76
そのまま俺はしばらく、内なる衝動に駆られるがまま街の中を疾走し続けた。ちゃんとニンジャ頭巾スタイルで。全力疾走しながらだと吐息がこもって蒸れ蒸れだったが、すでに面が割れてるからしょうがないのであった。真夏にマスクしているような気分だぜ。
やがて、気持ちが落ち着いてきて、のども乾いてきたので、俺は走るのをやめ、近くの適当な酒場に入った。
すると、そこはなぜかめちゃくちゃ客が入ってにぎわっていた。何だか知らないが、客たちは一様に、陽気に飲んで騒いでいるのだ。まだ昼間だってのに。
「なんかのパーティー会場か?」
と、俺が小首をかしげたところで、客たちの会話が聞こえてきた。
「暴マーを討伐し、世界を救ってくれた勇者様にかんぱーい!」
「かんぱーい!」
「勇者様サイコー!」
「暴マーざまぁ!」
なんとまあ、あの竜が俺に倒されたことを全力でお祝いしているらしい。つか、あの竜の呼び名、暴マーでいいのか。長いから次からそう呼ぶか。
まあ、確かに、あれが死んで世界は平和になったんだから、今日くらいは人々がお祭り騒ぎで浮かれるのも無理はないか……。俺はとりあえず、騒いでいる客たちの視界に入らないように気を付けながら、店のカウンター席の一番すみっこに一人で座った。俺の隣にはむさくるしいおっさんが座っていた。
「おう、兄ちゃん! そんなの被ってちゃ、飲めねえだろ!」
と、もうすっかり泥酔してるらしいおっさんが、俺が着席すると同時に、頭に巻いているスカーフを取ろうと迫ってきた! おおっと、危ない! まあしかし、カンスト勇者様はそんな酔っ払いの手をはねのけることなど余裕なのであった。
「あぁん? なんで取らねえんだよ、それ?」
泥酔おっさんは、とろんとした半開きの目で俺をにらんでくる。
「こ、これはそのう、新型の感染症の対策――」
「ああ、わかったぞ! ハゲてんだな、アンタ!」
「え」
「悪かったな! その若さでハゲは辛いだろう!」
「ち、ちが――」
「そーだよな、つれーよな! 勇者様が世界を救ってくださっても、毛根は復活しねーからな! 俺も最近、下半身のほうがアレでなあ」
「だから、違うって言ってるだろ!」
つか、なぜ俺は唐突に知らないおっさんに下半身事情を教えられているのか。
「いいから、飲めよ! 今日くらいは薄くなった髪のことは忘れて飲め!」
どんっ! おっさんは今度は唐突に俺の前にジョッキを置いた。そこには、黄金色のエールがなみなみと注がれている。
「いや、俺は酒は――」
まだ未成年だし……と、一瞬思ったが、よく考えたらここは日本じゃないのだから、そんな法律などないことに気づいた。アルドレイ時代はそんなの気にせず、十代から普通に酒飲んでたしな。(なお、俺がこの世界に呼び戻されてからちょくちょく飲んでるシードルは、アルコールはほとんど含まれていない、飲料水代わりに飲まれているただのソフトドリンクだった)
「じゃあ、まあ、お言葉に甘えて……」
断るほうがめんどくさそうだし。ハゲハゲうるさいが、悪いおっさんでもなさそうだし。俺は口元のスカーフをずらして、その黄金色の液体をぐいっとあおった。うむ、アルドレイ時代に飲んだものと、同じ味がする……というか、同じのどごし? そう、これは味わうものじゃない、のど越しを楽しむ液体なのさ、フフフ……。
「お、兄ちゃん、なかなかいい飲みっぷりだな!」
「いやあ、それほどでも――って、あれ?」
なんか、急に頭がふらふらする? あれれ?
「はっは。あんた酒弱いんだな、エール一杯でもう酔っちまったか!」
「え、いや、こんなに弱いはずは……」
アルドレイ時代はエール一杯でここまで酔いが回ることなかったんだけど? 俺、転生して、急に酒弱くなっちまったのか? 日本人だからか? アジア人だからか? なんか人種的に、白人や黒人に比べて酒に弱いって聞いたことがあるし?
「クソッ、転生したからって、バッドステータス耐性全部引き継いでるわけじゃねえのかよ」
「テンセー? 兄ちゃん、なんだそりゃ?」
「ウェブ小説でブクマ百は固い設定かな」
「ブクマ?」
「ああでも、更新頻度が週二とかクソザコだとダメだ……。伸びないままエタるか、雑な打ち切り展開でバッドエンドる」
そうそう、バッドエンド! 思い出した! なんて忌まわしい響き!
「……おっさん、あんた今、幸せか?」
「おうよ! なんたって、勇者様が世界を救ってくださったんだからな! 明日からもう魔物におびえて暮らさずにすむんだ! 今日はなんていい日だろう!」
「だろうな……」
見ると、おっさんだけではなく、この店にいる連中のほとんどが幸せそうな顔をしてはしゃいでいる。さしずめ今日は、勇者様が世界を救った記念日か。その肝心の勇者様の不幸すぎる運命なんて誰も知らないんだろうな……クソが!
俺はイライラが止まらなくなり、さらにエールを注文して飲んだ。世界を救ってみんなを幸せにしたはずなのに、なんで俺だけ不幸なの? 理不尽過ぎない? 意味わからないよね? 俺、別に、みんなが救われれば自分はどうなってもいいとか、そんな崇高な自己犠牲スピリッツ持ってないからね? むしろ、自分だけ幸せになりたい寄りの人間だからね? 前世で、レベルカンストするまで勇者プレイやりこんでいたのも、別に世界を救いたいとか考えてたからじゃなくて、単に極まった強さの向こうに黄金のモテ期があると信じてたからだしね? まあ、そんなの全然なかったわけだけどね! ただ呪われ体質になっちゃっただけったけどね! くそ、本当に考えるほどにむかむかする! 酒!飲まずにはいられないッ! ぐびぐび、ぷはー。
しかし、そんなやさぐれ酔いどれモードの俺の耳に、にわかにこんな会話が飛び込んできた。
「なあ、世界が平和になったのはいいけど、俺たちこれからどうやって稼げばいいんだろう?」
「モンスター退治の仕事はもうないよな?」
「冒険者家業は廃業か……はあ」
俺ははっとして、その声がしたほうに振り返った。するとそこには、冒険者と思しき男女数人が円卓を囲んで座っていたが、いずれも暗い顔をしていた……そう、とっても不幸そうな顔! そうか、こいつら、俺があの竜を倒したせいで、仕事がなくなって困ってるんだな。俺は途端に気持ちが晴れやかになった。やった、俺以外にも不幸な人間いたよ! 俺のせいで不幸になってる人間いたよ! わあい!
「やあ、君たち! 今日は世界が平和になった記念日なのに、実に浮かない顔だね?」
俺はすぐにそいつらのところに近づき、声をかけた。
「偉大なる勇者様が世界を救って下さったんだからあ、全力で感謝しないとダメじゃないか? ん? ん?」
「それはそうなんだけど……」
「俺たち、仕事なくなっちゃって」
と、ますます落ち込む冒険者たち。うっふっふ。こいつらもう、ただの無職か。ざまあないな! 俺はますます楽しい気持ちになった。
と、そこで、
「ねー、君ぃー、その頭の布キレ、ジャマじゃないのー?」
という声とともに、何者かが後ろから抱きついてきた!
「わっ!」
泥酔しきっていた俺は、その不意打ちをまともに食らってしまった。抱きついてきたのは、俺より、一回りは大きな体をした人物のようだった。ただ、その肌はやわらかく、すべすべしていて、肩のあたりには豊かな二つのふくらみが当たっているのが感じられた。これは……女?
「なんか、君ってば、なんかすごく強そうなニオイがするね? 君も冒険者?」
その大柄な女はすぐに俺の正面に回り込んできた。見ると、よく日焼けした小麦色の肌をしており、髪は短く茶色だった。背が高いだけではなく、女ながらに筋肉もしっかりありそうで、引き締まった良い体をしており、その体のラインがよくわかるような、ボディコンっぽい皮のワンピースを着ていた。顔立ちはどちらかというとセクシー系で、堀が深く、目鼻立ちがはっきりしている感じだったが、その瞳は金色で、瞳孔は縦長だった。さらに、額の中央にはツノと思しき突起があった。
「お、お前こそ、なんなんだよ?」
「あっは、アタイはフィーオ。
と、大女、フィーオはウィンクしながら体をくねらせた。瞬間、そのワンピースの尻の後ろで長い尻尾が揺れるのが見えた。
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