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「ちょ、待て! 卒業制作が、こんな一見何の変哲もないただの岩とかおかしいだろ! 普通はトーテムポールとか、プールの底に著作権アウトのネズミのキャラ描くとかだろ!」(※)


 俺は叫ばずにはいられなかった。こんな地味な岩が卒業制作とか、許されるわけがないだろうがよ!


「見た目はどうであれ、それは凄腕の付与魔術師エンチャンターである理事長が音頭をとって制作されたものだと聞きます」

「え、理事長も一緒に作ったやつなの……」


 ルーシアの説明に、びびってしまう俺だった。そんな偉い人が、丹精込めて作ったモノを壊しちまったんだもんよお!


 と、そこで、騒ぎを聞きつけてきたのだろう、リュクサンドールが俺たちのもとに駆け寄ってきた。


「ああっ! 主に理事長が仕上げた勇者岩が粉々に!」


 ヤツはすぐに目の前の惨事に気づき、悲鳴を上げた。つか、その言い方だと、生徒の卒業制作どころか、ほとんど理事長制作じゃねえか。勇者岩ってのもなんだよ。


「犯人は――トモキ君、ですね?」

「あ、はい……」


 さすがにこの男、俺の素性を知ってるだけに、察しが早い。


「他の人たちは犯行に関わっていませんね?」

「はい。俺が一人で全部やりました……」


 ここはもう素直に自供するしかないってばよ。


「そうですか。まさか、編入早々、こんな問題を起こしてくれるとは、君という人は……」


 リュクサンドールは憂鬱そうに眉根をよせ、ため息をついた。


「あの、先生……俺どうなっちゃうんですか? まさか、退学処分とか――」

「まあ、それもありえなくもないですね」

「そ、それは勘弁!」


 血の気が引く思いだった。ベルガド行くために高い金払って入った学校なのに、いきなり退学は、ない! なさすぎる!


「とにかく、まずは話を伺いましょう。一体何でまた、こんなことになったのですか?」

「実は……」


 かくかくしかじか。事情を説明した。


「なるほど。君はユリィ君が女子同士のトラブルに巻き込まれているのを見て、ついかっとなってやっただけなのですね? つまり、計画的な犯行ではない――」

「そうなんですよ! ちょっと、あいつらを脅してやろうと思って、それで……」

「まあ、実際に人を殴らなかったのはよしとしましょう。君が殴ると、だいたいの人は死にますからね。僕も一回死にましたし」

「あ、はい。その節はどうも……」


 あのときもつい手が出ちゃっただけなんだ。正直、すまんかった。


「これが卒業制作だということも知らなかったようですし、さすがに退学処分とまではいかない感じですかね?」

「本当ですか、先生!」

「いやまあ、結論を出すのはまだ早いですよ。さっきも言ったでしょう、これを作ったのは、ほぼほぼ理事長なんですからね。まずは、彼女に謝りに行かないと」

「彼女? 理事長って女性なんですか」

「ええ。色々とシビアな方ですよ……」


 リュクサンドールはまた憂鬱そうにため息をついた。なんだろう。苦手なタイプなのかな。


 それから、俺はリュクサンドールに連れられて、一緒に理事長室に行った。謝るのは俺だけでいいはずだが、ユリィもそんな俺たちについてきた。自分も関係のある話だからと言って。


「凄腕の付与魔術師エンチャンターで女か……」


 学院の廊下を歩きながら、俺はふとつぶやいた。


「そういや、勇者時代にも、パーティーにいたっけな。付与魔術師エンチャンターの女が」

「どんな方だったんですか?」


 ユリィがふと尋ねてきた。


「どんなって……顔は地味なほうだったかなあ。そばかすがあってな、美人ってタイプじゃなかった。ただ、やたら愛想がよくて、気が利くタイプだったから、男には人気があったかな。まあ、俺と知り合った時にはすでに彼氏がいたし、俺も正直、そんなに好みの女でもなかった――」

「い、いやあの、わたしがお尋ねしたいのは、女性としての評価ではなくて、付与魔術師エンチャンターとしてどうだったか、なのですが」

「ああ、普通に凄腕だったぞ。暴マー討伐時の最終パーティーにも入ってたしな」


 そうそう。あいつ、盗賊なりきりプレイでいまいち役に立たなかったティリセと違って、めっちゃ有能だったな。今頃どうしてんのかな。


 と、そんなことを話しているうちに、俺たちは理事長室の前にたどりついたのだった。


 リュクサンドールがその扉をたたき、名乗ると、中から入室の許可を出す声が聞こえてきた。中年の女のもののようだった。俺たちはすぐにその扉から中に入った。


 理事長室はそれなりに広さがあり、高級感のある落ち着いた内装だった。部屋の奥に、高そうな事務机があり、その向こうに椅子に腰かけている女の姿があった。スーツのようなぴったりした紺色のドレスを着ているようだ。年齢は四十歳前後くらいで、ウェーブのかかった長い髪は栗色で、瞳も同じ色だった。やせ型のほっそりした体形で、顔立ちはまあ年相応の普通な感じで、顔にはそばかすがあった……って、あれ? この顔どっかで見たような?


「……へえ、いきなり誰が来たかと思ったら、あんたかい」


 理事長はなぜか妙に俺になれなれしかった。


「あんたがこの学校に入ってきたってことは、そこのリュクサンドールから聞いてるよ。あれから十五年たって、どんな風体に生まれ変わったんだろうって思ってたんだが……相変わらず冴えない顔だねえ」

「じゅ、十五年? 生まれ変わった?」


 この中年女……まさか俺の素性を知っている?


「あんた一体、何者だよ?」

「あ? まだわかんねーのかよ。脳みそにクソでも詰まってんのかよ、勇者アルドレイ。てめーのパーティーで、付与魔術師エンチャンターやってた女がいただろうがよ」

付与魔術師エンチャンターって、お前まさか――エリーか?」

「そうさね。ずいぶん久しぶりだねえ、アル」


 ドノヴォン国立学院理事長、そして、勇者アルドレイの元パーティーメンバーの女、エルトランゼ(通称エリー)は、にんまりと笑った。



(※これ書いてて正直思ったんですけど、卒業制作=トーテムポールって発想自体もう古臭くないかなって、最近の学校はたぶんこんなん作らないんだろうなって。卒業制作=トーテムポールって、明らかに昭和の遺物だよね、とか、そんな思いがよぎったわけなんですけど、実際のところググったらまだしつこく卒業制作にトーテムポール作ってる学校もわずかにあるらしいし、そもそもこの主人公は年齢十五歳ながらも、クッキングパパをしっかり愛読しているわけで、その漫画の中にマコト君が小学校に設置されていた卒業制作のトーテムポールを壊してしまうエピソードがあるので、そのへんの影響で卒業制作=トーテムポールという発想になってしまったのではないでしょうか。たぶんそんな気がするので、このへんのところは特に推敲せず流すことにしました。でも、実際のところ今の学校ではどんな卒業制作作ってるんでしょうねー?)

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