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「先生、刑事さんと手合わせってどういう道具を使うんですか?」


 とりあえず、大事なことを聞いてみた。


「ああ、それなら、そこに置いてある絶対安全魔剣を使う」


 と、フェディニ先生は、すぐそばの四角い台の上に置いてある剣を指さした。何本か置かれているようだ。


「これはまあ、練習用のナマクラの剣なんだが、人間を絶対に傷つけないように魔法がかけられているもんだ」


 フェディニ先生はその一つを手に取り、もう片方の手の肘に振り下ろした。すると、その刀身が肘に当たった瞬間、刀身は強く光り、ぐにゃりと曲がった。なるほど、剣を相手に振り下ろし、「当たり判定」が入ったところで、刀身が攻撃力ゼロのふにゃふにゃになる仕組みらしい。


「あと、この魔法が発動するのは、あくまで人間の体のみだ。この魔剣同士をぶつけても刀身は固いままだし、他の物や動物やモンスターに対しても発動しない」

「へえ、便利ですね」


 この世界では、日本の剣道で使うような汗臭い防具がいらないんだな。フェンシングのあの防具も見た目がアレだしなー。


「ちなみに、リュクサンドール先生は人間ではないので、これで叩くと普通にタンコブができる。というか、前に一度、職員室でやってみたらそうなった。もちろん、そのあとはちゃんと謝ったが、みんなは真似しちゃいかんぞー」


 と、フェディニ先生が言うと、どっと笑う生徒たちであった。あの男、リトマス試験紙か何かかよ。


 まあ、しかし、今はそんな笑い話に気をとられている場合ではない……。


「では、さっそく自分も、練習用の剣をここからお借りするであります」


 ラックマン刑事は台のほうに行き、剣を選び始めた。俺はすかさず、そのすぐ真横に行き、ラックマン刑事がうつむいているスキに、左手の袖の下から籠手を取り出した。それに向かって「絶対安全魔剣っぽくなれ」と、超小声で命令しながら。


『ア、ハーイ。そういうことっすネー』


 ゴミ魔剣は今日は非常に聞き分けがいい感じだった。一瞬のうちに、俺の手の中で絶対安全魔剣に姿を変えた。みんなに対して背中を向けているので、この変形は誰にも見られていないはずだ。もちろん、隣の刑事もうつむいているので同様だ。


 よし、あとはこのまま小芝居をして、と……。


「あ、ラックマン刑事、この剣、なんか他のより軽い気がするんですけど?」


 そう言って、ゴミ魔剣が変身した絶対安全魔剣を、ラックマン刑事の前で掲げた。


「え? ここに並んでいる剣に、重さの違いなんてあるのでありますか?」

「さあ? 俺もよくわからないんですけど、実際持ってみると、そんな気がして」

「それ、見ためは他の物と変わらない感じっすね?」

「そうなんですよ。でも、持ってみるとやっぱ違うんですよねー」

「自分にも貸してみるであります」

「ええ、どうぞ」


 俺はラックマン刑事に絶対安全魔剣に変身したゴミ魔剣を手渡した!


 フフ……計画通り! 計画通りだってばよ!


「どうですか、刑事さん? なんか違和感ありますか?」

「アッハー、どうでしょうネー? 他のものと変わらないんじゃないですかネー?」


 目つきのおかしくなったラックマン刑事は、わざとらしく首をかしげながら答えた。


 よし、ラックマン刑事をネムに操らせることに成功したぞ! このまま武術の時間のあいだ、ずっとネムに体を預けておけば、もう俺は何があろうと、ハリセン仮面として疑われ尋問されることはない! 勝った! 俺ってば、またしてもうまいことやりましたよォー!


「そうですか。なら、俺の気のせいですね。早く手合わせしましょうか」

「デスネー」


 俺たちはそのまま、一本勝負のルールで剣術の試合をした。


 ネムに体を操られているラックマン刑事の動きは、さすがに素早く、的確で無駄がなく、相当な熟練の技を感じさせるものだった。おそらく、元から鍛えられているラックマン刑事のボディにネムの剣術スキルが乗った結果、ってやつだろう。ハーウェルなんぞより、よっぽどキレキレの動きだった。単位にすると、1.5ハーウェルぐらいの強さだろうか?


 まあ、それでも、俺にとっては余裕の相手だったが――さすがに1.5ハーウェルの相手に、普通に勝ってしまうのもまずい。ある程度適当にその太刀筋をかわしたところで、俺が持っている絶対安全魔剣をわざとネムに当て、下に落とした。


「あー、俺ってば、刑事さんに圧倒されて、剣を落としてしまいましたよ。もう戦えないですね。降参ですー」


 とどめに迫真の演技で敗北宣言! うっふっふ。こうして、ラックマン刑事ごときに負けた俺は、もうハリセン仮面と疑われることもないだろう……。


 だが、そこで、


「お前、トモキとか言ったな。ちょっとこっち来い」


 フェディニ先生が何やら手招きしてきた。妙に険しい、鋭い目つきで。


「え、先生何ですか? 俺、ちゃんと刑事さんと正々堂々――」

「いいから来い!」


 フェディニ先生は、俺のところまでやってきて、俺の肘をつかみ、そのまま俺を隅っこに引っ張って行った。

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