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 その日の放課後、俺は一人でリュクサンドールの部屋に行った。呪いの定期健診だった。週に一回くらいは検査に来い、みたいなことをあの呪術オタに言われていたのだ。めんどくさいことに。


 ただ、前と同じく、最初は俺が行っても誰もいなかった。部屋に鍵もかかっていなかったので、中で待っていると、しばらくしてやつは帰ってきた。今日は教師の制服姿ではなく私服のようだったが、ヨレヨレのシャツとズボンとサンダルという、近所のコンビニに買い物に出かけるおっさんのような格好だった。この男、顔はいいほうに見えるが、マジで呪術以外何も興味なさそうだ……。ついでに金もなさそう。


「あー、トモキ君、来てたんですね。今日は何か、大変だったみたいですね」


 いつものように、俺の顔を見るとへらへら笑う男であった。


「職員室でも噂になってましたよ。ユリィ君と恋人関係にありながら、フィーオ君とも愛人関係で、さらにレオローン君とは、ええと、確か……『かつて前世で恋人同士で、生まれ変わって再会したときには男同士だったが、それでも二人の愛は止まることはなかった』関係でしたっけ?」

「ちょ、なんでレオだけ無駄に設定が豪華なんですか!」

「女子生徒たちがそういうふうに噂してたんですよ」

「違いますから、全部!」


 くそう、腐った女どもめ。好き放題言いやがって。


「俺、誰とも関係持ってませんよ! 特にヤギとは!」

「まあ、そうでしょうね。そんなに幸せいっぱいの生活をしていたら、すぐにでもバッドエンド呪いが発動しそうです」

「う……」


 そうだった。すっかり忘れていたが、そういう仕様の呪いにかかってたんだっけ、俺。


「念のため聞きますが、君、どこかで幸せを大量に摂取してたりしてないですよね?」

「も、もちろんですよ」

「……まあ、そのへんは、今から調べてみればわかることです」


 がちゃがちゃ。そのまま俺は、前と同じく変な器具を体につけられ、呪いの検査を受けた――が、


「あー、これ相当数値悪くなってますね。このままだと君、あと二週間以内にバッドエンド呪いが発動しますよ」


 いきなりまたショッキングなこと言われたんだが!


「え、そんなに俺、悪いんですか!」

「悪いですねえ。君、呪いのこと忘れて、幸せを一杯やってきたでしょう? そうとしか思えない数値ですよ、これ」

「う……」


 今日一日の、ユリィとのあれやこれやのことか。


「心当たりがあるって顔ですね? ちゃんと自重しなきゃダメじゃないですか。そりゃ、習慣になってやめられないのかもしれませんけど、過度の幸せは君の未来を害するんですよ」

「す、すみません」


 なんか、肝臓の数値が悪化して、医者に飲酒をとがめられてるおっさんみたいな気持ちになってきた。


「先生、俺どうすりゃいいんですか! 二週間で死ぬとか、ベルガド行けないじゃないですか!」

「まあ、呪術をこよなく愛し研究し続けている僕としては、それでバッドエンド呪いにかかった者の行く末を観察できるのですから、悪くない話ではあります」

「こっちは悪い話しかないんですが!」


 つか、いきなり医者から研究者モードに切り替えて見捨てるのやめてぇ!


「まあまあ、落ち着いてください、トモキ君。ようは君の、気の持ちようです。幸せというものはしょせん、本人がそう感じるかどうかで決まるのですよ。つまり、この先、どんなに幸せな出来事に遭遇しても、君がそれを幸せだと感じなければ呪いは進行しません」

「なるほど……」

「さらに、君が何かとてつもなく嫌な気持ちになったり、不幸のどん底に叩き落されることで、呪いの進行具合が逆に改善される可能性もあります。心に充満した幸せを、鬱な感情で解毒デトックスするのです」

「で、でとっくす……」


 毒なの、幸せって? 幸せって、なんだっけなんだっけ♪、ぽん酢醤油は……って、歌ってる場合じゃない!(※若い人にはまずわからないネタですネー)


「そうですね。試しに今、やってみましょうか。トモキ君、これから、何か過去に起こった、すごく悲しいことや辛いことを思い出してみてください」

「はあ……」


 非常に気が進まなかったが、俺の最もヘビーなトラウマ体験、姫に刺されて死んだ時のことを思い出した。あの時は、本当に悲しかったし、痛かったし、苦しかった……うう。


「おおっ!」


 と、すぐに目の前の呪術オタは声を上げた。


「すばらしい! 思った通り、数値が改善されましたよ! 実に興味深い発見です!」

「本当ですか!」


 やった、これで俺は呪いに打ち勝つことができるんだ! 俺はほっとした……が、次の瞬間、


「あれ? 数値が元に戻ってしまいましたね」


 う……ちょっと安心したらこれかよ! ずっと鬱状態でないと呪いには対抗できないのかよ!


「うーん? やはり、単に過去の辛い体験を思い出すだけではなく、そこから現在の自分を振り返り、自分はなんてダメやつなんだ、自分の将来はもう真っ暗だ、みたいに、不幸な気持ちを押し広げていくことが大切なのではないでしょうか」


 そんな総評いらんて。うつ病になりたい人向けの逆認知療法かよ。


「先生、ちょっとそれは俺には厳しい気がします……」

「まあ、一般に、頭のいい人ほど鬱にはなりやすいと聞きますし、トモキ君はそういうのには向いてなさそうですよね」


 なんかどさくさにひどいこと言ってるんだが! 役立たずの無能のくせになあ!


「他にもっと現実的な方法はないんですか? あんた、一応専門家でしょ?」

「いやー、面目ないですね。呪術が自由に使えれば、いろいろ試行錯誤もできるんですが、残念ながらこの国では、すべての暗黒魔法が禁術扱いなので」

「禁術? 使っちゃいけないって法律で決まってるんですか?」

「ええ、そうですよ。暗黒魔法はすべて。呪術は暗黒魔法の一種なので、これも全部使えませんね」

「え、じゃあ、あんた、呪術を研究するどころじゃないんじゃ?」

「確かに、正直今は非常に厳しい感じですが、暗黒魔法の中の呪術は、だいたいどこの国も禁術扱いになってますし、文献を読み漁り、過去の様々な呪いの事例について研究することはできますので」

「ふーん?」


 そういや、インドア派だって言ってたな、コイツ。つまり、そういう事情で本の虫ってわけか。


 と、俺が納得していると、


「せめて、暴虐の黄金竜マーハティカティさんが健在だったあの頃ならよかったんですけどねえ」


 なんかまた恨み節が飛んできた。


「はー、人を襲うような狂暴なモンスターが跳梁跋扈しているときなら、それらから呪い攻撃を受ける人もたくさんいて、たとえ禁術扱いでも、呪術の研究材料には事欠かなかったんですけどねえ。呪術に対する関心も、今よりはずっと高かったですし、モンスターによって不幸になった人たちの悲しみや苦しみの感情も、まさに呪術にはうってつけのものだったんですよ。はー、なんでこんな清浄で平和で、人が生きやすい世の中になってしまったんでしょうね。これじゃあ僕の愛する呪術は出る幕がないじゃないですか。ねえ、勇者アルドレイ君?」


 ネチネチ、くどくど、嫌味を言ってくる男だった。マジで根に持ってるらしい……。

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