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「まあいい、少しは遊んでやるぜ!」


 もう色々考えるのもめんどくさくなってきたので、俺はとりあえず、向かってくる大トカゲの突進をジャンプでかわし、上からその脳天に向かって拳を振り下ろした。


 が、当然、拳がぶつかったところでバリアが発生して、俺の体は真上に弾き飛ばされてしまった。


「う、うーん……?」


 一応、予想の範囲内の挙動だったので、頭上の鎖の結界に特に問題なく着地できたが、こっちの物理攻撃が一切きかないことを改めて知らされて、ちょっとげんなりしてしまった。


「何をやっても無駄よ。おとなしく私のエサになりなさい」


 鎖につかまってぶら下がっていると、今度は、大トカゲはカメレオンのように舌を伸ばしてきた。すぐに体を振り子のように揺らして、そこから離れ、舌に絡みとられるのを防いだ。


「エサってなんだよ。お前まさか、俺を食いにここまで来たのかよ」


 下に降り、少し距離をとったところで、俺は尋ねてみた。とにかく今は、結界の外で何か準備しているらしい魔法使い集団の援護を待つしかなさそうだし、何でもいいから、時間稼ぎするしかない。


「そうよ。私はあなたを食べたくて食べたくて、しょうがなくて、ここまで来たのよ」


 バジリスク・クイーンはゆっくりと俺のほうに向き直りながら言った。その一つしかない巨大な金色の瞳は、殺気でぎらぎらと光っている。


「俺なんか食っても、お前の体じゃ、腹の足しにならないだろ」

「そうでもないわよ。私はね、食べた生物の強さを自分のものにできるんだから」

「食べたやつの強さを自分のものに?」


 何そのチート臭い特殊能力。レベルドレインみたいなもんか?


「ただ、最近の私は強くなりすぎてて、ちょっとやそっとの獲物じゃ、強さを吸収できなくなってしまったの。だから、ちょうど勇者アルドレイ様のゆかりの人間が現れたと聞いて、心躍ったわ。これはもう、ぜひ食べに行かなくちゃ、とねえ」

「そ、そうか……」


 結局、こいつも、オペレーション・アルドレイホイホイで釣られた一匹だったってわけか。つか、入れ食いすぎだろ、この企画。


「でも、まさかアルドレイ様ご本人が現れるとはねえ。人間にしては、強さも申し分ないようだし、まさに私の糧にうってつけの食材だわ」


 バジリスク・クイーンは俺をにらみながら、細長い舌を口から出して、舌なめずりした。


「食材扱いとは、ずいぶん下に見られたもんだな」


 ちょっとむっとしてしまう。俺ってば、一応、昔は世界を救った勇者様なんだぞ。


「どうせ今のあなたは、私に何もできないでしょう? だったら、おとなしく食べられるほかないじゃない!」


 と、バジリスク・クイーンはまたしても俺に襲い掛かってきた。今度は少しジャンプして、真上からの襲撃だった。俺は当然それをよけて、横に飛んだが、バジリスク・クイーンの反応はすばやかった。すぐに向きを変え、背後から俺に迫ってきた。巨体に似合わない、すごい速さだ。この間、ウーレの街で相手をしたデューク・デーモンの三割増しくらいの素早さに感じられた。まあ、それでも、俺よりかは遅いんだけどな! 華麗にバジリスク・クイーンの追撃をかわす俺だった。


 ただ、あの時も思ったが、このまま逃げ続けていても、こっちが先にスタミナ切れになるだけで、勝ち目はない。援護の魔法はいつ来るのかわからない。隅っこで倒れてる鎧は何の役にも立たない。やはり何か打って出ないと……。


 よし、いちかばちかだ! 何度目かのバジリスク・クイーンの噛み付き攻撃をかわした直後、俺はその体の下にもぐりこんだ。そして、両手を前に出し、その体を投げようとした。くらえ、必殺ジュードー、巴投げだ!


 だが、やはり技をかけようとする直前にバリアが発動して、俺はやつに触れることすらできなかった。反動で下に叩きつけられた。さらに、そのままバジリスク・クイーンが俺を押しつぶそうと覆いかぶさってきた。とっさに、拳でステージの床を割り、その隙間にもぐりこんで、やつのボディプレスを回避した。


「くそっ! 触れることすらできねえのかよ」


 少しはなれたところの隙間から上に脱出しながら、俺はつぶやいた。明らかにデューク・デーモンのときとはバリアの性質が違う。より精度が高くなっているようだ。これがノーブルとロイヤルの格の違いってやつか。ちくしょうめ。


「いい加減、あきらめなさい。アルドレイ様」


 バジリスク・クイーンは、再び俺に襲い掛かってきた。俺を食べる気マンマンらしく、口を大きく開けて。俺はやはりそれをかわすが、これ以上、どうしたらいいのかわからなかった。


 だが、そこで、あんぐり開かれた大トカゲの口を見て、ひらめいた。


「もしかして、あそこなら、バリアは……」


 迷っている暇はなかった。俺はすぐにそのアイデアを実行した。そう、大口を開けて向かってくるバジリスク・クイーンに対し、逃げるどころか、突っ込んで行ったのだ。目指すはもちろん――その口の中だ!


「な……」


 やつはさすがに、俺の動きは予想外のようだった。口に飛び込んだところで、喉の奥から、ぎょっとしたような声が聞こえた。だが、すぐに状況を察し、俺を噛み砕こうと口や舌を動かし始めた。ぬるぬるっ! どうやら俺の予想通り、そこにはバリアがないようだった。俺はやつの粘膜に接触し放題だった。唾液は強い酸性なのか、ちょっとぴりぴりするが。


「よし! 今だ!」


 口の中は暗くて、何がなにやらよくわからなかったが、やることはシンプルなので問題なかった。そう、今こそ全力で暴れるとき! 攻撃するとき!


「うおおおおっ!」


 どこどこ! ぐちゃぐちゃ! ばりばり! ひたすら手足を動かし、バジリスク・クイーンの喉もとと思しき場所で、周りの組織を破壊しまくった! 生暖かくて気持ち悪いし、臭いし、おまけに息苦しかったが、バリアに弾かれるよりかははるかにマシだった。攻撃の手ごたえは確かだった。俺が暴れるたびに、バジリスク・クイーンは体を痙攣させ、ぐるぐるとのた打ち回っているようだった。俺もちょっと目が回った。


 やがて、俺は、前、下、斜め下のコマンドで拳を高らかに上に挙げ、バジリスク・クイーンの頭蓋骨を突き破り、外に飛び出した。しょーりゅーけーん!


「へへっ! どんなもんでい!」


 名づけて、一寸法師作戦! 読んでてよかった、日本の昔話!


 無事に脱出し、石畳の上に着地した俺は血まみれ、粘液まみれのひどい有様だったが、ほぼ無傷だった。一方、すぐ近くに倒れている大トカゲは、頭がぱっくり割れた状態で倒れていて、口からは血反吐を吐き、ピクピクと体を震わせている。その大きな金色の瞳の輝きも完全に失われている。よし、勝った! 俺ってば、またしてもやりましたよォー!


 と、思ったわけだったが、それは一瞬だった。


 なんと、あっという間に、バジリスク・クイーンの体は再生していくじゃありませんか。頭の割れ目がみるみるうちにふさがっていくじゃあ、ありませんか……。


「あ、あれ?」


 と、俺が驚いている間に、やつはまたもとの姿に戻ってしまった。ただ、今度は鱗の色は銀ではなく、赤だった。


「アルドレイ様を生きたまま食べようと思ったのは、失敗だったかしらねえ」


 バジリスク・クイーンは血走った金色の瞳で俺をにらんだ。その眼光から、いや、赤く色が変わった全身から、怒りがあふれているように見えた。


「次はちゃんと殺してから、食べてあげないとね」

「つ、次ですか?」


 やべえな。こいつ、一回殺したくらいじゃ、死なねえのかよ! しかも、もう一寸法師作戦は使えないし。なんかめっちゃ怒ってるっぽいし……。なんだか、ますますピンチになってしまった感のある俺だった。

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