108

 しかし、直後、俺たちの見ている謎の景色は消えた。ぱりんという音とともに。そう、ユリィの手の中の魔占球が砕けた瞬間、俺たちは元の学校の校舎裏の風景に戻されたのだった。


「……つまり、今のがユリィの魔占球を使った時の効果ってことか?」


 と、俺がよくわからんまま、首をかしげると、


「おそらくそうだろう。魔占球を使った時に白い花が出るのは、神聖属性を持つ者のみだ。どうやら、彼女は極めて強い神聖属性の魔力を有しているようだ」


 俺の斜めになった首の上でヤギが言った。なぜこいつはいまだに俺の頭上に居座っているんだ。重いんだが。


「あ、あんた、今何したのよ!」


 三人の一人が、ひどくうろたえた様子で、ユリィに詰め寄った。


「こんな、バカみたいに白い花が出るとか、ありえないでしょ! これじゃ、まるで女帝陛下――」

「やめなさい。もういいでしょう」


 と、何やら血相を変えている女の袖を、ルーシアが引っ張った。ただ、ルーシアも青い顔をして顔をこわばらせているようだが。


「女帝陛下ってなんだよ、レオ?」

「ああ、この聖ドノヴォン帝国は、代々、処女女帝ヴァージン・エンプレスと呼ばれる、女帝が統治する国なのだが、女帝は、その即位にあたって、『ニニアの寵愛』と呼ばれる、強い神聖魔法の力を受け継ぐものなのだ」

「ふーん。チート魔力の女帝様ってことか」


 処女女帝ヴァージン・エンプレスって響きがちょっと気になるが。ヴァージンて。


「じゃあ、女帝様もあの魔占球を使ったら、今みたいに周り一面に白い花が出るのか?」

「さあな。さすがに、陛下はあのような玩具は使わないだろうが」

「そうだな。オモチャだしなあ」


 と、俺が笑った瞬間だった。またしても、三人の女の一人が、ユリィに難癖をつけはじめた。


「あんた! どうせ何か、神聖属性の魔力を高めるマジックアイテムでも隠し持ってるんでしょ! 出しなさいよ!」


 女はそう叫ぶと、いきなりユリィの制服の襟をつかんで揺さぶり始めた。おいおい、なんだか穏やかじゃねえな? 


「わ、わたし、何も持ってません――」

「すっとぼけてんじゃないわよ! 何かインチキしたに決まってるでしょ! いいから出しなさいよ!」


 と、女の一人はいよいよ激昂したようだった。いきなりユリィの顔を平手打ちしやがった。


「きゃあっ!」


 ユリィは悲鳴を上げ、後ろによろめき、しりもちをついた。


「あ、あいつ、何を――」


 俺はさすがに黙って見ちゃいられなかった。俺のユリィに手を出すとは、どういうことだ! あいつは、戦闘力たったの三しかないんだぞ! それを叩くとは、何事だ! 瞬間、怒りで体がかっと熱くなり、頭の上のヤギを投げ捨てると、すぐにユリィのところに駆け寄った。


「てめえら! こいつに難癖付けるのもいい加減にしやがれ!」


 ユリィと三人の女たちの間に立ちふさがり、怒鳴った。


「な、何よ、あんた?」

「男は関係ないでしょ!」

「引っ込んでなさいよ!」


 女たちはしかし、そんな俺にも噛みついてくるのだった。くそ、なんて感じの悪い女どもなんだろう。俺のユリィとは大違いじゃないか!


「いいから、もうこいつに手を出すんじゃねえよ!」


 俺は、女の一人の胸倉をつかんで揺さぶりながら叫んだ。さらに、脅しのつもりで、拳を上げながら。


 しかし、それでも女どもときたら、


「何よ、まさか男のくせに女殴る気?」

「いきなり暴力とか、マジサイテー!」

「キモっ! 死ねばいいのに!」


 なんかめちゃくちゃ毒づいてくるんだが! クソがっ! いいのかよ、俺、本当に殴っちまうぞ!


 いやでもしかし、さすがに編入初日に女を殴るわけにはいかん……。俺はとっさに、この女たちを黙らせる方法が他にないか、周りを見回した。すると、少し離れたところに、子牛ほどの大きさの岩がごろっと置かれているのが目に留まった。


 よし、あれなら――、


「いいか、てめえら、今から俺のやることをよく見てろよ!」


 俺は女の胸倉から手を離すと、すぐにその岩に近づき、拳をめいっぱいぶち当てた。たちまち、岩は粉々に砕けた!


「見たか! 俺ってば、こんなに乱暴者なんだぜ!」


 俺の突然の行動にあっけにとられている女どもに、俺は高らかに宣言した。


「こんな岩を砕けるんだから、お前たちの頭を素手で割ることなんて、余裕なんだぜ! わかったら、今後は絶対にそいつに手を出すんじゃねえぞ! そいつに何かあったら、この俺が許さねえからな!」


 ユリィを指さし、さらに俺は声を出して叫んだ。ふふ、どうよこの圧倒的な脅し! これならさすがに女どもも、ユリィに手を出す気はなくなるはず――と、思いきや、


「あ、あんた、なんてものを壊してるのよ……」

「ありえないんだけど……」

「ちょ、あんた、おかしいんじゃないの?」


 三人の女たちは俺の予想を上回る勢いで青ざめ、いきなり向こうに逃げ出してしまった。あれ? 俺、何かやっちゃいました?


「トモキ、君が頑健であることは知っていたが、まさか素手でそのようなものを壊すとはな」


 と、黒ヤギがそんな俺のところにトコトコ歩いてきた。


「そのようなものって、ただの岩だぞ? そりゃ、素手で壊すのはちょっと力がいるだろうが、別にたいした芸当じゃ――」

「いえ、それはただの岩ではありません」


 今度はルーシアが俺たちのところにやってきた。


「そこに、この岩についての説明が書かれているプレートがあります。よく見てごらんなさい」


 ルーシアは砕けた岩の近くを指さした。なるほど、確かに、それっぽい板きれが転がっていた。なんだろう、近づいて拾ってみると、


『ドノヴォン国立学院三年五組、卒業制作――超強力な強化魔法により、暴虐の黄金竜マーハティカティのウロコより硬くした岩です。これを素手で壊せるのは勇者アルドレイ様ぐらい!』


 と、書かれていた――って、なんじゃこりゃああ!


「トモキ、なぜお前は、そのような岩を素手で壊すことができるのだ?」

「異常な腕力ですね、ありえない……」


 黒ヤギとルーシアは、そんな俺を訝しげに見つめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る