57

「ちょ、ちょっと待った! ここは一つ話し合いで! いや、ここは一つカードバトルで決着つけようぜ! ルールを守って楽しくデュエル・スタンバ――って、うわっ!」


 言葉の限りをつくして、げきおこ状態のバジリスク・クイーンをなだめてみるが、もはや俺の声など何も聞こえていないようだった。ひたすら激しく襲い掛かってくるばかりだった。その動きはさっきよりもずっと素早かった。体は真っ赤だし、怒りで我を忘れている王蟲みたいだ。これはもう、青き衣をまとった巨乳の姫姉さまじゃないと、止められそうもない……。とにかく、今はひたすら逃げ回るしかない俺だった。


 いやでも、このままじゃやっぱり勝ち目はない……。何か打って出ないと。


「くそ、こうなったら!」


 実に不愉快千万なやり方だが、しょうがない! 俺は歯軋りしながら叫んだ。


「おい、ティリセ! 俺の声が聞こえるか! すぐにネムの封印を解け! 今! すぐに! だぁ!」


 そう、もはや俺には、あのクソエルフに頭を下げて、あのゴミ魔剣の力にすがるしかないのだった。なんてむかつく話なんだろう。やっとネムから解放されたと思ったのに。はらわたが煮えくり返りそうだった。


 だが、俺が苦汁を飲む思いで頼んだのに、返事はなかった。はっとして、ステージの外を見ると、すでにティリセはいずこかへ去っていたようだった。どこにもいない……。


「あ、あいつ! 逃げやがって!」


 と、一瞬、いらだちがつのったが、よく考えたら今はMP切れで役立たずもいいところだし、普通の判断のような気がした。俺が頭を下げたことを見られなかったのも幸いだしな。


 それに、魔法使いなら他にもいるしな。


「おい、サキ! 今の俺の話、聞こえてただろ! 結界はもういいから、ネムの封印を解いてくれよ! あんたならできるだろ!」


 と、今度は違う方向に叫んでみるが、


「はあ? 何を言ってるの! そんなこと、できたら、すぐにしているわよ!」


 超絶キレ気味に断られてしまった……って、あれ?


「な、なんでだよ! あんたすごい魔法使いなんだろ! あのクソエルフの封印ぐらいすぐ解けるだろ!」

「私だってなんでもできるわけじゃないわよ! いい、よく聞いて。あの魔剣を封印したアブソリュート・バインドは、その名の通り、絶対の停止魔法なの。いったん相手にかけたら最後、一定時間ずっとそのままなのよ。その間は、術者ですら解けないわ」

「え? 一定時間、ずっとそのまま? 一定時間?」


 あれ? 効果は永続するってわけじゃないの? しばらくしたら、封印が解けるってこと? なにそれ? 意味がわからないんですけど! ネムと永久にグッバイできる魔法じゃなかったんですか! 


「じゃあ、その、一定時間ってどれくらいなんだよ?」

「術者のレベルにもよるけど、三十分から一時間くらいね」

「みじか! いや、長い……のか?」


 永遠だと思っていた効果時間がその程度だと知らされたら短いと思わざるを得ないが、この状況で、三十分は待てというのも長すぎる。ティリセがネムを封印してから、まだ十分くらいしか経ってないぞ。最低あと二十分もの間、ずっと大トカゲに追い回されるだけなのかよ、俺。


「じゃあ、もうネムのことはいい! 今は使えないんだからな! その代わり、誰か魔剣持って来てくれよ! あんたら、ワープ使えるみたいだし、この国の武器庫とかすぐ行けるだろ!」


 と、今度は魔法使い集団のほうに叫んだ俺だったが、


「それも、無理ですな、勇者様」


 回復魔法チームのリーダーのおばさんに、あっさり断られてしまった。


「なんで? どうして? ホワァイ? あんたら、ワープ使えるでしょ! ちょっと武器庫行って、魔剣取って帰ってくるだけの、簡単な作業でしょ!」

「それが、ロイヤルクラスのバリアを破れるレベルの魔剣は、わが国にはもうないのです」

「え……」


 なにそれ! 一国の武器庫にすら、魔剣ないのかよ!


「実は、少し前はあったのです。ですが、三年ほど前、とある王室お抱えの職人が王の不興を買って、追放されたおり、その職人が作った魔剣は、王の命によりすべて破棄されてしまったのです。その中には、すばらしい魔剣も多数あったのですが……残念な話です」

「王に嫌われて追放された職人?」


 あれ? それって、明らかにジオルゥの親父の話じゃない? ってか、このネタ、こんなところで生きてくるのかよ! 負の方向に! もうやだ、この国!


「じゃあ、どっか他のところから魔剣持ってきてくれよ! 早く!」

「こちらも通信と探知の魔法を使って、全力で探しているところです。ですが、やはり、ロイヤルクラスを倒せるものは、なかなか見つからないのです。そもそも、ごく最近まで、この世界は平和そのもので、魔剣など必要なかったせいもあり、対レジェンド用の魔剣を作れる職人は今はものすごく減少しており、あげくに、大衆の魔剣への理解度も低く、かつて多くの魔物をほふった強い力を秘めた魔剣が鋳潰されて鍋やフライパンに再利用されることすらしばしば――」

「ああ、もうわかった! ないんだな、チクチョウ!」


 話長いよ! ようするにこの国はまるでレジェンド・モンスター対策ができてない、無能無防備国家ってことじゃねえか! ふざけんな! そんな状態で、なんで魔物呼びやがった、王弟ィー! しかも俺の名前勝手に使って!


「心配しないで、勇者様! こっちだって、ただ手をこまねいて見ているだけじゃないわ!」


 と、そこで、サキが叫んだ。同時に、後ろの魔法使い集団の足元の大きな魔方陣が強く輝きだした。あれはもしや、詠唱完了のお知らせの光? おお、ついに来るのか!


「今だ! 全ての魔力を解き放ち、かの敵を穿て! アビス・ゲイザー!」


 ギルド長は大音声で叫んだ。すると、魔術師軍団の足元の魔方陣が、光りながらこっちにスライドしてきた。それは結界をすり抜け、ステージの中央に来ると、ぶわっと隅っこまで一気に広がった。そう、逃げ場がない状態で……って、あれ? このままだと、俺まで、アビス・ゲイザーとやらの巻き添えになるんじゃ?


「大丈夫です! 勇者様なら耐えられます! たぶん!」


 ちょ……俺を巻き添えにすること前提で発動したの! しかも、たぶんってなんなの!


 しかし、抗議をする暇はなかった。直後、魔方陣は強く輝きだし、そこからレリーフのように巨大な目が浮かび上がってきた。そして、そこからほぼ垂直に、真上に、暗黒の極太レーザーが射出された!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る