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「ぐふっ……さすがのワタシといえど、あのクソ小娘の封印魔法を強引に解除するのは、ホネが折れました。おかげで、だいぶ消耗してしまいましたヨ。この
青い顔でふらふらしながら、ネム in ザドリーは言う。なるほど、それでいきなり吐いたのか。こいつも、一応、疲労パラメータとかあるんだな。謎生物なのに。
「でも、お前、なんでいきなりここに来れるんだよ。確か、ここ、結界で守られ――て、ない?」
と、ネムが来たほうを見ると、そこだけ鎖が切り裂かれ、結界が破られているようだった。
「なーに、あんな結界、ワタシには紙と同じですヨ? ツバつけた指で穴を開けるように、軽く破れるってもんでさあ!」
「いや、障子じゃねえんだから……」
と、しゃべっている間に、バジリスク・クイーンは素早く身を翻し、こちらに舞い戻ってきた。
「……よくも、私の大事な食事の時間を邪魔してくれたわね」
バジリスク・クイーンは、いまいましげにネムをにらんだ。
「私の『目の前』にのこのこ現れたこと、後悔しなさい!」
瞬間、その大きな金色の瞳が強く光った。そして、その光をあびて、目つきのおかしい銀髪の男の体は、一瞬にして石となってしまった……って、おい! 石化耐性ゼロの体でここまで来たのかよ! あわてて、その手からゴミ魔剣を回収した。ザドリーの体は衣服ごと石になっていたが、ネムはそのままだったからだ。
「アル、その石化した銀髪の坊もはよ逃がしてやらんと! このままだと、巻き添えになるで!」
「ああ、わかってる!」
ネムを回収すると同時に、もう片方の手で石化したザドリーの体をわしづかみにし、結界の穴に向けて投げた。外に出してやろうと思ったのだ。
だが、あせっていたせいもあり、その力はちょっと、ほんのちょっと強くなってしまった。ステージの外の地面の上に軽く置くイメージで投げたはずだったが、なぜかそれはドピューンとものすごい速さで飛んで行き、壁に激突して、砕けてしまった。そう、石化したザドリーの体は、一瞬にしてばらばらになってしまったのだった……。
「ア、アル……おま――」
「あの壁にはザドリーを引きつける謎のパワーがあるみたいだな!」
ぶ、ぶつかるの別に初めてじゃないし! 三度目だし! 二度あることは三度あるみたいな流れだし! わざとじゃないし、俺、全然悪くないんだからねっ!
「と、とにかく、今は目の前の敵を倒すことに集中しよう! 魔剣も手に入れたことだし!」
すぐにバジリスク・クイーンから距離をとり、手に入れたばかりの頼れる魔剣様を右手に構えた。俺がシンクロしているロボは身長4メートルくらいの大きさなので、それはまるで剣というよりナイフだった。
「うーん。使えないことはないが、できればもう少しリーチが欲しいかな……」
俺は思わずつぶやいた。すると、たちまちそれは大きくなり、ロボの体のサイズに見合った大きさの剣に形を変えた。おお、さすがネム。これぐらいの変形、朝飯前ってわけか。
と、感心したのもつかの間、いきなりそれは、へにゃっと、だらしなく曲がってしまった。
「おい! なんでいきなりしおれるんだよ!」
「ア、ハイ……やはりワタシは今、疲労困憊コンバインで、本調子ではないようですネ」
その声はマオシュのものだったが、口調は明らかにネムだった。こいつ、今度はマオシュの体を使うのか。つか、やっぱまだ疲労がたまってるのか。
「本調子じゃねえって、お前、それで戦えるのかよ? ちゃんと、あいつ、斬れるのか?」
「ぬふー、マスターはワタシのことを心配しているのですネ。感激ですー」
「いや! 俺が心配しているのは、この絶対絶命に近い状況――わっ!」
と、そこでまたバジリスク・クイーンが襲い掛かってきたので、とっさに後ろに逃げた。
だが、
「逃げても無駄よ! そのカラクリが魔法に弱いことはすでに知ってるんだから!」
瞬間、そんな俺たちの周りの空間にいくつもの呪印のようなものが浮かび上がり、いっせいにこっちに迫ってきた。
「うわっ!」
それは行動を封じる魔法のようだった。逃げ場はなかった。俺たちは一瞬にして、呪印に体をおさえつけられ、動くことができなくなった――はずだったが、
「あ、あれ?」
なぜか、一瞬で呪印は消えた。まるで霧が晴れるように。
「なんだ? 魔法は不発か?」
「いいえ、緊縛魔法はきっちり発動したですヨ。この機体がそれを打ち消しただけなのです、マスター」
「え? 魔法を打ち消す? なんで急にそんなことができるように――」
「そりゃモチロン、ワタシがこの機体のOSをアップグレードしたからに決まってますヨ。魔法耐性マシマシ仕様でネ」
「い、いつのまに……」
しかも勝手にOSを更新って。そんなこと許されていいのかよ。Windows 10じゃねえんだぞ。
「こまけーことは、この際どうでもいいじゃないですか。これで、この機体の魔法攻撃に対する重篤な脆弱性は塞がれ、さらにレスポンスも大幅に上昇したのです。その上、メモリも増え、高画質動画もサクサク再生――」
「あ、うん、わかったから」
お前は家電量販店の店員か。
「とりあえず、これで魔法に邪魔されることはなくなったんだな! あとは、お前であいつをぶった斬るだけだ!」
「おうよ、マスター!」
と、答えると同時に、魔剣ネムはぐにゃっとした状態から、シャキーンと、まっすぐな状態に戻った。よし、これなら、いける!
「うおおおりゃあっ!」
巨大な剣となったネムを両手に握り締め、すぐさまバジリスク・クイーンに斬りかかった。いまこそ、反撃のとき! とき! 魔剣様のフルパワーで一刀両断だあ!
だが、残念なことに、魔剣様の刃はバジリスク・クイーンのバリアで止まってしまった。火花を散らしながら。
「おい、ネム、どういうことだよ! ちゃんと自分の仕事しろ!」
とりあえず、すぐさまバジリスク・クイーンからはなれながら、俺は叫んだ。
「アッハ、面目ないです、ドチクショウ。普段のワタシなら、こんなバリア、問題なく破れるんですけどネー。普段のワタシなら……ぐふっ。また、吐き気が――」
「おい、吐くな! マオシュの体でまた吐くな!」
嗅覚だけはそっちに置いてきたから! コックピットでまたフレッシュなゲロを生産するのはやめてぇ!
「しかし、この空間に充満するスメルには、あらゆる
「うん! ゲロのにおいかぐと、こっちも吐きたくなるよね! もらいゲロしたくなるよね! でもそこはこらえて!」
お前の位置、俺の首の上だから! そこで吐いちゃだめだからぁ!
「ぐっふ……。わかりました、ワタシなりにこらえてみせます。マスターへの愛にかけて」
「頼んだぞ!」
お前の愛はいらないけどな!
「では、マスター。このまま、あのトカゲ野郎をワタシで斬りまくってください」
「え? お前、調子悪くてバリア破れないんだろ?」
「たとえ一撃で破れずとも、少しずつ物理障壁のパワーを削ぐことは可能ですヨ。この機体で直接攻撃するよりも、はるかに効率よく、ネ」
「そうか!」
さっきまで俺がやってたことと同じ作戦で行こうってわけか。しかも、ネムの力で、バリア剥がしの効率も大幅に上がるらしい。腐っても魔剣か。
「よし、そうと決まれば行くぜ!」
俺は再びネムを握り締め、バジリスク・クイーンに斬りかかった。
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