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 それから俺たちは少し気まずいような、恥ずかしいような気持ちのまま、あまり話をせずに街を歩き続けた。せっかくのデートのような何かなのだし、気の利いた話でもしていい雰囲気にしたかったが、俺はやはりその手の経験がまるでなく、どういう態度をとればいいのかわからなかった。口を開けば、いちいち声はうわずってしまうし、ユリィの顔を見れば、勝手に顔が熱くなるし、胸はずっとドキドキしてるし。俺、ほんとにどうしちゃったんだろう? 少し前までは、こんなふうに二人きりでいることなんて、当たり前だったのに……。


 と、そんなとき、通りの向こうから二人の子供が勢いよく走ってきて、俺たちにぶつかってきた。


「きゃっ!」


 俺はよけたが、ユリィは子供の一人と思いっきり接触し、後ろによろめいた。俺はあわててその体を後ろから支えた。


「おい、あぶねえな。ちゃんと前見て走れよ」


 ちょっとむっとして、ユリィの背中越しに子供二人をにらんだが――そこで、その二人がともに布切れで顔を隠していて、手にもそれぞれ小さいハリセンを持っているのに気づいた。


「お、お前ら、その恰好――」

「えへへ、そうだよ! 僕たち、ハリセン仮面なんだよー!」

「すごいでしょー!」


 なんと、こいつらハリセン仮面こと、俺のコスプレして遊んでやがったらしい!


「ちょ、なんで君たち、犯罪者のマネして遊んでるの? そんなの全然楽しくないでしょ! やめようよ、今すぐ!」


 俺はあわてて二人の子供の顔から布切れをはぎ取ったが、「あ、どろぼー!」「ケーサツに言いつけちゃうぞ!」と言われたので、すぐに返すしかなかった。警察沙汰はマジで勘弁してほしい。なお、二人とも、どこにでもいるような八歳ぐらいの男の子だった。


「き、君たちはそのう……ハリセン仮面が好きなの?」

「うん!」

「なんで? ただの犯罪者じゃん?」

「犯罪者でもかっこいいからいいの!」

「か、かっこいい……?」

「こんなの持って戦うんだよ! 超かっけーじゃん!」


 子供の一人がハリセンを振り回し、何か興奮したように言う。そうか、このバカみたいな装備が、この街の子供の遊び心にクリーンヒットしちゃったのか。


「もしかして、君たちキッズの間で、ハリセン仮面の格好して遊ぶのが流行ってるの?」

「うん! すごい流行ってるー!」

「みんなやってるよ!」


 やべえ。俺ちゃんまた違う伝説作っちゃったっぽい。


 つか、本人としては恥ずかしいことこの上ないんだが……。


「ねえ、お兄ちゃんはこれ使って、いっぱい敵を倒せる?」


 子供の一人がまた無邪気に尋ねてくる。本人だとも知らずに、クソが!


「い、いや、俺はこういうのは武器として使ったことはない、かな……」

「だよねー」

「ハリセン仮面だからできることだよねー」


 子供たちは何やら知ったふうな口でうなずきあい、また向こうへ走り去ってしまった。


「ハリセン仮面さんって、いつのまにかブームになってるんですね」


 と、ユリィは直後、子供たちが去って行ったほうとは違う方向を指さし、言った。そっちを見ると、今度は「ハリセン仮面ワッフル」を売っている屋台があった……。


「なぜ、あんなものが……」


 というか、なぜこの世界の人間はこうも俺をネタに無許可で商売しちゃうんだ。しかも、それなりに人だかりが出来ていて繁盛してるっぽいし。


「わたしたちも買って食べてみましょうよ」


 ユリィは一人で屋台に走っていった。あいつ、また勝手に何やってんだ。あわてて後を追い、結局、勢いでそのままワッフルを二つ買ってしまった。屋台の看板には、ハリセン仮面のイメージイラストらしきものが描かれていた。まあ、軽く覆面を取った姿で、その顔はイケメンそのもので、まるで俺と似ていなかったんだが。くそ、こんなところまでデジャヴかよ。


「おいしいです、ワッフルのハリセン仮面さん」

「変な言い方は止めろ。それじゃ、犯罪者を食ってるみたいじゃねえか」


 もぐもぐ。買ったそばから屋台の前でワッフルを食べ始めるユリィだった。俺もつられて、一緒に食べてしまった。なお、その間にも、屋台にはひっきりなしに客が集まってきていた。客層は老若男女問わずって感じだ。ハリセン仮面ワッフル、大人気かよ。まあ、確かに味はうまいんだが。もぐもぐ。


「なあ、ハリセン仮面ってなんでこんなに人気なんだ?」


 少し客足が途絶えたところで、屋台の店主に尋ねてみた。


 すると、


「そりゃ、あのいけすかない聖騎士団をボコボコにしたからさ。みんな、はっきり口には出さないけど、ざまあみろって思ってるんだよ」

「ふーん?」


 そうか。あの学院の生徒たちが言ってたように、この国の聖騎士団ってのは国民にはまるで人気がない、嫌われ者集団だったんだな。だから、それをボコった犯罪者(俺)が人気者になってるってわけか。


「でも、聖騎士団ってのは、一応、この国の正式な軍隊だろ? そこまで嫌われるようなもんなのか?」

「まあ、三年前まではそうでもなかったんだよ。当時の騎士団長様はすごくしっかりした人でね。騎士団の風紀もちゃんとしてたんだ。でも、その人が病気で急死して、当時の副団長様が繰り上がりで団長になったんだけど、これがめちゃくちゃ感じ悪いクズでさ。あっという間に、聖騎士たちは庶民に威張り散らすだけの無能集団になっちまったんだよ」

「なるほど。トップが変わって一気に組織が腐敗したんだな」


 まあ、地球でもわりとよく聞く話ではある。


「でもまあ、あいつらは腐っても聖騎士様だからさ。庶民なんかよりはずっと武芸に秀でてる、偉い集団ってことになってたんだよ。実際、貴族とかエリートの家の人たちばかりだからね。だから、誰も逆らえなかった。あいつら、街でもどこでも、やりたい放題だった。みんなはらわたが煮えくり返っててさ、そこにさっそうと現れたのがハリセン仮面様だよ。あんな、たった一人にボコボコにされて、みんな、心の底からざまあって思うに決まってるじゃないか!」

「そうだな、ざまあは大人気になるために欠かせない要素だからな……」


 俺の知らないところで、そんな今大人気のざまあが大量消費されていたとは。


「でも、そんな犯罪者の版権使って商売してて、国に目をつけられたりしないのか?」

「大丈夫だよ。一応、表向きはハシュシ風邪の拡散防止祈願ってことになってるから」

「か、風邪の拡散防止……祈願?」


 またわけのわからない話になってきたような?


「実は最近、古文書が見つかったらしいんだ。それによると、昔、覆面姿で手にハリセンを持ったモンスターが人の前に現れて『悪い病気が流行した際には自分の姿を描き写して人々に見せるように』と、言ったそうなんだよ」

「な、なにその熊本の妖怪みたいな話」


 ハリセン仮面氏って、まさかアマなんとかって妖怪と同じ扱いなの?


「まさか、その古文書に描かれているモンスターと、ハリセン仮面って同じってことになってるの?」

「そうに決まってるだろう! モンスターじゃなければ、誰がハリセン片手に素手で聖騎士たちを壊滅させられるんだよ! こんなの人間の仕事じゃないよ!」

「そ、そうなのね……」


 妖怪のせいなのね。


「じゃあ、ハリセン仮面という謎のモンスター犯罪者は、感じ悪い聖騎士団をボコってくれたヒーローで、かつ、ハシュシ風邪の拡散防止キャラでもあるから、今、この街で大人気なのか」

「まあ、そうなるね。おかげで、売り上げも先月に比べて三倍くらいに増えたよ」

「商売上手……だな……」


 まあ、アマなんとかさんも、まず最初に食いついたのが和菓子業界だった気がする。どこもブームの初動は似たようなもんか。


「ま、まあ、商売繁盛なのはいいことだな。ハハ……」


 ワッフルを食べ終えると、俺はユリィとともにすぐにその屋台から立ち去った。

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