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「い、いったい、何のことだ? さっぱりわかんねえな……?」


 内心はガクブルだったが、とっさに知らばっくれるしかない俺だった。エリーのやつ、いったいあの事件のこと、どこまで知っているんだろう。冷や汗が額ににじむ。


「まあ、はっきりした証拠なんて何もないんだけどね。そうとしか考えられないって話さ。ハリセン仮面の異常な強さとかね」

「あ、あれぐらいの接近戦ができるやつ、探せば俺の他にもいくらでもいるだろ!」


 いるよな? この世界は広いから、どこかにいるはずだあっ!


「いや、接近戦の能力だけじゃないんだよ、ハリセン仮面の異常さは」

「え?」

「実はね、やつが壊滅させた二つの軍隊、ロザンヌの軍隊とこのドノヴォンの軍隊は、バトルスタイルがだいぶ違っていたのさ。ロザンヌの軍のほうは、武器による攻撃を主体とした、いわば脳筋部隊だった。そして、ドノヴォンのほうは魔法攻撃主体の部隊だった。わかるかい、単に腕っぷしがたつってだけなら、ロザンヌの軍隊は相手にできても、ドノヴォンの軍には勝てないんだよ。単なる脳筋野郎なら魔法でやられちまうからね」

「そ、そうだったのか……」


 泥酔していたから襲撃したときの記憶はまったくないが、こっちの国の聖騎士軍団とやらは魔法攻撃がお得意だったのか。そして、俺はそれを屁ともせず、倒しまくっちゃってたのか……。


「つまり、ハリセン仮面とやらは異常な接近戦の能力に加え、ドノヴォン聖騎士団の魔法による総攻撃にも耐えた、異常な魔法耐性を持っていたということになるね。例えば、そこのクソ勇者みたいにね?」

「う……」


 まずいぞ。単に強いというだけではなく、魔法耐性も高いとなると、相当容疑者は絞られてしまう!


「そ、それがなんだって言うんだよ? お前が言ってることは、あくまで可能性の話だろ? 俺がその凶悪犯である証拠は何もないんだろ? だったら――」

「犯行の動機を考えても、やっぱりあんたしか考えられない気がするんだがねえ」

「動機?」

「ああ、これは調べれば調べるほど、おかしな事件さ。ロザンヌ、ドノヴォン、両方の軍を一度に壊滅させて、得するやつなんかどこにもいない。そう、言い換えるなら、犯人は何か目的があって犯行に及んだわけじゃないんだ。おそらく、何か一時的な激情にかられて、『ついかっとなってやった、むしゃくしゃしてやった』。あたしには、そんな動機だとしか思えないんだよ」

「ぐ……」


 さすが俺の昔の仲間のエリー。名推理すぎる。まさにその通りだぜ……。


「んでもって、あたしの知ってるクソ勇者なら、そういうふうに暴走してもおかしくないんじゃないかってね」

「ちょ、おま、俺をなんだと思って――」

「あんた、昔から何かにつけて突っ走るところあっただろ。何か思い立ったら特に深く考えず、そっちに暴走しちまう。悪魔系モンスター千体斬りとか、弓の特訓とかさ。ようするに人として軽くブレーキ壊れてんだよ」

「い、いや、そんなことは……ある、かな……」


 くそう! くそう! エリーのやつめ! 俺を実に的確に分析しやがって! そうだよ! 俺ってば昔っからそういうところあるよ! あと、わりとすぐ人を殴ったりするし! おっしゃる通り、人として軽くブレーキ壊れてんだよ、ちくしょうめ!


「まあ、そういうわけだし、このさい素直に白状しちまいな、ハリセン仮面だって」

「う……」


 ど、どうしよう? こいつにはもう完全にバレてるっぽい。


 いやでも、まだ決定的な証拠は何もない。それに、ここで罪を白状して、俺のこれからの未来はどうなるんだ?


「あくまで……あくまで参考までに聞くが、ハリセン仮面とやらは、仮に当局に捕まったとして、どれぐらいの罰を受けるものなんだ?」

「適用されるのはおそらく第一級国家反逆罪だから、死刑しかないだろうね」

「え!」

「あれだけ高額の懸賞金がかかってるんだ。当然だろ」

「で、ですよねー」


 やべえな。俺ちゃん、絶対捕まるわけにはいかないっぽい!


「安心しな。別にあんたがここで正体をゲロっても、あたしゃサツにチクったりしねえよ。ただ、今すぐ国外に逃げろとは言うけどね」

「国外に?」

「捕まったら死刑なんだから、当然だろ?」

「まあ、そうだが……」


 いやでも、ここで逃げたら何のために高い金出してこの学院に入ったのかわからんし。それに、ベルガドにいつ行けるようになるのかもわからん。俺は一刻も早く呪いを解きたいんだ! だって、あんなにユリィはかわいいんだぞ! それなのに、俺はこれ以上、あいつには何もすることができないときている……。


 だいたい、今の話は全部エリーの憶測で、決定的な証拠は何もない状態なんだ。俺は今のところ疑わしいだけの存在で、潔白だ! 逃げる必要なんてないじゃないか。


「そ、そっか。捕まったら死刑確定とか、実に笑える話だな、そのハリセン仮面とやらは!」


 俺はつとめて他人事のように言い、笑った。


「……まあ、認める気がないのならそれでもいいんだけどね。あたしはちゃんと逃げろって警告したよ。そのことはちゃんと覚えておくんだね」

「なんのことだかさっぱりわからんが、それぐらいは覚えておいてやるぜ!」


 せいっぱい強がって、親指を立ててそう答えた。


 そして、再び「話はわかったぜ。じゃあな」と言って、理事長室を出ようとしたが、


「待ちな。まだ話はあるんだよ」


 またしても俺を呼び止めるエリーだった。


「なんだよ。ババアだからって話長すぎだろ」

「うっせーな、クソ勇者が! あんたの連れのユリィって子のことだよ」

「え、あいつがどうしたんだ?」


 あわててUターンし、エリーの話に耳を傾けた。


「三日前に、あの子が魔法のことでここに相談に来てね。あたしなりに話を聞いてやったんだが、どうも言ってることが変なんだよ。母親を亡くした悲しみで、過去の記憶をなくした? そんなバカな話があるかい?」

「え?」

「世の中に、親との死別を経験しない人間なんて、どんだけいると思ってんだよ。親と死に別れるなんて、どこにでもある、ありふれた体験さ。そりゃあ、誰だって悲しいことには違いないが、そんなんで過去の記憶が吹っ飛ぶなんて、あるわけないだろう」

「いや、あいつは確かにそう言って……」

「だから変だって言ってるだろ。たぶん、何か他に理由があるんだよ。あの子が子供のころのことを思い出せないのは」

「そ、そうか?」


 俺ってば、今までユリィの話を素直に受け止めて疑うこともなかったが、考えてみれば、確かに奇妙な話ではあるような……。


「あと、あの子が『なんだか時々、誰かに見られているような気配を感じます』って言ってきたから、軽く体を魔力走査スキャンしてみたら、位置情報を遠隔発信する類の付与魔術エンチャントがかけられてたよ。あたしがすぐ駆除しておいたけどね」

「な、なにそのGPS魔法?」


 つか、お前はノートンか何かか。


「まあ、あくまで位置情報を発信するだけのものだったから、たいした害はなさそうだったんだけど、一応、駆除する前に解析してみたら、どうもあたしらの知り合いがかけたものっぽいんだよねえ」

「知り合い?」

「あのクソエルフだよ」

「ああ、あいつか」


 そうそう、あのクソとしかいいようのないエルフの小娘、ティリセか。まあ、小娘って言っても歳は百超えてるみたいなんだが。


「あいつとはレーナで別れたっきりなんだ。そのときはユリィも一緒だった」

「ふうん? じゃあ、何か緊急の連絡用にかけておいた付与魔術エンチャントなのかねえ?」

「あいつが緊急の連絡用に?」


 なんだか信じられん話だ。俺に会えなくてさみしがるとかいうタイプじゃないだろう、あれは絶対。


「まあ、あいつは俺がクソ強いことは知ってるし、その強さが必要になった時に利用するためのものだったのかもしれないな」

「おおかたそんなところだろうね。あのクズの考えそうなこった」


 エリーはやれやれといった感じで大きくため息をついた。

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