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 俺が入った郵便屋は、現代日本の郵便局とネットカフェを足して二で割ったようなところだった。そう、郵便局っぽい窓口はしっかりあるのだが、その反対側には、魔法による遠隔通信が利用できる個別のブースが並んでいるのだ。魔法を使えば遠くの場所と気軽に情報がやりとりできる、この世界ならではの施設といえるだろう。まあ、さすがに、こういうブースでゲームやったり、漫画読んだりはできないが。あくまで通信だけの施設だ。


 俺は中に入ると、三十分二千ゴンス、ドリンク飲み放題のコースを選んでブースの一つに座った。二千ゴンスは日本円で千円くらいだ。日本のネットカフェよりは割高なのであった。アニメも見れないくせにな。


 しかし、今はかつての故郷を思い出している場合ではない。俺のこの世界での将来がかかっているのだ。カウンターでゲットしたドリンク、はちみつ入り甘々微炭酸シードルを口に流し込みながら、すぐに通信用の魔道端末にあの変態女のアドレスを入力した。使い勝手はほぼ地球のパソコンと同じだった。操作覚えるの、楽でいいな、おい!


 変態女との通信はあっさりつながった。


『あら、勇者様、突然どうしたの?』


 よりによって入浴中らしかった。いきなりモニターいっぱいに、その浴槽に浸かったなまめかしい裸体が映し出された。相変わらずムチムチボディのいいカラダをしていやがる……が、この女の裸は見慣れているのでわりとどうでもよかった。わ、わりとな!


「実はだな……」


 かくかくしかじか。俺はすぐに事情を説明した。


 すると――、


『え、ウソッ! そんな呪いあったの!』


 変態露出狂女、サキは、意外にも俺の話に普通に驚いているようだった。人を食ったようなところのある女だけに、もっとこう違うリアクションを予想したのだが。この女にとっても、まったく想定外の話だったのか、コレ?


「まあ、俺としても、信じたくない話なんだが……」

『そうよねえ。そんな呪いがあるんじゃ、おいそれとユリィと結婚なんてできないわよねえ』

「け、結婚?」

『あら? あの竜はもう倒したことだし、今はそういうつもりで二人で旅をしているんでしょう? 婚前旅行的な――』

「ち、ちげーよ、バカ!」


 なんでこの女は、何かにつけて俺とユリィをくっつけたがるのか。そりゃ、最近はちょっといい雰囲気だけどさ。あくまで雰囲気だけだぞ。別に何も起こってないぞ、俺たちは!


「俺は、あいつと約束したことがあるんだよ。だから、それまで一緒にいるってだけだ。それだけだ!」

『ふうん? じゃあ、お互いに愛を誓い合った関係じゃないのね……まだ』

「い、いや、まだもクソもない――」

『うふふ、照れちゃって。勇者様ってば、かわいいんだから』


 サキは艶っぽく笑うと、浴槽の中で前かがみになり、こちらのほうに顔を近づけてきた。はずみでその豊かな乳房が、湯船の中でぷるぷる震えた。あ、相変わらず立派なものをお持ちで……。思わず目がそっちに行ってしまう――が、今はこんな変態の乳を見ている場合じゃあない!


「いいから、あんたの力で、なんとかしてくれよ! もとはといえば、あんたのせいでこっちの世界に呼び戻されたのが原因なんだからな!」


 そうそう。今期アニメ豊作だったのに。いたネコ2期の最終回も見てないってのに。


『じゃあ、まずは魔剣クンの言う呪いが本当にかかっているのか、確認してみましょ』


 と、サキはそこで俺のほうに片手をかざした。たちまち、俺の目の前のモニターに魔法陣のような模様が現れた。


『私が開発した呪い診断アプリよ。ここに手のひらをかざしてみて』

「お、おう……」


 なんだろう。高度に発達した魔法は科学と見分けがつかない、みたいなもんか、これ? とりあえず、言われた通り、目の前に現れた魔法陣の模様に手のひらを近づけてみた。


 すると――とたんに、魔法陣は赤く光って点滅し始めた。サイレンのような音を出しながら。


『まあ、大変! 勇者様、本当に何かの呪いにかかってるわよ!』

「え」


 マジか。あのゴミ魔剣の言うこと、全部本当だったのか!


「ど、どうしたらいいんだよ、これ?」

『落ち着いて、勇者様。このアプリだと呪いの内容まではわからないのよ。わかるのは、呪われてるかどうかと、その深刻具合だけね。色でわかるのよ』

「色? 今赤く光ったんだが……?」

『赤は、これ以上ないくらいの危険な呪いってことね。さすが勇者様だわ』

「いや、ここでさす勇いらないから!」


 ってか、いまさら勇者で持ち上げられても困る。次から、さすトモキで頼む。


「とにかく、俺にやばい呪いがかかってるのは間違いないんだな? じゃあ、どこか、それを祓えるようなところ教えろ――」

『難しいわねえ。ディヴァインクラスの置き土産の呪いなのよ。そう簡単には解けないんじゃないかしら。私も、今アプリで測定したステータスを見る限り、完全にお手上げだわ』

「そ、そこをなんとか!」


 俺の将来がかかってるんだから!


『まあ、とりあえず、私のほうでも色々調べてみるわ。何かあったらこっちから連絡するから、それまでは呪いが発動しないように気を付けて生きてね、勇者様』

「呪いが発動しないようにって?」

『幸せになっちゃダメってことよ。死んでもいいと思えるほどの、ね』

「お、おう……」


 ひとまず、うなずくしかない俺だった。

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