこうなるんだよ?」

「きっと、みんな病気に対する不安があるんですよ。だから、お守りにされてるんじゃないでしょうか」

「病気に対する不安、ね……」


 今流行ってるのは、確かハシュシ風邪とかいうやつだっけ。風邪なら、そう騒ぐこともない気がするんだが?


「なあ、ハシュシ風邪ってどんな病気なんだ?」

「症状は普通の風邪と似てるんです。でも、かかった年齢によって病気の重さが違うそうで、子供のうちは症状が軽いんですけど、大人になってかかると症状が重くなることが多くて、死んじゃう人も珍しくないそうです」

「へえ。大人だとやべーのか」

「あと、一度病気になって治ってしまうと、それからはもう病気になることはないそうです。体がハシュシ風邪に強くなるってことでしょうか」

「ああ、なるほど。そういう病気あるな」


 つか、今の話聞くと、風邪っていうより、麻疹とか水ぼうそうとかみたいな病気なのか。接触感染ってのがちょっと違うが。


「お師匠様に聞いたことがあるんですけど、わたしは子供のころに一度かかったことがあるみたいなんです。だから大丈夫なんですけど、トモキ様はどうですか?」

「んー、前世で勇者やってたときならあるかもなあ」


 その免疫、生まれ変わっても引き継いでるのか知らんけど。


「まあ、日本にいたときは、あれこれ予防接種受けたはずだから、そのどれかが効くんじゃないか? 俺、そもそも風邪とかめったにかからないほうだしな」

「ああ、そうでした。トモキ様はお強いんですから、ハシュシ風邪なんかに負けるわけないですね」


 ユリィはにっこり笑った。やっぱりかわいい笑顔だ。俺もつられて笑ってしまった。


 そのあとも、俺たちは特にあてもなく街を歩き回ったが、とある骨董品店の前を通りがかったところ、その店の中に見覚えのある男がいるのに気づいた。リュクサンドールだ。今は教師の制服は着ておらず、よれよれのシャツとズボンという残念な服装で、さらに肩にフード付きの粗末なマントをひっかけている。あれは太陽の光をさけるためのものだろうか。


「お願いします! ちょっとだけでいいんです!」


 リュクサンドールは店の奥のレジのほうで、何やら店主のおっさんに頭を下げて懇願しているようだ。いったい何事だろう。俺たちはすぐに店に入り、やつに声をかけた。


 すると、


「ああ、トモキ君にユリィ君。ちょうどよいところに来てくれました。有り金全部、僕に貸してください」


 開口一番、金の無心をしてきやがった。しかも、有り金全部、ですって!


「先生が常に金欠なのはわかりますが、なんでまた急に、有り金全部よこせなんですか?」

「これですよ、これ! やっと見つけたんです!」


 と、リュクサンドールはレジのすぐ近くの台に立てて置かれた、古めかしい羊皮紙の本を指さした。その表紙には「ロードン暗黒魔術大全第二巻」とある。


「これすごく貴重な文献なんですよ。僕、ずっとずっとずーっと探してましてね。それが、今日この店に来たら、あるじゃないですか! これはもう買うしかないでしょう!」

「買うって、いくらなんですか、それ?」

「五百万ゴンスだ」


 と、店主のおっさんは、いかにも邪魔くさそうにリュクサンドールをにらみながら言うと、


「ほら、聞きました? 僕が払えるわけない金額でしょう、ねえ?」


 なんか意味不明なドヤ顔で俺に同意を求めてくるリュクサンドールだった。まあ、確かに、高すぎてこの男には手が出せるわけがないシロモノだ。


「お金がないならあきらめるしかないんじゃないですか。ない袖は振れないって言うでしょう」

「いや、だから、こうして頼んでるんじゃないですか」

「俺たちに五百万ゴンス貸せと? 無理ですよ、そんな大金」


 返すアテもなさそうすぎるしな。


「いえ、そこまで大金じゃなくてもいいんです。今、ちょうどこちらの店主さんと交渉していたところでしてね。いくらかお金を払えば、今この場でちょっとだけ本の中を見てもいいと、まあ、そんなような話の流れでした」

「いや、俺はそんなことを言った覚えは――」

「言いましたよ! 僕、たぶんそんなようなことを聞きました、はい! というか、減るものではないですし、ちょっとだけでも本の中身を見せてあげましょうよ、この僕に! お願いします!」


 リュクサンドールは再び店主にへこへこ頭を下げ始めた。ものすごい必死さだ。


「うちはそういう商売やってないんだよ。何度言えばわかるんだ。貸本屋じゃねえんだぞ」

「では、購入を前提とした該当物件の下見という形で、詳細を拝見したく――」

「いや、そもそも買う金持ってないんだろ、あんた!」


 店主はいかにもうっとうしげに一喝し、


「つか、金持ってないなら、とっとと出て行ってくれ! 商売の邪魔だ!」


 そのままリュクサンドールを店の外に追い出してしまった。まあ、当然の結果だ。俺たちも一緒に店を出た。


「うう……ちょっとぐらい見せてくれてもいいのに……」


 通りに出たところでまず目に飛び込んできたのは、粗末なマントのフードを頭からかぶり、近くの壁に手をついてうなだれる男の姿だった。


「金持ってないのが悪いんだろ。とっととあきらめろよ」

「ああ、そうですね。貧しさは罪、貧しさは悪です……」


 と、そこで男はふと顔を上げ、近くの壁に貼られた「ハリセン仮面」の手配書をじっと見つめ始めた。


「懸賞金三千五百万ゴンスとはまた破格ですね。それだけあれば、あの本を買ってもだいぶお釣りが戻ってきます」


 う……なんか妙に気まずい空気になってきたぞ。


「あ、そうだ、トモキ君! せっかくですし、僕と一緒にハリセン仮面を捕まえませんか?」

「え」

「そんでもって懸賞金山分けです。いい話でしょう? トモキ君はすごく強いですから、ハリセン仮面なんかすぐ倒せるでしょう!」

「い、いや、そもそも俺、犯人がどこにいるか俺知らんし?」

「ああ、そうですね。犯人のいどころをまず探さないといけませんね。いったいどこの誰なんでしょうね? トモキ君は何か心当たりとかありますか?」

「さ、さあ?」

「そうですか、残念です。トモキ君に心当たりがあれば、トモキ君がハリセン仮面を倒して捕まえることができて、僕と懸賞金を山分けすることができたんですけどねえ」

「そ、そうか?」


 なぜお前は何もせずに懸賞金を山分けしてもらえる前提なんだ。


「せめて、呪術が使えればいいんですけどね。それなら、僕だってハリセン仮面を捕まえることができるはずなんですよ。なんで禁術なんでしょうね。昔はそうじゃない国がいっぱいあったんですけど、僕がそういうところに滞在して呪術の研究をしているうちに、ある日突然、国のほうから呪術使用禁止ってお達しが来て、使えなくなってしまうことが多かったんですよ。はー、ほんとになんでですかねー」

「なんでってそりゃ……」


 お前の呪術の研究とやらがはた迷惑すぎて、急遽そういうふうに法整備されたんだろうとしか思えんのだが?


「はー、呪術呪術。おなかいっぱい呪術を使ってみたいですねえ……」


 リュクサンドールは鬱々とそう呟きながら、俺たちの前から去って行った。

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