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 その後、俺はすぐに、近くにあったマジックアイテムショップに入った。とりあえず、ネムの話はいったん忘れて、懐にあるレジェンド・コアを換金しようと思ったのだ。そもそも、そのために宿を出たわけだしな。


 だが、


「なんだこのレジェンド・コアは!」


 カウンターごしに俺が渡したブツを見るなり、買取担当の店員はぎょっとしたようだった。


「君、これ、どこで手に入れたの! この魔力の凝縮具合、どう見ても、ただのレジェンドのものじゃないだろう? ロイヤル……いや、まさかそれ以上?」

「そ、それはそのう――」


 やべえ。なんかめっちゃめんどくさい空気だコレ。さすがにディヴァインのレジェンド・コアは貴重品すぎたか。見ると、俺のいる買取専門カウンターのところに、店の奥の工房から次々と店員が集まってきている。みな、何事かという顔して。


「君、これもしかしてディヴァインのレジェンド・コア?」

「そ、そそそんなわけないじゃあないですか! ちょっとレベルの高いロイヤルだったはずですよ!」

「いや、ロイヤルでもこの輝きは――」

「あるよ、あるある! 最近のロイヤル超輝いてるから!」

「んー、ないかなー」


 店員はさすがにプロだった。改めて鑑定用のルーペでマジマジとレジェンド・コアを見ながら、首を振った。ちくしょう、そこは空気を読んでよ。俺はただ、それを換金したいだけなんだよ。このさい、ロイヤル価格でもいいからさあ。


「しかし、これがディヴァインのものだとすると、いったいどこから出てきたものなんだ? ディヴァインクラスのモンスターなんて、この世に数体しかいないはず……」

「でしょ? そんな貴重すぎるお宝がこんなところにあるはずはない! つまり、これはやっぱりただのロイヤル――」


 と、俺が言ったところで、


「おい、お前ら見たか、広場のお触れの立て札!」


 と、言いながら、一人の男が入ってきた。


「なんでも、あの勇者アルドレイ様がついに暴虐の黄金竜マーハティカティを倒したそうだよ!」

「マジか!」

「おおお、すげええ!」

「さすが勇者様だあ!」


 とたんに、わきたつ店内。店員も客どもも歓喜の声を上げている――俺以外は。


 あ、あれ? なんか情報はやくない? 俺、あの竜倒したの、つい数日前なんですけど! まだどこにも報告してないはずなんですけど!


「これで世界は平和になったわけだが、職人としてはやはり気になるところではあるな。暴虐の黄金竜マーハティカティのレジェンド・コアの行方が」

「そうですね。職人なら一度でいいから触ってみたいですね、ディヴァインクラスのレジェンド・コア!」

「まあ、そんなものめったにあるはずがな――って、あったよ、ここに!」


 と、そこで店員たちはいっせいに俺のほうを見た。


「君、それもしかして、暴虐の黄金竜マーハティカティのレジェンド・コア――」

「ち、ちが! 違いますよ!」


 俺はあわてて首を振るが、店員たちはみんな、訝しげな顔だ……。


「そういえば、やつのすみかは、ここからそう遠くない場所にあったな?」

「そうだな。この街は、その討伐を終えて帰り道に立ち寄るにはちょうどいい場所にある」

「彼の顔にも、なんとなく見覚えがあるような――」

「そうだ! レイナート王国の王都に突如として現れたという勇者アルドレイ様の生まれ変わりの少年! それが確か、こんなような顔だった気が――」

「ち、違うって言ってるだろうがよ!」


 ものすごい勢いで俺の身元を特定し始めている店員たちに、俺は叫ばずにはいられなかった。


 そして、


「と、とにかく、俺は勇者アルなんちゃらさんとは無関係なんだからな!」


 と、ヤケクソのように怒鳴ると、マーなんとかのレジェンド・コアを店員の手から取り返し、その店を飛び出した。


「やべえな。まさかこんなところまで俺の顔が知られてるとは……」


 店を出た後はすぐに近くの露店でスカーフを買い、それでニンジャのように顔を隠したが、それでも落ち着かない気持ちだった。すでにあのクソ国、レイナート王国は出た後だったので、ここいらでは転生後の今の俺の顔は知られていないと思っていたのだ。しかし、にもかかわらず、あの店の店員の一人は今の俺の顔を知っていやがった様子だった。チクショウ、あの動画、レイナート国外にも拡散されてたのかよ。ファンタジー世界のくせに、なんでそこだけインターネットが普及しきった地球並みの情報伝達力なんだよ!


 その後、ニンジャ頭巾スタイルのまま街の中心のお触れの立て札のところにまで行ってみたが、やはりあの男の言う通り、マーなんとかという竜が俺に討伐されたことはそこでしっかり告知されていた。それなりに人だかりもできていた。立て札の文章を見ると、情報の発信源はレーナの魔術師ギルドだった。おそらくは、何らかの魔法で、あの竜の動向をリアルタイムで監視していたんだろう。そうとしか考えられん情報のはやさだ。


「クソ! あいつら、相変わらず人のこと勝手に触れ回りやがって……」


 さすがに文句の一つも言いたくなる。もとはといえば、あいつらのせいで俺は勇者様勇者様と多くの人に呼ばれるハメになったわけで、そのせいで呪いの発動条件満たしちまったんだしな。それに、あの鎖の変態術師の女! あいつが俺をこの世界に呼び戻しやがったのが、すべての元凶じゃねえか。そのせいで、俺はこんな呪われ体質なカラダに……。


 と、そこで、俺はふと思い出した。そういえば、ユリィは言っていたな。自分のお師匠様は、とってもビッグでグレートフルな魔法使いだと。実際、レーナの元魔術師ギルド長だったわけで、それなりに凄腕なのは間違いないだろう。


 つまり、ということはだな……、


「あの変態女、呪いを解く方法とかに詳しかったりするのかな?」


 うーん? 恨めしい気持ちはめっちゃあるが、ここはいったん冷静になってあの女に相談してみるのもありか? ネムの話だけをうのみにするのも、釈然としないしな。


 俺はさっそく、最寄りの適当な郵便屋に入った。もちろん、魔道メールを取り扱っているところだ。レーナを出る前に、一応、あの変態女の連絡先は聞いていた俺だった。

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