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「ふうん、
でかいわけだ。体も――乳も! そう、そのフィーオという大女は、実にたわわな乳をしていた。これがついさっき俺の肩にあたっていたブツか。なるほどなるほど。
さらによく見ると、二の腕の内側などの皮膚にウロコのような光沢も見えた。
「ねー、ねー、君も冒険者でしょ? アタイたちと同じ、仕事なくなっちゃって困ってる系でしょ?」
フィーオはでかい図体に似合わない無邪気な笑顔で、俺に尋ねてきた。
「ま、まあ、そういうようなモンかな……」
冒険者っていうか、勇者だったんですけどね。無職になったのには違いないか。
「わー、だったらアタイら、もう仲間じゃん! マジ友じゃん!」
と、フィーオは今度は正面から俺に抱きついてきた。力いっぱい! うお、なんだこの女! 女に似合わない腕力のくせに、人懐っこいにもほどがあるぞ。ハスキー犬かよ。
「フィーオ、やめなよ。また初対面の人の肋骨折る気?」
と、円卓に腰かけていた冒険者の女があわてたように立ち上がり、俺からフィーオをひっぺがした。なんかめっちゃ不穏なこと言いながら。
「あんた、大丈夫だった? どこも折れてない?」
フィーオの仲間らしいその女はずいぶんまともそうで、俺を心配そうに見つめる。
「ああ、大丈夫だ……」
まあ、今はただの無職だとはいえ、一応はカンスト勇者様だからな。この程度でアバラが折れるわけはないのだ。しかし、いきなり初対面の相手に怪力ハグ攻撃とか、この大女、狂暴にもほどがある。スペランカー先生なら今ので余裕で死んでたぞ。
「ねー、覆面クンは一人で冒険者やってるの? ぼっちパーティーなの?」
フィーオはまた無邪気に尋ねてくる。人によってはわりとデリケートな質問だと思うが直球だ。この女、もしや本能だけで生きてるのか。
「ああ、仲間が一人いるかな。今は宿屋にいるけど」
「えー、なんでー? なんで一緒じゃないの? 今日はいっぱい飲んで食べて、いっぱい楽しくする日だよ? 一緒にいなきゃダメじゃん!」
「いや、あいつちょっと具合悪くて」
とりあえず適当に嘘をつくしかない俺だった。うーん、この女、うぜえ。
「そーなんだ? 病気? 死んじゃう系?」
「う、うん、ヘタしたら……」
俺がな! ヘタしたら俺が呪いで死んじゃう系でな!
「そっか、君も若そうなのに大変だねえ……」
「俺たち冒険者は、もう仕事なくなっちまったのになあ」
と、今度はフィーオの仲間たちに同情されてしまった。そして、彼らは再び暗い顔になってため息をつき、「俺たち、こうなったらベルガド行くしかないのかなあ」と、つぶやいた。ベルガドってなんだっけ? アルドレイ時代にうっすら聞いたような単語だ。確か、冒険者として生活に困ったら行け的な場所だったかな。ハロワみたいな?
と、そのとき、一人の男が店に飛び込んできた。
「おーい、お前ら。ビッグニュースだぞ!」
男はちょうど俺が相手をしている冒険者たちの仲間らしかった。そう言いながら、迷わずこっちに近づいてきた。
そして、
「ほら、これ見ろよ!」
円卓のほうに来るや否や、懐から一枚の羊皮紙を出して、仲間たちにその書面を見せた。
見るとそれは――傭兵募集のご案内?
「近いうちにここらで戦争が始まるんだ! 俺たち、これに参加すれば、当分は報酬で食いつなげるぞ!」
「おおっ!」
「やった、新しい仕事だ!」
とたんに、暗かった冒険者たちの顔がぱっと明るくなった。
しかし俺は、実に納得のいかない気持ちだった。だって、ついさっきまで、こいつらは俺と同じ不幸ゾーンに入ってたわけでしょ? それなのに新しい仕事って何? なんで急にお前ら幸せになってんの? 俺はバッドエンド呪いで不幸なままなのにさ!
「せ、戦争ってどういうことだ? 詳しく話を聞かせてもらおうか……」
こみあげてくる怒りをおさえながら、俺は傭兵募集の紙を持ってきた男に尋ねた。
「ああ、俺たちが今いるロザンヌ公国と隣の聖ドノヴォン帝国との間では、昔から国境付近にある鉱山の使用権でモメてたそうなんだが、今度、ついに武力衝突することになったらしいんだ」
「武力衝突? これから、鉱山の使用権をめぐってドンパチやるってことか?」
「まあ、そういうことだな。鉱山のこと以外にも、両国は何かにつけ昔から仲が悪かったからな。すでに両国の先陣部隊は出兵していて、明日にでも衝突する見込みだそうだよ。この傭兵募集は続く援軍部隊の増強のためのものなのさ」
「も、もう戦争が始まる寸前だとう……!」
つまり、これから、ここにいるような元冒険者たちは、傭兵としていくらでも仕事にありつけるってことか? 無職で不幸のどん底のままじゃないってことか? クソが!
「おかしいだろう! 勇者様が暴マーを討伐して魔物の脅威は去り、世界は平和になったはずなのに、どうして、いまだに人間同士で争いあってるんだ!」
俺は円卓にドンッと拳を振り下ろしながら、叫ばずにはいられなかった。
「戦争は、争いは何も生みださない! そんなの絶対やめるべきなんだ!」
「い、いや、そんなこと俺たちに言われても――」
「黙れっ!」
ドンッ! 黙れドンッ! 拳でさらに円卓を叩く俺ェッ!
「いったい今、その二つの国の軍隊はどこに集まってるんだ?」
「え」
「いいから教えろ!」
俺は募集の紙を持ってきた男の胸倉をつかんで揺さぶった。
「ば、場所なら、確かこのあたり……」
男は懐から地図を出し、俺たちのいる街のすぐ北にある平原を指さした。そのすぐ北には聖ドノヴォン帝国との国境があるようだ。なるほど、この平原がこれから戦場になるのか。
「わかった。俺、今からここに行ってくる!」
「行くって、なにしに?」
「戦争を止めるために決まってるだろ!」
ドンッ! 再び拳で円卓を叩いた。そして、近くに置いてあった蜂蜜酒を一気にのどに流し込み、そのまま酒場を飛び出した。そうだ、戦争なんてもってのほかだ。そんなものはなんとしても止めなくちゃいけない。再就職が決まって浮かれているあいつらの笑顔を曇らせるために! 世界を救った俺が不幸なのに、あいつらだけ幸せになっていいはずがないんだ!
「あー、覆面クン、待って! アタイも一緒に行くー!」
と、背後から、そんな声が聞こえてきたわけだったが……。
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