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「な、なんで……」
ユリィは案の定、俺のしでかしたことにとても驚いているようだった。まあ、そうだろう。今までの俺からは到底考えられない行動だからな。
「なんでって、簡単な話だ。これはもう俺にはいらないものだからな。だから、壊した」
「いらない? どうして? これがないと、智樹様は元の世界に帰れないのでは――」
「だから! もう帰るつもりがなくなったってことだよ!」
俺は思わず大きな声で叫んだ。すると、ユリィはますますきょとんとしたようだった。「もう帰るつもりがなくなった?」と、俺の言葉を反芻しながら、首をかしげた。
「それはつまり、智樹様はずっとこの世界にとどまるおつもりだと……」
「ああ、そうだよ。そう決めたんだよ」
今な。ついさっきな。
「ど、どうして急にそんなお気持ちに? ついこの間までは、あれほど帰りたいとおっしゃって……あ、もしかして」
と、ユリィはそこで何かひらめいたようだった。
「わかりましたよ。智樹様はついに、あの竜を倒すおつもりになったんですね!」
「いや、それは別に」
ユリィの自信たっぷりの物言いに、俺は少し苦笑いしつつ、首を横に振った。
「え、違うんですか? じゃあ……かつての智樹様がなぜ殺されてしまったのかの謎を解き明かすおつもりで……」
「それもないから」
さすがにもうどうでもいいことだしな。昔すぎるし。
「じゃあ、どうして急にお気持ちが変わったんですか?」
「それは、その……別にいいだろ」
ユリィの黒い澄んだ瞳は俺をじっと見つめていて、照れくさくなってきて、適当にごまかすしかできない俺だった。
「は、話はそれだけだ! お前も、早く自分の部屋にもどれよ! ここは俺のベッドなんだからな!」
俺は早口でまくしたてると、ユリィの手からシーツを強引に奪い取った。忙しい朝に息子を起こすお母さんのような勢いで。
「はあ……」
ユリィはなんだか腑に落ちないような顔をしていたが、俺の勢いに押されるようにベッドから出た。そして、すたすたとドアのほうに歩いていった。
「じゃあ、わたしはこれで……おやすみなさい」
「お、おう!」
とりあえず、素早くベッドにもぐりこみ、すぐに寝るふりをしながら答えた。実際にはこれっぽっちも眠くなかったが。
ユリィはそんな俺を見て、そのまま部屋を出て行った。俺は内心ほっとしたような、それでいて、ちゃんと本当のことを言えばよかったような、もやもやした気持ちだった。しかし、球を壊したことへの後悔は少しも感じなかった。
だが、そこで、ユリィはまた戻ってきたようだった。いきなり外から部屋をノックしてきやがった。
「な、ななななんだよ!」
俺は動揺のあまり、ものすごーくどもってしまった。不意打ちすぎるぞ、このUターン。
「あの……さっきの話なんですけど、智樹様が元の世界に帰る気がなくなったのは、もしかして、わたしのためですか?」
「え――」
扉越しのその声に、俺は思わずフリーズしてしまった。図星すぎるぞ!
「い、いや、それはっ! つ、まり、だな……」
おろおろ。言葉がうまく出てこない。
「いいんです。本当のことはおっしゃらないでも。わたしはただ、そうだったらいいなって思っただけですから」
「え? え?」
それはつまりどういう意味なの? 心臓どきどきなんですけど!
「わたし、智樹様がこの世界にずっといるつもりだっておっしゃってくれて、すごくうれしかったです」
「そ、そうか? ははは」
顔がひたすら熱くなってきて、もはやわざとらしく笑うしかできなかった。
「それで、その……できればわたしはこれからも、智樹様とご一緒したいのですが……」
「そ、それはもちろん、かまわないぜ!」
光の速さで即答した。ユリィと別れるとか、何のために球を壊したのかわからんし!
「そうですか! ありがとうございます!」
ユリィの声はとてもうれしそうに聞こえた。そんなに喜んでもらえるとは。俺も心底うれしくなった。やっぱり球を壊してよかったと思った。
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