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 やがて、日も暮れ、俺たち一行は少し開けた原っぱの真ん中で野宿することになった。


 食料はあらかじめ用意していたが、フィーオが弓でさらにウサギを狩ってくれたので、それもさばいて食べた。アホな性格の女だが、弓の腕はかなり確かなようだった。だてに冒険者稼業やってたわけじゃなかったってか。まあ、俺だってそれぐらいは余裕でできたけどなー。


 ユリィはやはり俺とはあまり目を合わせようとはしなかった。フィーオは相変わらず能天気で、おっさんは相変わらずゴミ魔剣を持ったままで、結局各自、そのまま就寝した。月の明るい夜だった。


 いろいろ悩ましいことはあったが、昨夜あまり寝ていなかったこともあり、俺はすぐに眠ってしまった。そして、夢を見た。


 夢の中で俺は白いタキシードを着て、ウキウキで階段を上がっていた。その先にはウェディングドレスを着たユリィが立っていて、俺のほうに手を伸ばしていた。とても幸せそうに微笑んで。俺はすぐにそちらに駆け上がり、その細い手を取る――と、その直前、ユリィはふと後ろに下がった。そして、突然、俺の立っていた場所の階段はなくなり、俺は真っ逆さまに下に落ちてしまった!


「うわあああっ!」


 真っ暗な中を落ちながら、俺は懸命に上に手を伸ばし、絶叫した。返事はなかった。俺の手もむなしく空をつかむだけだった。ど、どうして、こんなことに? 俺はただ、あいつと幸せになりたかっただけなのに! それがどうしてこんな――、


「ユ、ユリィ!」


 と、思わず叫んだ瞬間だった。俺の手を誰かが握った。やわらかくて、とてもあたたかい感触だった。


 そして、直後――俺は夢から覚めた。


「……トモキ様、大丈夫ですか?」


 目を開けると、すぐ目の前にはユリィの顔があった。まだ夜は明けてないようで辺りは真っ暗だったが、近くでうっすらと燃えている焚火の光が、そのよく整った顔をぼんやりと照らしていた。また、その両手は、俺の冷たく汗ばんだ右手をぎゅっと握っているようだった。


「……なんだ、夢か」


 俺はほっとした。我ながらベタすぎだが、本当にイヤな夢を見ちまったもんだぜ。


「何か、うなされていたようですけど、いったいどんな夢を見ていたんですか?」

「え、それはそのう……」


 正直に言えるはずはない。


「わたしの名前を呼んでいたようですけど――」

「ああ、そうそう! ちょうど夢の中で、お前が、お魚くわえたドラ猫追いかけ、はだしで出かけて、財布も忘れちまってたからな。俺があわてて呼び止めてたわけだよ」

「まあ、変な夢ですね」


 ユリィは、とっさに思い付いた俺のデタラメな説明に、おかしそうに笑った。


「ま、まあ、夢だしな。変な内容でもしょうがないよな……」


 そんな笑顔を見ると、俺もつられて笑ってしまった。よかった、現実のユリィは夢と違ってこんなに俺の近くにいる……。


 と、しかしそこで、俺はふと疑問に思った。ユリィってば、眠気には超弱い体質で、夜は決まって熟睡しているのに、なんで今夜に限ってこんな時間に起きてるんだろう?


「お前のほうこそ、何か悪い夢でも見て、こんな時間に目が覚めたのか?」


 今度は俺のほうから尋ねた。俺たちから少し離れたところでは、竜人族ドラゴニュートの大女と、魔剣を抱えたおっさんが、すやすやと寝息を立てていた。


「悪い夢というわけではないのですが、なんだか落ち着かなくて」

「落ち着かない?」

「なんだか……誰かに見られているような気がしたんです」


 ユリィはふと周りを見回した。俺もなんとなくその視線の先を追ったが、ただ暗い原っぱが広がっているだけで、特に何の気配も感じられなかった。


「あの竜が死んで、モンスターはもういなくなったんだし、動物か何かだろ」


 俺はあくびをしながら、俺の右手を不安そうに握っているユリィの両手を握り返した。


 ただ、そこでユリィは、


「いえ、トモキ様、あの竜が倒されたからといって、この世界にいるモンスターがいきなり消えたわけではありませんよ」


 と、俺に教えてくれた。なんでも、あの竜が俺に倒されたことによって、この世界の生態系に悪い影響を与えていた「混沌と滅びの浸食」という闇の力が絶たれたのだという。そして、そのせいで、これまで我が物顔で跳梁跋扈していたモンスターたちは攻撃性や生命力を一気に失い、ただの無害な生物として、これからは衰退化していく定めなのだという。なるほど。あの暴マーが消えたから、ぷよぷよの連鎖みたいに、一緒にザコ魔物連中も消えたってわけでもなかったんだな。十五年前は暴マーを倒した直後にすぐバッドエンドしてしまったので、そういうシステムで世界が平和になったのは、まったく知らんかった俺だった。


「また、モンスターの中には、初めからあの竜の力の影響を受けていない種族もいます。彼らは今もそのままです。それに、力を失っても、ある程度は人と共存してやってける種族もいるのではないでしょうか」

「なるほどなあ」


 そういや、この世界ではヘリ感覚で利用されている飛竜も、確か、暴マーの悪い影響を受けてない系のモンスターだっけ。だから、今も昔も、人と共存してやっていけてるっていう……。アルドレイ時代の記憶は実にあいまいだったし、いまさらながら勉強になるぜ。


「まあ、とにかく、そういう世界情勢なら、やっぱ何も心配いらんだろ。こういうところで野宿していても、モンスターに襲われることはもうないんだから。お前も早く寝ろよ」


 ユリィの両手を再び握り返し、そして、そこから手を放して、俺は横になった。あんな夢から覚めた直後に、ユリィの顔を見られてほっとしたが、やはり今はまだ眠かった。


 しかし、そこで、ユリィはいきなり俺のすぐ隣に寝転がってきた!


「ユ、ユリィ?」

「…………」


 ユリィは何も言わず、横たわったまま俺の二の腕にしがみついてきた。そこにやわらかい二つのふくらみが当たるのが感じられた……。

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