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「あ、わかったであります! レンズが異常反応したのは、そこの君っすね!」


 と、ラックマン刑事が指さしたのは俺――ではなく、隣の褐色イケメン、レオだった。


「君からは、なんだかただならぬ気配を感じます! 自分の長年の刑事としてのカンがそう告げているであります! まるで、本当の自分の正体を周りに隠し続けているような?」


 体育会系の脳筋ポンコツかと思いきや、変なところだけ妙に鋭いラックマン刑事だった。


 まあ、そんなふわっとした指摘で、レオが動揺するはずもなく、


「なにかの間違いでしょう、刑事さん」


 涼しい顔で答えるだけだった。


「え? いやでも、現にレンズは異常反応してですね……」

「つまり、それだけを根拠に、俺がハリセン仮面だと判断したわけですか」

「もちろんっす!」

「しかし、ハリセン仮面の犯行当日、俺はこの学院に登校していたのですが」

「え! アリバイあるんすか!」

「はい」

「そ、そうでありますか……」


 と、ラックマン刑事はしょんぼりして、レオへの追及をあきらめたようだった。


 だが、直後、


「あ、今度こそわかったであります! レンズが異常反応したのは、色黒の君ではなくて、近くの誰かっすね!」


 一気に正解に近づいてしまったんだが!


「そこの色黒の君、近くに、ハリセン仮面が暴れまわった当日にこの学院に来てなかった生徒がいるでしょう! その生徒は誰だか、自分に教えるっす!」

「それは――」


 レオはとたんに気まずそうに答えを濁したが、


「それなら、彼の右隣のトモキ・ニノミヤという男子生徒です。ラックマン刑事」


 ルーシアがあっさり俺の名前を答えてしまった……おおう! やべえ!


「彼は、つい三日前、この学院に編入してきたばかりなのです。したがって、私たちは彼の当日のアリバイを証明することはできません」

「編入? どっち方面から来たのでありますか、トモキ君?」


 ラックマン刑事はすぐに俺のほうまで来て、尋問してきた。


「え、えーっと、レイナート王国方面から……」

「レイナートからドノヴォンだと、途中、ハリセン仮面が暴れた現場近くを通るっすね?」

「そ、そうでしたっけ?」

「君、この学院に編入するまでは、どこで何をしていたでありますか?」

「冒険者を、少々……」

「冒険者? つまり戦うのが得意なほうでありますか? 素手では戦えるほうっすか?」

「そ、そうでありますですけど、素手ではちょっと――」


 と、俺が答えたところで、


「ラックマン刑事、彼は素手でもそれなりに戦えるはずですよ。身体強化の付与魔法エンチャントを使われていたとはいえ、大変強固な岩を素手で砕いた実績があるのですから」


 ルーシアがまた口出ししてきた! くそう! さっきからこの女ときたら!


「つまり、君、めちゃめちゃ強いってことですかね? だからレンズが異常反応したってことっすね?」

「さ、さあ?」

「その上、ハリセン仮面が暴れた日のアリバイもない! しかも、君の移動ルートからして、ハリセン仮面の犯行現場に現れていたとしてもおかしくない! なるほど、真実は一つっす! つまり犯人は、そう――」


 と、ラックマン刑事がかっこつけて何か言おうとしたとき、


「あれれー? おかしいよー、刑事さん?」


 あどけない声が、その言葉を突如として制した!


 声のしたほうを見ると、そう言ったのはラティーナだった。彼女は今、しゃがみこみ、床に散らばったレンズの破片をじっと見ている。


「このレンズ、内側にちょっとだけ水滴がついてるよー?」


 ラティーナはレンズの破片の一つを拾い、ラックマン刑事のほうに向けた。


「もしかしてこれ、ここに来る少し前に、お水に落としちゃったの?」

「あ、お嬢ちゃん、鋭いっすね。実はそうなんすよ。署から出て、ここに来るまでの道のりで、つい手が滑って水たまりに落としてしまったんすよ」


 なんと、ここで驚愕の新事実が明らかに!


「まあ、すぐに水は拭いたんで、特に問題はなさそうだったっす」

「えー、でも、今、急に爆発したよ?」

「え」

「爆発するってことは、やっぱお水に落としたせいで、どこか壊れてたってことじゃないの?」

「そ、それはそのう……」


 ラックマン刑事は急に困り顔になった。


「ラティーナ、知ってるんだから。こういう機械って、お水に弱いから、間違って濡らしちゃったりしたときは、中がちゃんと乾くまで使っちゃいけないんだよ?」

「そ、そうなんでありますか?」

「ありまーす」


 にっこり。天使ようなスマイルで答えるラティーナだった。


「じゃあ、自分が使っていたこのレンズは――」

「きっと最初から壊れてたんだよ、おじさん。だから、いきなりものすごく赤く光ったり、急に爆発しちゃったんだよ。つまり、ハリセン仮面がここにいるから、レンズが異常反応したわけじゃないってこと」

「な、なるほど……」


 ラックマン刑事はそこでがっくりうなだれた。アテが外れて意気消沈といったところか。


 しかし、俺はもちろん、ほっと一安心で、胸をなでおろす思いだった。本当によかった、この刑事がレンズを水に落としていて! そして、それを鋭く発見し指摘してくれたラティーナ、どうもありがとう!


「まあ、お嬢ちゃんの言う通り、壊れたレンズじゃ、犯人を捜すどころじゃないっすね。今の自分の行動は見なかったことにして欲しいっす」

「そういうわけだ。みんな、オフレコでなー」


 と、フェディニ先生が言うと、生徒たちは「はーい」と答えたが、若干笑い混じりだった。まあ、確かに赤っ恥だよな。実は相当犯人に迫ってたのに、残念だったな刑事、フフフ……。


 やがて、ハリセン仮面のことは忘れて、武術の授業が始まった。


 ……のは、いいのだが、


「では、さっそく、自分が手本となる剣術をお見せするであります! そこのトモキ君、お相手してほしいであります!」


 なんかいきなり、剣術の相手を指名されたんだが!


「な、なんで俺なんですか、刑事さん?」

「元冒険者で、戦いなれしてそうだからっす!」

「いやでも、俺、剣はあんまり――」


 と、断ろうとすると、


「あら、トモキ君は、ほぼすべての武器を使いこなせているのではなかったのですか。剣術だって、当然お手のものでしょう」


 また、クラス委員長様が口をはさんできた! くそ、さっきからこの女めえ!


「ほぼすべての武器を? すごいっすね! ぜひ自分とお相手してほしいであります!」


 その話を聞いて、ラックマン刑事は何か闘志を燃やしちゃったようだった。


「まあ、そうだな。こういうのはまず熟練者同士でやりあうほうが、見本になっていいだろう」


 フェディニ先生も、俺が相手をすることを承認しちゃったようだった。


 うう、やりたくねえな。これでまた俺の「異常な強さ」が露呈したら、そこからハリセン仮面疑惑が浮上してくるじゃんよ。かといって、武術の指導に出向いてくるってことは、相手もそれなりに腕は立つはずだし、変に手を抜いてもバレそうだし、それはそれで、また疑いの目を向けられてしまう可能性が……。まるで、レイナートの王様の前でハーウェルと試合させられた時のような気分だった。あのときも手抜きが通用しなかったんだよな。そう、ゴミ魔剣のせいで……。


 と、そこで、俺ははっとした。そのゴミ魔剣が、今はちょうど俺の左腕にあるじゃないの!


 そうか、これをうまく使えば……。俺はニヤリと笑った。

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