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 ど、どういう状況だよ、これ?


 とたんに、頭の中が真っ白になったようだった。そもそも、ユリィは昼間はあんなに不機嫌だったわけじゃない? それが何でいきなりこんな? ま、まさか何か誘ってるの? 誘惑されているの、俺? いやでも、俺たち二人っきりってわけでもなくて、近くに大女とおっさんが――って、あいつら熟睡してますよね? 俺たちが何をやってもたぶん目覚めないくらいに? つまり、俺たち実質二人きりで、こうやって身を寄せ合って横たわっているわけで、俺の首筋にかかるユリィの吐息は若干熱っぽく……って、なんだこの状況、やっぱ意味わかんねえ! わかんないわよ!


 と、俺が動揺のあまりフリーズしていると、


「……わたし、トモキ様に謝らなくちゃいけないと思って」


 ユリィが小さな声でつぶやくのが聞こえた。


「あ、謝るって何をだよ?」

「昼間のことです。わたし、トモキ様にとてもひどい態度をとってしまいました。トモキ様は何も悪くないのに……」

「いや、あれは――」


 実際、俺、めっちゃ悪いことしでかしてた気がするんだが?


「ごめんなさい。わたし、トモキ様がフィーオさんととても仲良くしているのを見て、すごくイライラして、いやな気持になってしまいました。だから、それであんな、突き放したような態度になってしまって」

「イ、イライラしてたのか、お前……」


 なんで? どうして、そんな気持ちになったんだい? 俺はとたんに質問したくなった。だって、それじゃ、まるでユリィは――俺とフィーオとの関係にやきもちを焼いてるみたいじゃないか! そ、そして、それはつまり、つまり――ユリィは俺のこと好きってことに? お、おう、それって幸せ過ぎる! 俺たち両想いじゃんよ!


 だが、直後、


「本当にごめんなさい。わたし、なんだかお二人に仲間外れにされたみたいな気持ちになってしまって」


 あれ? なんかちょっとコレジャナイ単語が……。


「いや、仲間外れとか、そんなつもりは――」

「わかってます。トモキ様はそんなこと考えるお方じゃないってことは。でも、お二人がとても親密そうにしているのを見ていると、わたしはだんだん、トモキ様達とは一緒にいないほうがいいんじゃないかって思えてきて。だって、お二人には秘密があって、それはわたしには言えないようなことで……」

「あ、あれは本当に、お前が気にするようなことじゃないんだ!」


 俺は思わず声を張り上げてしまった。さすがにこれ以上、何も説明しないのは苦しい気がした。


「秘密って言っても、なんつーかその、反社会的なことでさ、つまり俺とアイツは共犯の間柄――」

「反社会的なこと? もしかして、トモキ様はフィーオさんと一緒に、何か悪いことをしてしまったのですか?」

「そ、そういうことになるかな……」


 俺は冷や汗が出るのを感じながら、うなずいた。ばつが悪くてしょうがなかった。頼む、俺のことを嫌いにならないでくれ、ユリィ!


「悪いことって具体的にはどんなことをしたんですか?」

「ちょっとしたイタズラ、かな……」

「どこかの家の壁に落書きをしたりとか?」

「そ、そうそう! そういう感じ!」


 実際、ノリは近いよな? 近いはずだよな?


「あと、つないである馬やロバをわざと逃がしてしまったりとか?」

「そ、そういうこともやっちゃったかな?」

「いろんな家の扉をコンコンと叩いて、家の中の人が出てくる前に逃げてしまうとかは?」

「あ、そうそう、ピンポンダッシュ! ようするに俺がやったのはそういう感じのことだよ、ユリィ!」


 って、それにしちゃ、懸賞金の額がおかしいわけなんですけどね……。


「まあ、なんて悪いことなんでしょう。まるでイタズラっ子ですね」


 ユリィはとたんに、笑ったようだった。俺の首筋に、再び、そのあたたくて湿っぽい吐息が当たった。


「そんなことをやっちゃったら、恥ずかしくて誰にも言えないですね。秘密にしたくなるのもわかる気がします」

「だ、だろう? 酔った勢いとはいえ、さすがにそれはないよなー」


 本当のことは何一つ言えてないが、ユリィの機嫌が直ったみたいだから、細かいことはいいか? ハハハ……。


「トモキ様は、今は、ご自身の行いをしっかり反省されてるんですよね?」

「あ、当たり前だろう、ユリィ!」

「……じゃあ、もう二度と、こんなことはやっちゃダメですよ」


 と、ユリィはそこで首を伸ばして、俺の耳もとでさらに「約束ですよ?」と、ささやいてきた。その心地よい体温がいっそう近くに感じられて、俺は再びドキドキしてしまった。


「呪いのことが解決したら、一緒にイタズラしちゃった家に謝りに行きましょう」

「そ、そうだな……」


 いや、謝る相手は国だし、すでにもう謝って済む問題じゃなくなってるわけなんだが……。ユリィがやさしいだけに、罪悪感で胸がいっぱいになってしまう。なぜ、本当のことを言えなかった、俺ェッ!


 と、そのとき、俺はにわかに不穏な気配を感じた。


「ユリィ、お前はそこでじっとしていろ、いいな」


 すぐに立ち上がり、周りを見回す――と、暗い原っぱの向こうに、いくつもの赤い目が光っているのが見えた。眼光は鋭く、殺気走っているようだ。数は六体。おそらくはトロルだろうか、五メートルはありそうな巨体のモンスターの群れだ。


「おいおい、あの竜を倒したから、凶悪なモンスターはいなくなったんじゃねえのかよ」


 こんな夜中にまためんどくせえな。俺は舌打ちせずにはいられなかった。

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