55

「いいか、よく聞け、マオシュ。俺は少し前に、ほぼ素手でノーブルを倒した。だから、今回もなんとかなるはずだ」

「ほんまか? 信じてええんか?」

「おうよ! 勇者アルドレイは、魔剣なんかなくても負けん!」

「いやー、ここでそのシャレはアカンわー。きっついわー」


 はははと、笑いながら、鎧がツッコミの合いの手のように、手刀を俺の胸に浴びせてきやがった。どすっ! 重い一撃だ。勇者はヒットポイントが1減った!


「で、どうやって、ノーブルを素手で倒したん?」

「ふふ、超絶奥義のジュードーをお見舞いしてやったのさ」

「へえ、それって、そこの蛇にも使えるん?」

「そりゃ、もちろん、使え……る?」


 と、俺はすぐ目の前で、俺たちの様子を伺っている巨大な一つ目の蛇を見た。その体は銀色の鱗で覆われており、つるつるだ……って、あれ? これって、どうやって柔道の技をかければいいの? つかむところがないんですけど?


「そ、そうだな。まずはあいつに、柔道の道着を着てもらわないとな……」

「いきなり何言うとんねん。蛇が服着るわけないやん! ま、鎧なら別やろうけど」

「鎧? なんで?」

「そりゃ、蛇なだけに、ヘビーな鎧はありかなあて……」

「んなわけあるかいっ!」


 どごっ! 勇者も負けじとツッコミの手刀を鎧の背中に浴びせた。鎧は「ぐはっ」と咳き込みながら、前のめりになった。マオシュはヒットポイントがだいぶ減った!


「さっきからずいぶん余裕ね。この私をさしおいて、くだらない漫才ごっこだなんて。この私も、なめられたものねえ」


 と、さすがにこの寒い掛け合いにイライラしたのか、バジリスク・クイーンが俺たちに攻撃を仕掛けてきた。といっても、体は一切動かさず、魔法で近くの石畳を浮かせては、四方八方から俺たちにぶつけてきただけだったが。


「アル、ここはワイにまかせるんや!」


 と、マオシュはハルバードを振り回し、飛んでくる石畳のプレートを次々と撃ち落していった。おお、これは便利。とりあえず、言われたとおり何もせず、その様子を後ろで見守っていたが、やがて鎧は真上から落ちてきた石畳をもろに頭に食らって、前のめりに倒れてしまった。だめじゃん。この鎧、死角からの攻撃に弱すぎじゃん。仕方なく、俺が素手で残りの石畳を全部処理した。


 だが、俺たちがわりとのんびり石畳の対処をしているスキに、蛇はさらなる攻撃魔法を発動させていた。俺たちの周りの床がいきなりめりめりとへこみ始めたのだ。と、同時に、倒れているマオシュが「ぐあっ!」と苦しみ始めた。


「おい、マオシュ。どうしたんだよ?」

「お前、何も感じへんのか! 超重力攻撃やぞ!」

「あー、確かに、そんなエフェクトだな」


 ティリセが酒場で使ってた魔法と同じか。この、見えざる力で地面がめり込む様子はアニメ映画のAKIRAを髣髴とさせるな。あれ超作画映画だよな。マジで作画物量圧巻だよな、ハハ。


「って、アル! お前なんで、そんな余裕の顔やねん!」

「まあ、俺には効いてないしな」

「アホか! なら、ワイをはよ助けんか!」

「ああ、そうだな」


 とりあえず、目の前の鎧を蹴り、重力魔法の射程外に転がした。一瞬、鎧の中から、キャンッ!と、ケモノの鳴き声が聞こえた。


「へえ。勇者様には生半可な攻撃魔法は効かないというわけね」


 バジリスク・クイーンはあまり悔しがっていないようだった。おそらく、まだ軽いジャブみたいなもんか。


「まあな。昔、レベルが低いときは、仲間のクソエルフに今みたいな魔法を食らったもんだったがな」


 おそらくその日々が、俺の今の異常な魔法耐性を培ったのだろう。実にむかつく話だが。


「そう。じゃあ、こういうのはどうかしら?」


 と、蛇はまた様子見のように何か魔法を放ってきた。たちまち、俺たちの周りにいくつもの魔方陣が現れ、そこから赤銅色の鱗を持つクマほどの大きさのトカゲが次々と出てきた。その口は大きく、鋭い牙の間からは唾液が零れ落ち、床の石畳を溶かしている。


「召喚魔法か。めんどくせえな」


 俺はすぐに近くに転がっていたハルバードを足で弾いて拾い、矢継ぎ早に襲い掛かってくるトカゲたちを、返り討ちにしていった。さっき会場に突然現れた悪魔よりは、スピードもパワーもありそうな連中だったが、俺にとっては、特に問題ない相手だった。ただ、近くで倒れている鎧を守るのがめんどくさかったが。マオシュは重力魔法のダメージがまだ残っていて、ろくに動けない様子だった。


「さっきから、しょうもない魔法ばっかり使いやがって。うっとうしいんだよ!」


 トカゲを倒しながら、俺はさすがにいらいらせずにはいられなかった。俺にはほぼ効いてないが、いちいちマオシュのフォローしなくちゃならんし。


「ちょっとは、そのデカイ図体を動かしたらどうだ! その体はただの置物かよ!」


 トカゲを殲滅したところで、俺はその勢いのまま、バジリスク・クイーンに迫った。そして、その腹にハルバードの尖端を思いっきり突き立てた! くらえ、必殺のチャージアタック!


 が、それは――レジェンド特有の物理障壁に弾かれ、ばきっと折れてしまった。


「あ……」


 しまった。俺としたことがつい……。


「やっぱり魔剣なしじゃ、無力のようねえ」


 障壁に弾かれた瞬間に生じた、一瞬のスキを、蛇は見逃さなかった。いきなり、尾を、回し蹴りのように俺の側面から当ててきた! すごい速さで。


「ぐ……」


 とっさに腕でガードしたが、そのハンパない重量に俺の体は吹っ飛ばされてしまった。そのまま近くの、張り巡らされた鎖の一本に激突した。


「いてーな。おい……」


 とりあえず、下に落ちると同時に、すぐに体を起こした。また受け身に成功したので、特に大事はなさそうだった。


「ア、アル! おま――」


 と、近くの鎧がぎょっとしたような声を出した。


「ああ、マオシュ。俺なら別に何とも――」

「ちゃうわ、ボケ! 誰がアホ耐久のお前の心配するんや! なんでいきなりレジェンドに突っ込んで、人のハルバード壊してねん! バリアあるやろ! 壊れるに決まっとるやろ! それぐらいわかるやろ! お前、何年勇者やっとるんや!」

「あ、そっちか」


 うっせーな。ついカッとなって、バリアのこと忘れてただけじゃんよー。


「いや、俺はお前の用意したハルバードを信じただけだよ。天才のお前の用意した武器なら、魔剣並みの力を秘めていてもおかしくないからなー」

「んなわけあるか! ワイは魔化技工師やぞ。魔剣は専門外やぞ。レジェンドのロイヤルのバリア貫通して斬れる魔剣なんか、ようけ作れるわけないやろ!」

「へえ、じゃあ、今のお前って何? もしかしてただの役立たずさん?」

「う……」

「俺に守られるだけのお荷物の癖に、使えない武器が壊れたぐらいでギャーギャーわめくなよな。もー」

「つ、使えんことはなかったやろ? 石畳とか壊せたし、トカゲとか斬れたし……。ワイだって、別に好きでお前のお荷物やってるわけやないで……」


 鎧はその場に体育座りしていじけはじめた。ふふ、俺の正しさにぐうの音も出ないようだな。


「また、くだらない漫才? それとも今後の作戦会議かしら?」


 そんな俺たちを、バジリスク・クイーンは余裕たっぷりという態度で見下ろしている。バリアで俺の攻撃が防がれたので、もはや無敵と思ってるのだろうか。


「おい、マオシュ! ふてくされてる場合じゃねえぞ! とりあえず、お前の攻撃が通用するか一通り試してみようぜ!」

「ワイの攻撃? いや、そんなん効かんやろ……」

「いいから、俺の指示に従え! マオシュ、ミサイル攻撃だ!」

「お、おう?」


 と、マオシュはなかば戸惑いながらも、バジリスク・クイーンめがけて鎧の肩からミサイルを射出した。


 そしてそれらは――もれなく、バリアにぶちあたって、こっちに戻ってきた!


「うわっ!」


 俺はそれをよけたが、マオシュはちょっと被弾したようだった。まあいいか。


「なんや! やっぱ無理やんか!」

「気にするな。マオシュ、次はレーザー攻撃だ!」

「えー」

「いいから! いろいろやろうぜ!」

「まあ、アルがそこまで言うなら……」


 ぽちっとな、と、マオシュは何か操作し、バジリスク・クイーンめがけて鎧の顔からレーザーを射出した。


 そしてそれは――当然のようにバリアに跳ね返り、上に曲がって、さらに鎖の結界にも当たって曲がって、こっちに戻ってきた! まるで跳弾だ。


「うはっ!」


 俺はそれをよけたが、マオシュはしっかり食らっていた。まあいいか。


「ア、アル……、お前、ワイのこと、わざといじめてへん? そりゃ、ワイは役立たずのお荷物やけど……」

「ち、ちが! 今はただ試行錯誤してるだけだ! このままだと、あいつに何も打つ手がないからな!」


 と、一応はフォローしたが、まあ、ぶっちゃけお荷物だし、わりとどうでもいいけどな。


「しかし、アレだな、マオシュ? ハルバードはバリアに弾かれたとたん、ぶっ壊れたのに、ミサイルはこっちに戻ってくるんだな。バリアに当たった瞬簡に壊れるんじゃないのかよ」

「そりゃ、ちょっと考えればすぐわかるやろ。手に持ってる武器は、反射された運動エネルギーの逃げ場がないから壊れるんや。せやけど、ミサイルは飛んでるからなあ」

「なるほどなるほど。飛び道具なら、とりあえず壊れないのか」


 俺はそこでふと閃き、鎧を両手でつかんで、ひょいと頭の上に担いだ。


「ア、アル? お前、いきなり何を――」

「この鎧は天才のお前が作った傑作なんだろ? 呪いも弾くスグレモノなんだろ? だったら、武器としても使えるはずだ!」


 とうっ! 瞬間、俺は鎧を思いっきりバジリスク・クイーンに向けて投げた。食らえ、俺の渾身の投擲アタック!


 だが、それはやはり、バリアにぶち当たってこっちに戻ってくるだけだった。


「うーん、まだパワーが足りないかな?」


 とりあえず戻ってきた鎧を、バレーボールの球のように打ち返してみた。しかし、またしても戻ってきた。まだだ、まだ終わっちゃいない。また打ち返す。またリターン。また打ち返す。またリターン……ラリーは続くよどこまでも。


 しかしやがて、鎧の隙間から、ゲロらしきゲル状の液体が漏れはじめたので、さすがに打ち返せなくなった。俺はバリアに弾かれて戻ってきた鎧をよけた。それは俺のすぐ近くに落ちた。


「ア……ル……おま……」


 鎧の中のキツネはひどく目を回しているようだ。鎧もいろいろあって、すっかりぼろぼろだ。


「一通り試してみたけど、マオシュ、お前やっぱりただのお荷物だな。邪魔だ」

「ひ、ひどい……」

「だって、事実だし」


 とりあえず、これ以上こいつをここに置いててもな。俺は再び鎧を頭上にかついだ。そして、俺たちのいるステージの周りを張り巡らせている鎖の、大きな隙間ができているところに向けて、それを投げた。外に出そうと思ったのだ。


 だが、隙間の大きさは十分だったにもかかわらず、鎧は外に出られなかった。そう、見えない壁がそこにあるかのように、ぶつかって、下に落ちてしまったのだった。


「あれ? 隙間があるからって、そこから出られるわけじゃないのか」


 また融通の利かない結界だな、オイ。


「おーい、サキ! こいつだけ、外に出してやってくれよ!」


 ステージの外で結界を張っている、ほぼ全裸の女に向かって叫んだが、


「そんな細かい調整、無理に決まってるでしょ!」


 すごい剣幕で断られた。見ると、鬼のような形相でこっちをにらんでいる。


「な、なんだよ? 俺だってそれなりにがんばってるんだぞ?」

「それなりにって、何? 魔剣がなくて、何もできてないじゃない!」


 サキはやはりめちゃくちゃ怒っているようだった。


「ついさっき、ユリィから全部事情は聞いたわよ! 勇者様、私、前にちゃんと言ったわよね! この大会に大物の魔物が来るかもしれないって! それなのに、なんでその魔物が来る前に、魔剣をくだらないことに使って、無力化されちゃうの! 本当に私の話、ちゃんと聞いてたの! 勇者様のバカ! バカ! だいっきらい!」


 よく見るとサキは涙目になっている。口調も、激するあまり、また幼くなっているようだ。


「う、うっせーな! 別に魔剣がなくてもなんとかならあっ!」


 と、思わず江戸っ子のように怒鳴ってしまう俺だった。


「へえ。本当になんとかなるのかしら?」


 瞬間、バジリスク・クイーンは不気味に笑った。そして、直後、頭を下にもたげ、体も床にぴったりとくっつける格好になった。


 その行動の意味はすぐに明らかになった。なんと、その巨体から四本の脚が生えてきたのだ。細長かった体も短くなっていく。そう、一瞬にして、蛇からトカゲへと変身してしまったのだ。


「どう? これが私の本来の姿よ」

「はあ」


 やっぱバジリスクって言うから、トカゲなのか。


「なんで急に手足を増やしたんだよ?」

「そりゃ、あなた相手に魔法は効かないみたいだし、動きやすい姿で、きちんと始末してあげないとね」

「なるほどね……」


 蛇は魔法使いモードで、トカゲは戦士モードってわけか。


 って、あれ? 俺はこのトカゲ相手に何もできないのに、向こうは肉弾戦やる気マンマンモードに変わったって事は……。


「俺、何気にますますピンチか?」


 相手に攻撃は効かないし、唯一の味方はゲロまみれでくさいだけで使い物にならんし、サキは激怒してるし。


「さあ、いくわよ、アルドレイ様!」


 と、バジリスク・クイーンは俺に襲い掛かってきた!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る