68

 それから翌日、俺たちは王宮に向かった。早朝、王宮から屋敷に使者がやってきて、呼び出しを食らったのだ。なんでも、武芸大会のあれやこれやで、王様が俺を表彰したいらしい。ついでに、爵位とか、金銀財宝とかご褒美もくれるらしい。表彰にもご褒美にも何の興味もわかなかったが、俺なりにこの国の王族たちには色々言いたいことはあったので、王様に会いに行くことにした。俺の同行者は、ユリィ、サキ、ザドリー、マオシュ、ジオルゥ、ジオルゥ父だった。(ティリセは結局屋敷に帰ってこなかった)


「おお、勇者アルドレイよ。よくぞまいった」


 小太りの王様は俺が謁見の間に入るや否や、ニッコニコの満面の笑顔でこう言った。そのそばには近衛兵たちのほかに、スフィアーダ姫(痩せ)と、偉そうな感じの、王様によく似た小太りの男が立っていた。あのおっさんはもしや……。


「ああ、この男は余の弟のスーハじゃ。勇者殿は初めてであったな」


 と、視線をそっちに泳がせていると、王様が勝手に説明してくれた。同時に、スーハと紹介されたおっさんは俺にぺこりと頭を下げた。へえ、こいつがあのスーハ公か。


「それと、勇者様、こちらを……」


 と、そこで今度は、近衛兵の一人が俺に近づいてきて、一本の剣を差し出した。


「これは……」

「はい、勇者様ご愛用の魔剣です。武芸大会の会場に落ちていたものです」


 そう、それは明らかにあのゴミ魔剣、ネムだった……。


 クソっ! こいつ、バジリスク・クイーンとの戦いのどさくさで砕けたはずなのに、復活して、また俺の手に戻ってくるのかよ。とりあえずそれを受け取るしかない俺だった。ここで拒んでも、どうせまた誰かがネムを俺に差し出してくるしな。無限ループで。


「あー、こほん、さっそくだが本題に入ろうと思う」


 王様はわざとらしく咳払いをした。


「単刀直入に言うとだな、余はそちの昨日の働きにえらく感動したゆえに、そちに多大なる褒美を――」

「あ、それは別にいいです」


 俺は王様の言葉をさえぎって即答した。


「感謝なら、わざわざ王様に言われなくても、もう十分されてますから、俺。それに、王様はどっちかというと加害者側なのに、俺に感謝とか厚顔無恥もいいとこでしょ。もっと他にやるべきことあるでしょ?」

「な、なにを唐突に……」


 ゴキゲンだった王様は急にさっと顔色が変わった。隣のスーハも急に顔を険しくした。


「唐突にもクソもないでしょ? 今回の件は、王様が勇者アルドレイの名前を利用して、政治的にあれやこれやしようとしたから、起こったことなんだから。王様がアルドレイの名前で武芸大会を派手に宣伝するから、それに釣られて、あんなモンスターが都にやってきたんですよ。なんとか被害を最小限におさえられたものの、今回の件は、明らかに武芸大会運営の最高責任者、つまり、王様が悪い! あんたのせいであんなことになったんだよ!」


 どーん! 言ってやった! はっきり言ってやったよ、はっはー!


「バ、バカなことを申すでない! 大会はあくまで大会であって、まつりごととは無関係じゃ!」

「そうですか? まあ、王様がそういうおつもりでも、実際、アルドレイの名前で宣伝したことで、モンスターがやってきたのは変わりないですし、軽率だったことには違いないですよねえ?」

「ぐ……」


 王様は返す言葉を失ったように、歯軋りした。


「それに、そっちのおっさんはもっとひどいですよねえ? 俺の名前でモンスターが釣れるってわかってて、あえてそれを利用して、兄貴主催の武芸大会をぶっ潰してやろうと画策してたんだから。その結果が、ロイヤルクラス召喚とは、タチが悪すぎる兄弟げんかだ」


 どーん! 続いて、隣のスーハにも言ってやった! はっきり言ってやった!


「はは。私があのモンスターを呼び寄せた? 何のことやら、わかりませんなあ」


 しかし、王様と違って弟のほうは面の皮が厚いようで、動揺を一切見せず、涼しい顔をしている。


「あんたが裏で糸を引いてたことは、わかってんだよ!」

「ほう。何か証拠でも?」

「え、それは……」


 やべえ。よく考えたら、伝聞ばかりで、物証はなんもねえぞ。


「え、えーと、詳しい話はここにおわす、元レーナ魔術師ギルド長のサキ様が――」


 俺はとりあえず、この話を俺にした張本人にバトンタッチすることにした。


 が、そこで、


「証拠ならあるわよ」


 エルフの少女が突然謁見の間に乱入してきた。そう、ティリセだ。


「お、お前は……」


 スーハはティリセの顔を見るなり、青ざめた。ティリセはそんなやつの顔を一瞥してにやっと笑うと、懐から小さなものを取り出し、無造作に床に転がした。


 どうやらそれは魔化カラクリの録音装置らしく、ティリセが床に放ると同時に、すぐに音声が再生されはじめた。


「……ああ、そうだ。万が一、お前が負けてザドリーが勝ち進んでも、どうせモンスターの乱入で大会はうやむやになる。お前はあくまで保険というわけだ。したがって、報酬は――」


 それはまちがいなく、スーハの声だった。ティリセのやつ、こんなもん録音してやがったのか。


「こ、これは、捏造だ! 私の声ではない!」


 スーハは狼狽しながらも、必死に叫んだ。


 だが、今度はそこで、


「そうですね。これの真偽は現状定かではありませんが、同様の証拠品なら、すでに魔術師ギルドのほうで用意しておりますわ」


 サキがそう言い、鎖の一本をにゅるっと王様たちの目の前に差し出した。それはすぐに小さい輪を作り、そこから書類の山がどかどかと出てきた。中には、ティリセが持ってきたものと同じような録音装置もあった。


「これはすべて、スーハ公が先の大会においてモンスター招致にかかわっていたという事実を示すものです」

「え、こんなに……」


 スーハはまたしても真っ青になった。さすがにもう言い逃れできない感じだ。


「な、なによ。人がせっかく助け舟を出してあげたのに」


 ティリセは苛立たしげにサキをじろりとにらんだ。


「ス、スーハ! 見損なったぞ! このような悪行を働くとは!」


 と、王様はしらじらしく弟をいさめるフリをするが、


「あら、陛下? これらの書類の内容については、陛下もご存知だったはずでしょう?」


 サキがさらっと爆弾発言をかました。


「もともと、陛下の勅命で魔術師ギルドは王弟殿下の調査をしていたわけですし。これらの証拠が提出されると同時に、ギルド長のほうから、王弟殿下に煽られたモンスター達の不穏な動きについても報告があったはずです。このまま大会を開催すると、王都はモンスターの襲撃によって大惨事になりかねないと。民のためを思うのならば、大会は中止したほうが賢明であると。ですが、陛下はその諫言を聞いてくださりませんでした。実に残念な話です」

「え、いや、それはそのう……」


 サキの突然の告発に、王様はたちまち目を白黒させた。


「あ、兄者! 魔術師ギルドを使って、私の調査ですと! なんと卑劣な! 見損ないましたぞ!」

「そ、それは、こっちの台詞だ! 余の主催した大会をぶち壊すために、あんなモンスターまで呼びよって! いくらなんでも非道が過ぎるぞ、スーハ!」

「それを知ってて、あえて大会を中止しなかった兄者にそんなことを言う資格はない!」

「それならば、お前とてそんなことを言う資格はないではないか!」


 そして唐突に始まるおっさんたちの兄弟げんか。


「何やってんだよ、ようするに、お前ら、どっちもクソってことだろ」


 俺はあきれて、はあと大きくため息をついた。


 そして、直後――二人に殴りかかった!


「ぐはあっ!」

「ぎゃあっ!」


 おっさん兄弟は仲良く俺に吹っ飛ばされ、背後の壁に体を強く叩きつけられた。


「手加減はしたが、サキ、ティリセ、回復しておいてくれ。一応、こんなクソでもこの国のトップ2らしいからな」

「わかったわ。命に別状がない程度にね」

「めんどくさいわね」


 サキとティリセはすぐにおっさん二人に近寄り、治癒魔法をかけた。二人はすぐに眼を開けた。


「どうよ、王様? 王弟様? 勇者アルドレイ様ってば、実はこんなに乱暴者なんだぜ。これに懲りたら、もう二度と、そんな名前を政治に利用しないことだな。さもないと、また殴られちまうぞ」


 俺は指をバキバキならして威圧しながら、二人に言った。


「わ、わかりました! もう二度と、勇者様の名前をお借りしたりしません!」


 二人は恐怖に震えながら抱き合い、真っ青な顔で叫んだ。周りの近衛兵たちはそんな俺たちをただ呆然と見ているだけだった。まあ、雑兵じゃ俺にかなうわけないし、止めるわけもないか。誰がクソなのかは傍目にも明らかだしな。


「あ、あと、ついでに頼みを一つ聞いてくれ」

「はい! なんなりと!」


 王様はさっきまでの偉そうな態度がウソのように、卑屈に答えた。まるで居酒屋の店員がオーダーを聞くようなノリで。


「そこにいる赤毛のおっさんだよ。聞けば、あんたのせいで鍛冶屋をクビになったらしいじゃねえか。もっかい、鍛冶屋に再就職させろよ。昨日は、このおっさんの作った魔剣がなかったら、俺だってやばかったんだからな」

「そ、それぐらいでしたら、よろこんで!」

「頼んだぞ。また変な理由でクビにするんじゃねえぞ」


 俺は王様に近づき、その襟首をつかんで揺さぶりながら念を押した。王様は「わかってますぅ!」と涙目でうなずいた。まあ、この様子なら大丈夫か? 俺はその汚いクソを床に放った。


「よし、話はこれで終わりだ。俺はもう行くから。じゃあな」


 俺たちはそのまま謁見の間を出た。表彰されることも、褒美をもらうこともなかったが、実にすっきりした、晴れ晴れとした気分だった。


「さっきのアル、男前やったなー。王様も王弟もまとめてガツンって」


 と、王宮の廊下を一緒に歩きながら、マオシュが俺に言った。ザドリーやユリィたちも、みな、それにうなずいた。実際手を出したのは俺だけだったが、みんな気持ちは同じだったか。


「それに、私の件、陛下に頼んでいただき、本当にありがとうございます」


 と、今度はジオルゥ父が俺に言った。


「いいよ、別に。元はといえば、俺に関係してることだしな。それに、こいつとも約束したことだしさ」


 ジオルゥに近づき、赤い髪をくしゃくちゃに撫でながら俺は言った。


「あれ? トモキとの約束ってそんなのだっけ?」

「ばっか。お前の代わりにどっかのクソを殴るって話だっただろうが。ちゃんとやっただろ。それでいいんだよ」

「そ、そっか……ありがとう」


 ジオルゥは俺を見上げ、瞳をうるうるさせながら言った。「う、うっせーな、いちいち泣くなよ!」こういう直球の感謝の表現は、やはり照れてしまう俺だった。


「これで、またお父さんと暮らせますね。よかったですね」

「うん! これでもう、知り合いのおばさんの作ったまずいご飯を食べずにすむよ!」


 ユリィの言葉に、ジオルゥは笑顔で答える……って、あれ? 今の発言は?


「ジオルゥ、お前、屋敷に来た初日に確か言ってたよな。自分には帰る家がないって」

「うん」

「それって、つまり、居候している家のメシがまずいから帰りたくなかっただけか?」

「うん、そうだよ」

「そうだよ……じゃ、ねえだろうがよっ!」


 もっと悲惨な境遇を想像してたのに、なんだその理由はあ! 俺は今度はジオルゥの赤い髪を引っ張らずにはいられなかった。「痛いよ、痛い」ジオルゥはまた涙目になった。


 やがて、俺たちは王宮の門のところまで来た。ジオルゥ親子は、鍛冶屋ギルドのかつての仲間たちに挨拶しに行くと言って、一足先に街のほうに去っていった。


 と、そこで、後ろから、誰かが俺たちのほうに駆け寄ってきた。


「ザドリー様! お待ちください!」


 それはスフィアーダ姫(痩せ)だった。


「姫、いったいどうしたのです? 血相を変えて?」


 ザドリーは振り返るが、なんだかその態度はものすごーく冷めている感じだった。


「どうしたも、何もありませんわ! なぜあなたは、さきほどの謁見の間で、わたくしに何も言ってくれなかったのですか! わたくしはあなたの口から求婚の言葉が出るのを、ずっと待っていたのですよ」

「僕が姫に求婚? 突然、何をおっしゃっているのですか?」


 ザドリーはハハ、と、軽く笑った。


「僕はただの平民です。姫と結婚できるような立場ではない。それは姫もよくご存知でしょう」

「で、ですが、あなたは昨日の大会で、身を呈してわたくしを助けてくださいましたわ。それだけでも、わたくしの夫にふさわしいですわ!」

「僕があなたを助けた? 果たしてそうでしょうか?」

「え?」

「僕が愛した女性は、昨日死んだのです。僕にはそうとしか思えません……」


 ザドリーは悲しげにうつむきながら言った。急に何言ってんだ、コイツ?


「ねえ、勇者様、実はあのスフィアーダ殿下、痩せ薬なしであの体なのよ」


 と、そんな俺にサキが耳打ちした。


「薬なしで? それって、デブが治ったってことか?」

「そうね。昨日、落下の衝撃で、体の余分な脂肪が飛び散ってしまったのね。それで、回復魔法で蘇生されたときには、すっかりスリムな体になっていたみたい」

「そ、そうか……なるほどな」


 それでザドリーはあんな冷たい態度なのか。姫の贅肉しか愛してなかったもんな、アイツ。


「聞いてください、姫。僕は昨日の大会で、ひたすらに無様な姿を晒しました。そればかりか、あなたを助けようとして、結局、助けられなかった。そんな、無力で無能極まりない男が、身分の違いを乗り越えて、あなたと結婚できるわけはありません。僕のことは忘れてください」

「そ、そんな……」

「さようなら、姫。さようなら、僕の愛……」


 ザドリーは目の前の姫ではなく、どこか遠くを見つめながら、悲しげにつぶやいた。そのまぶたに浮かんでるのは、かつての肉姫だろう。昨日、この世から消えたクリーチャーだ……。


 やがて、姫は、後ろから走ってきた従者の男によって、王宮のほうに連れ戻されていった。


「で、姫とスッパリ別れて、お前はどうするんだよ、これから?」

「とりあえず、このマオシュ君と一緒に、僕の父親の足跡を探す旅に出ようと思う」


 ザドリーはマオシュのもふもふの頭に手を置き、言う。


「ま、ワイも乗りかかった舟やしな。しばらくは、この銀髪の坊と楽しく二人旅や」

「そうか。父親に会えるといいな」


 俺はザドリー、マオシュと握手した。二人はそのまま、街の門の方に去っていった。


「あたしも行くわ。超有名人のあんたと一緒じゃ、何かとやりにくいしね」


 と、ティリセも俺の前から去っていってしまった。


「では、私もそろそろ。陛下にあんなことを言った手前、しばらくは姿を隠したほうがいいでしょうしね」


 と、続いてサキも去っていってしまった。


「って、あれ?」


 気がつくと、俺はユリィと二人きりになっていた……。


「トモキ様、わたしたちもそろそろ行きましょう」

「そ、そうだな! とりあえず、こんなクソな国は出ないとな!」


 俺はドキドキしながらも、ユリィとともに歩き始めた。そうか、今日からずっとユリィと二人きりか……。顔が熱くなった。

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