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「……そういえば、私は昨日、聞いたのですが」


 と、ルーシアがそこで、口を開いた。


「ユリィさんがトモキ君の手を握り、こうつぶやいていたのです。『勇者様』と」

「おおっ!」


 とたんに、どよめく周りの生徒たち――って、いきなり何言ってんだ、このクラス委員長様は!


「お、お前、なんでまた、俺たちの会話を盗み聞きして――」

「クラス委員長ですから、当然でしょう」

「そんな当然あるかっ!」

「ありますが、何か」


 ルーシアは折れない! 悪びれない! クソッ、よりによって、そんな言葉をみんなの前でバラさなくても……。めちゃくちゃ恥ずかしいだろうがよ!


「しかしユリィさん、あなたはどうしてトモキ君のことを『勇者様』と呼んだのでしょう? あなたたちがすでに恋人同士だというのなら、お惚気のろけの言葉の一つのも考えられますが、聞けば、まだ恋人関係ではないというではないですか。ならば、なぜ、あなたの口からそのような言葉が出てきたのでしょうか?」

「そ、それは、その……」


 ルーシアの鋭い瞳に見据えられ、ユリィはすっかり真っ赤になっておろおろしている。めちゃくちゃ恥ずかしい上に、俺の身バレに関わる重要な質問なだけに、テンパっているようだ。がんばれユリィ! ここはうまく答えて、やり過ごすんだ! お前ならできる!


「ユリィさん、あなたはもしかして、トモキ君が本当は何者であるのか、知っているのではないですか?」


 まるで被告をネチネチといじめる検察官のように、ルーシアはユリィに迫る。


「勇者アルドレイでしか砕けないような岩を素手で粉砕したトモキ君は、あなたの恋人でもなんでもなくて、それなのにあなたは彼のことを勇者と呼んだ。もう考えられる答えは一つしかありませんね? すなわち、彼の正体は――」

「ち、違います! トモキ様は、勇者アルドレイ様じゃありません!」


 ユリィは瞬間、強く叫んだ。


「勇者様は、その、十五年前に亡くなったんです。もうこの世にはいないんです。だから、そこにいる人は、ただのトモキ・ニノミヤって名前の男の子です」

「しかし、彼が勇者アルドレイの生まれ変わりと考えれば、すべてのつじつまはあうのですよ?」

「わたしには、そのへんはよくわかりません……」

「わからない? いったいどういう意味で『わからない』なのですか?」

「だ、だって、トモキ様は、時々ずる賢いし、時々平気で人を殴ってしまうようなところもあるし、誰かを目の前で人質に取られても、ちゃんと助けようとしないところもあるんです。だから、わたし、伝説の勇者様の生まれ変わりだとは、あんまり……」


 って、ユリィ、おま! 俺のことそんなふうに思ってたのかよ! そりゃ全部本当のことだけどさ、俺、お前の目から見て、そんなクズ野郎だったのかよ……。ショックで泣きたくなってきた。


「なるほど。確かにあの岩をいきなり砕いてしまったことといい、救世主であるはずの勇者アルドレイの生まれ変わりとは到底思えない、粗暴で非道な行動ですね。私もあなたの意見に大いに賛成です。あんな男が、伝説の勇者の生まれ変わりであっていいはずがない!」


 ビシッ! 検察官ルーシアは俺を指さし、高らかに宣言した。お前はさっきから何様だよ、クソが!


「しかし、そうなると、余計に疑問がわいてきます。あなたがトモキ君に対して言った『勇者様』という言葉の真意が」

「そ、それはその……」

「ユリィさん、はっきり答えてください。あなたはどうして、彼のような単細胞の愚か者を、勇者様と呼んだのですか!」

「わ、わたしにとってはそうだからです!」


 ユリィはまた必死に声を張り上げたようだった。


「トモキ様は、わたしが危ないときは、いつも必ず助けてくれるんです。それに、わたしが落ち込んでいるときは、いつもやさしい言葉をかけてくれて、励ましてくれます。だから、わたし、トモキ様のことをすごく頼りにしていて、それで――」

「彼のことを勇者様、と?」

「はい。トモキ様は……わ、わたしだけの勇者様です!」

「おおおおっ!」


 とたんに大きくどよめく生徒たち! 俺も恥ずかしさのあまり、体全体がかっと熱くなった。ユリィ、お前ってば、またみんなの前で、なんてことを言ってしまうんだ!


「ユリィさんってば、すごい大胆発言ね」

「わたし『だけの』勇者様だなんて。それだけトモキ君のことを想ってるのね」

「付き合ってないとか言いながら、すっかりラブラブじゃない」


 なんか主に女子どもが騒いでるんだが! 俺たちを見て、ニヤニヤしてるんだが! くう……恥ずかしい!


 おまけにアーニャ先生まで、


「いいわねえ、トモキ君。ユリィさんにあんなふうに言われるなんて、青春よねえ。先生、なんだか胸がキュンキュンしちゃった」


 とかなんとか言っちゃって! 俺だって胸がキュンキュンするに決まってんだろうがよ、クソが! ユリィにあんなこと言われちまったんだぞ! こんな、みんなの前で!


 そう、俺は単に恥ずかしさで悶絶しているだけではなかった。ユリィの今の発言にめちゃくちゃ喜びを感じていた。俺のことちょっと悪く言われたときはショックだったけれども、それは結局、俺を勇者アルドレイの生まれ変わりではなく、トモキ・ニノミヤっていう一人の人間として見ているってことだったから。そして、その上で、俺のことを『わたしだけの勇者様』発言……。くううっ! なんだこの、胸の奥から湧き上がってくるあったけえ気持ちは!


『世界はそれを愛と呼ぶんだZE!』


 そう、まさにこれこそ愛! 愛じゃないか――って、なんでまたゴミ魔剣が俺の思考に介入してきてるんだよ、死ね! 俺のこの胸の中の熱い何かを、お前のストーカー愛と同じに語るんじゃねえ!


「なるほど。昨日のあれは、そういう意味での発言だったのですね」


 ルーシアもすっかり納得したようだった。もう検察官みたいにユリィを責める気はなくなったようだ。よし、これで一件落着……と、思いきや、


「バ、バカかよ、てめーら! こいつの女がどう思ってようと、こいつが素手であの岩をぶち壊したことには違いないだろうがよ!」


 ザックが、痛い事実を蒸し返してきた。くっ! 俺には、胸の奥からわきあがってくる愛の泉に浸ってうっとりしている時間はないのか!


「さあ、答えてもらおうか、トモキとやら! なんでてめえは、理事長の付与魔術エンチャントでサイコーに固くされていた岩を素手で壊せたんだよォ!」


 またしても俺に激しく質問してくるチビの不良クンであった。

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