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「今度こそ食らえ! 新勇者ツバメ返し!」
俺は、適当に技名を叫びながら、ひたすらネムでバジリスク・クイーンを攻撃しまくった。やはりバリアで防がれるが、今はそれしかなかった。とりあえず反動はないし。
「む、無駄なことを――」
バジリスク・クイーンの表情は、さっきまでとはまるで違い、焦りがありありと浮かんでいた。やはり、魔剣の攻撃は痛いって感じか。動きも、アグレッシブでイケイケだった先ほどとは違い、ネムによる斬撃を必死にかわそうとしているようだ。ま、俺の剣術スキルじゃ、それでも的確に命中しちゃうんだけどな! はっはっは。
「ふふ、そろそろお前のバリアも尽きるころだな! 覚悟しやがれ!」
俺はもはや、勝利を確信せずにはいられなかった。
「まだよ! まだ私は終わらないわよ!」
と、追い詰められたトカゲはヤケクソのように叫ぶと、いきなり、近くの鎖の結界に体当たりを始めた。なお、ネムがさっき空けた穴はもうふさがっているようだった。
「なんだ? 今さら外に逃げようっていうのか?」
とりあえず、その背中をネムで斬りまくったが、バジリスク・クイーンは俺を完全無視して、結界に体当たりを繰り返している。なんだコレ? バリア削られ放題なのに、俺を放置していいのかよ。
「マスター、まずいデス。早くやつのバリアを破壊してください。この結界が壊される前に!」
「え、結界が壊れても、外に逃げられるだけだろ? ま、俺は逃がさないけどなー」
「違います! 逃げられるよりもっと大変なことになります、もれなく!」
「もれなく?」
よくわからんが、かつてないほどネムの口調がシリアスモードで何かやばそうだ。俺も空気を読み、すぐに、言われたとおりに全力でバリア剥がし作業にとりかかった。まあ、具体的には、ネムでひたすら斬りつけるだけだが。食らえ、新勇者高速さみだれ斬り!
だが、先に壊れたのはバジリスク・クイーンのバリアではなく、鎖の結界だった。俺がそうやって、バジリスク・クイーンをひたすら斬りつけているさなか、にわかに、全体に大きな亀裂が入り、ガラスが割れるようにパリーンと砕けて消えてしまったのだった。
「あらら」
間に合わなかったかー、はは。事態の深刻さがわからないので、呆然とするしかない俺だった。ステージの外を見ると、サキは力なくその場にうずくまっているようだ。おそらく、魔力を全部使い果たしたってところか。
「マスター! あいつを早く止めてください! 眉が焦げて、尻にも火がつきそうな緊急事態デス!」
「え、止めるって?」
見ると、バジリスク・クイーンは逃げるどころか、何やらその場に直立して、天を仰いでいるだけのようだった。
「トカゲが後ろ脚だけで立ってるだけだぞ。なんかちょっとマヌケだな?」
「違います! よく見てください! ぶっちゃけ、もうわりと手遅れなんですケド!」
「手遅れって何が――あ」
と、そこで俺もようやく、目の前で何が起こっているのか理解した。そう、トカゲの体に向かって、うっすらと光の筋のようなものが集まってきているのだ。それは、トカゲの体に次々に吸収されていく。
「もしかしてあいつ、なんかのパワーを取り込んで回復してるのか?」
「イエッス! やつは今、石化したみなさんから、生命力をぎゅんぎゅん搾取してる最中デス!」
「なんだと!」
ここにどんだけ石化した人間がいると思ってんだ。コロシアム一個分だぞ。満員御礼だぞ。その生命力をまるごと吸収って、そりゃつまり――、
「ぜ、全快?」
「アッハ、そういうことになりますネー」
見ると、バジリスク・クイーンの鱗の色は、すでに銀色に戻っていた。あれはライフが3の状態に戻ったって事か。やべえ。
「お、俺たちが今までやってきたことはいったい……」
「全部パァですネ。ダメージ全部回復されちゃいましたからネ。見てください、あのツヤツヤの銀シャリのようなやつの体の輝きを。マジありえないっすヨ。ぬっふー」
ネムはからから笑う。いつもとは違って、ヤケになって開き直っているような笑い声だった。
「残念だったわねえ、勇者様。せっかく、あと一歩ってところまで、私を追い詰めたのに」
銀の鱗を取り戻したバジリスク・クイーンは、俺を見てにやりと笑う。
「な、なーに! また攻撃しまくればいいだけじゃねえか! この魔剣でお前のバリアが削れるのは確かなんだからな!」
とりあえずポジティブシンキングで強がってみたが、「ノンノン、それは無理って話ですヨ、マスター」と、当の魔剣に否定されてしまった。
「何が無理なんだよ! 今の俺たちにはそれしかないだろうがよ!」
「削ったそばから、すぐ回復されるってことですヨ」
「そう。ここには本当にたくさんの人間がいるものね」
と、バジリスク・クイーンは観客席のほうを見た。そして、「あなたから攻撃されたぶんは、彼らから生命力を奪って回復すればいいだけね」と不気味に笑った。
「な、なんだと! お前、いくらでも回復できるのかよ! そんなのありかよ!」
「ありなのよねえ。これは、私だけの特別な能力なの。周囲の、石化させた生物から生命力を吸収するというのは。まあ、その生物たちの命が尽きれば、回復はできなくなるけれども」
「命が尽きれば、だとう……」
ってことは、俺がこのままこいつを攻撃し続ければ、こいつは回復するために周りの石化した人間から命を奪い続け、あげくに殺してしまうってことか。つまり、俺が間接的に観客たちを殺すということに……おお、なんてこったい! これじゃ攻撃できねえじゃねえか!
「き、汚いぞ、そんなえげつない能力、最後の最後で出しやがって!」
「いえいえ、マスター。今までは結界があったから、出したくても出せなかっただけですヨ? あの変態鎖女が能力を封じてただけですヨ?」
「うるせーバカ! 俺に口答えするヒマがあるなら、とっとと、このどん詰まりの現状を打破する方法を考えろ!」
「そうですネー? 一撃でやつのバリアを破って、一撃でやつの本体をしとめればいいんじゃないですかネ? 回復するヒマもなく瞬殺できれば、何の問題もノープロブレム」
「そんなんできるかっ!」
それができないから、今まで散々苦労してたんだろうが、ボケがあっ!
「どうしたの、勇者様? じっとしてないで、また私と遊びましょうよ?」
と、バジリスク・クイーンは再び俺たちに襲い掛かってきた。体力満タンの証の銀色の鱗を陽光にきらめかせながら。
「く、くそっ!」
くやしいが、一切反撃はできなかった。今はひたすら逃げるしかなかった。下手に攻撃すれば、周りの人間に被害が出てしまう。
「おい、サキ! 魔法使い集団ども! そこで突っ立ってないで、こいつの回復サイクルをとっとと止めやがれ!」
必死に助けを求めてみるが、返事はなかった。見ると、多くは魔力を使い果たして、ぐったりしているようだ。回復魔法チームのほうはまだ余裕がありそうだったが、対抗手段はなさそうで、またリーダーのおばさんに無言で首を振られるだけだった。ちくしょう、使えないやつらめ!
「ネム! お前も早く調子を取り戻せ! お前があいつのバリアを一撃で破ればすむ話なんだろうがよ!」
「いやー、面目ない。まだ、調子アゲアゲには程遠いようでして。今はマスターの気合だけが頼りですヨ?」
「てめえまで、そんなこと言うのかよ!」
そもそも気合でなんとかできるレベルじゃねえ! 何もかも振り出しに戻って、逃げるしかない状況なのだ。レジェンド相手に逃げ続けても、こっちが先にスタミナ切れして、負ける未来しかないと、とうの昔に結論は出ているのに……。
「って、うわっ!」
と、思ったそばから、俺は急に脚が重くなり、前に転んでしまった。
「マスター、どうやら、そろそろこの機体は活動限界のようデス」
「なんだと!」
未完成のポンコツのくせに、そんな限界の設定はきっちり用意してあるのかよ!
「じゃあ、とっととこんなの乗り捨てようぜ! 脱出だ!」
「アッハイ、それが、この機体には緊急脱出のための強制イジェクトユニットは搭載されてないようでして――」
「ああ、そうだったね! 知ってるよ、うん!」
そうそう、少し前にも同じやり取りしたよね! 俺!
「というわけで、マスター。この機体とシンクロしているマスターの勇者マインドを、こちらにある元のマスターの体に戻してください。あとは、マスターのパンチキックで強引に脱出できるはずです」
「いや、急に戻せと言われても……」
この状況でもやっぱりまだ意識が俺の体に戻らないんですけど! もう活動限界だってのにさあ!
「どうしたの? 動きが急に鈍くなったようねえ?」
そして、そんな俺たちをバジリスク・クイーンが見逃すはずがなかった。こっちの動きがガタついているのを見るや否や、急に元気ハツラツとなったように、より敏捷な動きで俺たちに襲い掛かってきた。
「うわっ!」
直撃こそ避けたものの、俺たちはその爪の一撃により、大きく吹っ飛ばされてしまった。初めてまともにやつの攻撃を食らった瞬間だった。
「ぐ……」
とっさに起き上がろうとするが、やはり体は重い。動かない。その瞬間にも、バジリスク・クイーンはすぐに体を翻し、こちらに迫ってくる。金色の瞳を殺意でたぎらせながら。
まずい、やられる――。
瞬間、俺は死を覚悟した。もはや絶体絶命としか思えなかった。
だが、そこで、突然――、
「勇者アルドレイ! これを受け取りなさい!」
頭上からこんな声が聞こえてきたかと思うと、バジリスク・クイーンめがけて、何かが落ちてきた!
「な――」
バジリスク・クイーンはとっさに身をよじり、それをよけたが、落ちてきたものを見てぎょっとしたようだった。いや、驚いたのは俺も同じだった。だってそれは――どう見ても、ピカピカの、立派な魔剣だったからだ。それが今、俺たちの目の前の床に突き刺さった状態で、ある。
それに、俺の驚きはそれだけではなかった。
「なんでお前がここに……」
俺たちのはるか頭上で、飛竜にまたがってこちらを見下ろしているその人物は、俺にはよく見覚えがあった。そう、そいつは、あのクソエルフ、ティリセだった。
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