63

「お前は命が三つあるそうだな? だったら、あと三回殴ればいいだけだよなァ!」

「え、さっきのでもう一個なくなって――」

「知るか、ボケッ!」


 トカゲのところまで来ると、よろよろしながらも起き上がろうとしているその巨体を再び殴った! 渾身の力をこめて! 上から!


「ギャアアアッ!」


 トカゲは今度は地べたに強く叩きつけられた。頭を割られ、血しぶきを上げながら。その鱗の色が赤から淡い緑に変わった。


「よし! 鱗の色が変わったってことは、あと二回だな!」

「ち、ちが! あと一回しか――」

「いいから、あと二回俺に殴られろッ!」


 俺は再生したばかりのトカゲの頭をがしっと片手でつかむと、そのまま上に持ち上げ、思いっきりそのどてっ腹に回し蹴りを叩き込んだ! 力いっぱい!


「ギャアアアッ!」


 トカゲは再び近くの壁に強く叩きつけられた!


「な、殴ると言いながら、蹴るなんて、あん、まりよ……」


 そして、そんな怨嗟の声を漏らしながら、事切れたようだった。その鱗は石灰のように白く変色し、やがて干からび始めた。水分がすごい勢いで蒸発するように。


「なんだ、もう一発ボコれるんじゃねえのかよ。あっけねえな」


 俺としては、あれだけバリアに苦しめられたのだから、もうちょっとフルボッコにしたいところだった。


 まあいい、一応、倒せたし……。なんだか体からどっと力が抜けてしまって、俺はその場に腰を落とした。


 見ると、バジリスク・クイーンの死体から蒸発していく水分のようなものは、周りの、石化した人達に戻っていた。そして、彼らは次々と石化状態から元の状態に戻っているようだ。


「ちゃんと元凶を倒せば元に戻るのか。クソみたいなモンスターだったが、そこだけは気が利くじゃねえか」


 俺はほっと胸をなでおろす思いだった。みんな無事で何よりだ。観客の大部分は俺のファンみたいだしな。(ここ重要!)


「智樹様、大丈夫ですか!」


 と、そんな俺のところにユリィとジオルゥが駆けつけてきた。


「ああ、俺は別に何とも……」


 そう答えて反射的に立ち上がろうとしたが、途中で力が抜けてガクッと下に腰を落としてしまった。あれ? なんか意外と疲れてる、俺?


 ただ、ユリィの無事な姿を見て、ほっとして緊張が解けたのも事実だった。そう、周りの観客たちの無事を知る以上に……。


「本当ですか? どこか怪我してないですか?」


 ユリィは俺のすぐそばまで来ると、しゃがみこみ、俺の顔を心配そうにじっと覗き込んだ。目が合うと、俺はなんだか急に顔が熱くなり、「大丈夫だよ!」とぶっきらぼうに答えて、そっぽ向いてしまった。じ、実際、なんともないわけだし!


「まあ、あんたなら、ディヴァインクラスの群れの中に放り込んでも、ピンピンしてそうよね」


 と、今度はティリセの声がした。顔を上げると、ちょうどやつが乗った飛竜がこちらに舞い降りてくるところだった。ただ、その飛竜に乗っているのはクソエルフ一人だけではなかった。さっきは下からだったからよくわからなかったが、どうやら中年の男が一人、ティリセの後ろに座っているようだ。赤い髪をして、がっちりとした体つきの、小汚い格好をした、四十歳くらいの男だ。その顔には、どこか見覚えがある気がする……。


「と、父さん!」


 瞬間、ジオルゥがその男に向かって叫んだ――って、なんだと?


「いきなり何言ってんだよ。お前の親父はもうこの世にいないんだろ?」

「いるよ! ここに! ほら!」

「はい。私は一応、この子の父親です……」


 と、赤毛のおっさんも、飛竜から飛び降りながら答えた。なんだか、ひどく申し訳なさそうに。そして、ジオルゥはそんなおっさんに駆け寄り、抱きついた。


「おい、どういうことだよ、ティリセ。事情を説明しろ」

「事情も何も、あの魔剣を探してたら、たまたまこのオヤジとセットで見つかったから、一緒に連れてきただけよ。魔剣を作った本人なんだから、何か使えるかもしれないでしょ」

「え、いや、話が全然見えない……?」


 つか、お前の話の中ではオヤジの扱いがナチュラルに雑なんだが? 便利道具か、このおっさんは。


「ああ、つまりですね。私は鍛冶屋をよんどころない事情でクビになった後、無職になりまして。それじゃ、この子を養えないと、街の外に出稼ぎに行っていたわけですよ。この子を知り合いの家に預けて」

「は、はあ……」


 あれ? 俺の想像していた悲劇的な話とだいぶ違う? なんか鍛冶屋をクビになって無職になっちゃったー、とか、ノリが軽いし。


「で、クビになったとき、私もちょっと感情的になってまして、自分が作った魔剣のいくつかを国庫からパク、記念にいただくことにしたわけですよ。全部は無理でしたけどね。出来がいいものだけね。私も鍛冶屋として生きた証が欲しかったわけなんですよ」

「あ、うん……」


 理不尽な理由でクビになったから、キレて、国家の財産である魔剣を盗んだのか。自分が作ったものだとはいえ、それはいかんだろ、おっさん……。


「このオヤジが鍛冶屋ギルドを追放されたとき、国庫から魔剣がいくつか紛失したことは、この街の盗賊ギルドの連中がすでにかぎつけていたわ。このオヤジがそれを持っているらしいってこともね。だから、近いうちに、オヤジのところに盗みに行こうって話になってたわ。ちょうどね」


 今度はティリセが説明する。なるほど、盗賊ギルドの情報網でこのおっさん with 魔剣を見つけたのか。さすが元盗賊様……。カタギの魔術師たちには到底できない芸当だ。


「はい、それでついさっき、いきなりこのエルフの盗賊の少女が、私の出稼ぎ先の木賃宿に飛竜ごと殴りこんできまして。私が毎日磨いている、大切にしている魔剣をよこせと暴れるじゃないですか。怖いので、すぐに魔剣を渡したんですが、なぜか私も連れてこられまして。ほんとになんででしょうね。はは」

「まあ、このクソエルフに理屈は通用しないからな」

「そのクソエルフのおかげで助かったのに、何言ってるの、アル!」


 ティリセは俺をぎろりとにらんだ。


「いや、感謝はしてるよ。お前のおかげで助かったのは間違いないしな。でも、クソの塊みたいな性格のお前が、どういう風の吹き回しで、俺のナイスサポートをしてくれたんだよ?」

「うっさいわね! あのヘビだかトカゲだかを野放しにしておくと、この街全部が壊滅しちゃうでしょ! そうなると、あたしだって、何かと困るのよ!」


 ティリセは早口でまくしたてた。いつものようにきつい口調だったが、いつもと違ってちょっと顔が赤かった。そして、すぐに、逃げるように飛竜に乗って、どこかへ飛び去っていってしまった。おっさんを置き去りにして。


「なんにせよ、親子が無事に再会できてよかったですね。智樹様」


 と、ユリィが、すぐ近くで抱き合っている赤毛の親子を見て、言う。


「無事にって……あの親父は単に出稼ぎに行ってただけだろ」

「それはそうですけど、あの子のほうは、そうじゃないでしょう。智樹様の活躍がなければ、今頃、私たちは全滅で、こんな再会はありえなかったと思いますよ」


 ユリィは再び俺の顔をじっと覗き込み、微笑んだ。感謝の気持ちがありありとあらわれた、やさしい笑顔だった。その黒い瞳はとても澄んでいて綺麗だ。俺はやはり、顔が熱くなるのを感じた。ユリィってやつは、時々変に直球過ぎて、その、困る……。


「べ、別に、俺はたいしたことはしてないぜ! 魔剣が来るまで、手も足も出なかったしな!」


 さっきのティリセみたいに俺もなんだか早口になってしまった。


「そんなことないです。ティリセ様が魔剣を持ってくるまで、持ちこたえられたのは智樹様だからです。普通の人なら、すぐにやられています」

「いや、あんなのただの悪あがきだし……」

「いいえ、勇者様。あれは、あなただからこそ、できたことよ」


 と、今度はサキと黒ローブの魔術師たちがこちらに近づいてきた。みんな、魔力を使い果たして憔悴しきったような顔だったが、足取りは確かだった。


「それに、物理障壁が消えた後の猛反撃も見事だったわ。物理障壁が消えたとはいえ、あんな一瞬で、しかも素手で、ロイヤルクラスのモンスターをしとめるなんて、普通はまず不可能よ」

「そうですよ、この戦い、勇者様だからこそ、勝てたのです!」


 と、黒ローブたちもサキに賛同するように言った。


「我々が今ここに立っていられるのは勇者様のおかげです!」

「勇者様は、ここにいる数え切れない人間の命を救ったのです!」

「ありがとう、勇者様!」

「勇者様、バンザイ!」

「あーもう! いちいちうるさいな、お前ら!」


 お約束のように、勇者様勇者様って大合唱しやがって。


「照れることはない、トモキ。君は本当に、すばらしい勇者だ」

「せやで。アルはほんま、大活躍やったでー」


 と、今度はザドリーとマオシュがこっちに近づいてきた。二人ともさっきまでボロボロだったはずだが、今はすっかり五体満足で元気のようだ。回復魔法チームのおかげか。


「お前らまで、勇者様大合唱かよ。うぜーな、もう」

「なに、それは僕たちだけじゃない。今は、ここにいる全ての人間が、君に対して感謝しているはずだ。見たまえ、あれを」


 と、ザドリーはステージのほうを指差した。見ると、その中央の空間には、魔法でデカデカと映像が投影されていた。映っているのは、もちろん俺だ。いつのまに撮影されたのやら、俺がバジリスク・クイーンと戦っている様子が、ありありと映し出されていた。しかも、ハイライトで、俺がかっこよく活躍するシーンだけを、重点的に。


「みなさん、ご覧ください! さきほど、突如この会場に現れたレジェンド・モンスターは、こうして、勇者アルドレイによって撃破されたのです!」


 実況も復活したのだろう。そのノリノリの声が、コロシアム全体に響いた。たちまち、観客たちは大きな歓声を上げた。


「勇者アルドレイの活躍により、ここにいる全ての人たちが、いや、この王都が、この国が、この大陸が救われたのです! それほどまでに、彼が倒したモンスターは強敵でした! 勇者アルドレイに大いなる賞賛と拍手を! 彼こそまさに真の勇者です!」


 と、実況が煽ると、観客たちの歓声はいっそう大きくなった。みな、俺のほうを見て、勇者様バンザイみたいなことを繰り返しているようだった。まったく、どいつもこいつも……。さっきまで石になってたくせに、元気すぎだろ、お前ら。俺はため息をついた。


 すると、そこでまた体から力がどっと抜けたようだった。俺はごろんとその場に寝そべった。


「智樹様、大丈夫ですか?」

「ああ、ちょっと疲れただけだから――」


 俺は、心配そうに俺をのぞきこむユリィの顔を見つめながら、ゆっくりと目を閉じた。今はもう、ひたすら眠かった。

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