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 そのあとの昼休み、俺はユリィと一緒に教室を抜け出し、人気のない中庭のすみっこで、二人きりで話をした。ユリィが俺に話したいことがあるそうだったが、


「魔術の実技のテストの時は、本当にごめんなさい、トモキ様」


 開口一番、俺に平謝りするユリィだった。


「え、お前何か、俺に謝らなきゃいけないことしたっけ?」


 あの時は、なんかもういろいろあって、ルーシアの侮蔑のまなざしと、ヤギの弁護が途中からあさっての方向にぶっ飛んで行ったことしか印象に残ってない俺だった。


「トモキ様が、小刀から真空の刃を出してくれたことです。あれは、魔法の使えないわたしのためにトモキ様がやってくれたことだったのに、わたしったら、先生に話してしまって……」

「あー、あれか」


 色々めんどくさいことになった発端の、ゴミ魔剣を使ったインチキか。


「気にするなよ。お前もとから乗り気じゃなかっただろ、あれ。俺がほとんど勝手にやったようなもんだし、正直に話したら先生にも怒られなかったしな。やっぱズルはいかんよな。人間、正直が一番だよなー」


 俺と違って、ユリィはけっこう気にしているようなので、あわてて早口で言った。


「でも、トモキ様はわたしのことを気遣って、ああしてくれたのに……」

「いいんだよ。そのあとのことに比べたら、あんなインチキがバレたことぐらい、どうってこと――」

「そのあとのことって……あ」


 と、ユリィはそこで何か思い出したように、口ごもり、顔を赤くしてうつむいてしまった。


「そ、そのあとにも、わたし、トモキ様にひどいこと言っちゃった気がします。本当に、ごめんなさい!」

「え、あれは別に、全然ひどくは……」


 きっと、「わたしだけの勇者様」発言とその前のやりとりのことだろう。思い出すと俺もなんだか恥ずかしくなり、顔が熱くなってきた。


「で、でも、わたしがあんなこと言ったせいで、トモキ様は変に誤解されてしまって……」

「いや、その誤解は別にいいから」

「その誤解?」

「……お前とは関係ない誤解のほうがひどかっただろ」


 いつのまにか、男も女もかまわず食っちまう三股野郎ってことになっちまったしなあ、俺。


「ああ、確かに、トモキ様の交際関係が大変なことになっていましたね」


 ユリィも思い出したようで、おかしそうに笑った。


「ただ、ああいう感じで騒がれている間は、トモキ様が伝説の勇者様だってことは、バレない気がします」

「まあ、そうだな。伝説の勇者様の生まれ変わりにしては、俺、素行が悪すぎるしな。時々ずる賢いし、平気で人を殴ったりするしぃ?」

「そ、それはその、ごめんなさい」

「はは。お前にああ言われたのは全部事実だし、別にいいさ」


 そのあとの言葉がめちゃくちゃうれしかったしなあ。うふふ。そう、ユリィってば、俺を伝説の勇者様ではなく、一人の、トモキ・ニノミヤって男の子として見ていてくれてるって、はっきり言ってたんだもんよ! 俺やっぱ、そのへんめちゃくちゃ気になるところだったんだよな。ユリィが今の俺じゃなく、昔の俺だけ見ているんじゃないかってことは。


 ただ、それにしても、まだ一つ引っかかるところはあるんだが……。


「ところで、ユリィ。お前さ、俺のこと『トモキ様』って呼ぶの、そろそろやめねえか?」


 そうそう。こいつ、出会ってからずっと俺のこと様づけなんだよな。そりゃ、俺は一応、世界を救った勇者様だし、そのことに敬意を表してるんだろうけどさ(同様にティリセも様づけだったし)、やっぱいい加減、よそよそしくていやじゃん?


「俺たち、せっかく一緒に学校に通ってるんだ。学校にいるときぐらいは、俺のことは普通の同級生みたいに『トモキ君』とか、『トモキさん』とか、呼んでもいいんじゃないか? このさい、呼び捨てでもいいけどさ」

「え……そんな失礼なことできません」

「失礼じゃない。むしろ、この俺の提案を断るほうが失礼だぞっ!」


 ビシッ!と強くはっきり言ってやった。そう、俺はもっとユリィと距離を縮めたいのだ!


「だいたいよく考えてもみろよ、お前が、同級生の俺のことを『様』づけで呼んでるのって、他の生徒からは不自然極まりないことだろ。そこから、俺が実は勇者アルドレイだとうっかり勘づかれてしまう可能性もある」

「あ、確かにそうですね」


 ユリィははっとしたようだった。よし、このまま一気にたたみかけるぞ!


「だからさ、せめて人前では、俺を『様』づけじゃなく、違う感じで呼ぼう? な?」

「は、はい……」

「じゃあ、さっそく練習しようか! 俺のこと、とりあえずトモキさんって呼んでみ?」

「トモキさ……ん」


 と、ユリィはそこで恥ずかしそうに口をへの字に曲げて、そっぽ向いてしまった。


「だ、だめです! なんだかすごくわざとらしくなってしまいます」

「そんなことはない! とても自然でよかったぞ! もっかいやってみようか! 俺の顔をちゃんとよく見て、もっかい!」

「ト、トモキさん……」

「いいよ、いいよ! これなら、俺の正体は絶対バレないぞお!」


 照れながらも、俺の呼び名を『トモキさん』と改めるユリィに、俺は青春ラブコメの波動を感じ、喜びに打ち震えた。そうだ、世の中の男女は、みんなこういうふうに、ちょっとずつ距離を縮めていくに違いないんだっ!


「あ、あくまで、誰かが近くにいるときだけですよ……」


 そう答えるユリィの顔は、まだちょっと赤かった。

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