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 その後、順調に試合は消化されていき、ついに二回戦の敗者復活戦の試合が始まった。ザドリーはもちろん参加だったが、匿名希望選手も、他の二回戦敗退の選手たちと同様、今度はちゃんと出場していた。武器も、一回戦と同様、大きなハルバードのようだった。


「俺たちがザドリーの戦う姿を見るのはこれで最後になるだろう。せっかくだし近くに行くか」


 俺たちはVIP席を離れて、ステージのすぐ近くで観戦させてもらうことにした。普通ならこんなところで観戦なんて無理だろうが、勇者アルドレイ様のお頼みなら、運営委員は断れないってモンだ、ふふん。


「おーい、お前が負ける姿を見に来てやったぞー」


 ステージ上のザドリーに声をかけることもできた。ザドリーは、俺の存在にはっと驚いたようにこっちに振り返ったが、すぐに不機嫌そうに顔をしかめて、そっぽ向いてしまった。


「ダメですよ、智樹様。ちゃんと応援しないと。ザドリーさん、怒っちゃったじゃないですか」

「いや、こういうふうに言ってやったほうが、プレッシャーにならなくていいだろ」


 そもそも期待するだけ無駄だしな。誰が勝ち上がるかなんて、最初からわかってるようなもんだし……。俺はちらっと、ステージの奥でスタンバっているフルアーマーの匿名希望さんを見た。すると、相手もちょうどこっちを見ていたところらしくて、手を振り返された。そして、さらに、声をかけられた。


「アナタガ、ユウシャ、アルドレイサーンデスネ。ワタシノゼンリョクノホンキ、イッパイミテクダサイネー」


 なんか、機械がしゃべってるみたいな声だった。プライバシー保護のため加工された声に近いともいうか。しかも言葉自体は妙にフレンドリーで違和感がすごかった。


「あの鎧の中には、いったいどんなやつが入ってるんだ?」

「さあ? きっとすごい力持ちには違いないでしょうね」


 ユリィは首をかしげながら言う。


「まあ、確かに。あの鎧にハルバードだ。間違いなく、中の人はムキムキだろうな」


 やがて、すぐに二回戦の敗者復活戦は始まった。合図と同時に動いたのは、ザドリーと匿名希望以外の、全ての選手たちだった。おそらく彼らは試合が始まる前にアイコンタクトで打ち合わせをしていたのだろう、いきなりいっせいに、匿名希望めがけて、襲い掛かったのだ。


「なるほど、まずは一人の強敵を大勢の数の力で倒しておこうって作戦か」


 と、俺は感心した――が、その気持ちはすぐに消えてしまった。


 なんと、匿名希望選手、襲い掛かってきた選手たちを、一瞬で返り討ちにしてしまったのだ。そう、大きなハルバードを軽々と振り回し、全ての選手たちを、素早く、無駄のない流麗な動きで、次々と。


 やがて、ステージの上に立っているのは、匿名希望とザドリーの二人だけになった。


「あ、あれ? なんだか、匿名希望さんとザドリーさんの一騎打ちみたいになっちゃいましたね」


 ユリィはきょとんとしている。


「まあ、作戦はよかったが、実力に違いがありすぎたな。やっぱり勝ち上がってくるのはあいつか」

「まだザドリーさんが残ってますよ」

「あいつじゃアレに勝つのは無理だろ」


 俺はアゴで二人を指した。ザドリーは匿名希望に対して、相当緊張しているようだった。剣を握る腕にかすかな震えが見えた。一方、匿名希望のほうは、落ち着き払っているように見えた。まあ、実際どんな顔してるのかはわからないんだが。


 両者は少しの間、距離を保ちつつ攻撃のタイミングを見計らうように動かずにいたが、やがて、匿名希望のほうが動いた。ハルバードの持ち方をちょっと変えただけだったが。


 そして、そのちょっとした動作に、ザドリーはびくっと体を震わせ、二、三歩後ろに下がってしまった。なんというオーバーリアクション。


「ありゃ、完全に一回戦で串刺しにされたのがトラウマになってんな……」


 ダメだこりゃ、って感じだった。


「きっと、ザドリーさんなりに警戒してるんですよ。同じ手は二度は通用しないってことでしょう」

「んー、まあ、そうとも言えなくもないか?」


 しかし、いくら警戒しても、速さもパワーも武器のリーチも全部匿名希望のほうが上だし、ザドリーに勝ち筋はなさそうなんだが。まさか、このままずっと逃げ回るだけか?


「おい、ザドリー! どうせお前は勝てないんだから、早く負けろよ! 時間の無駄だぞ!」

「う、うるさい! 集中できなくなるから話しかけないでくれ!」


 と、震える声で返事が返ってきた。


「集中って、あいつまさか、自分が覚醒モードになるの待ってるのか? あんなの、ネムの仕業なのにな」

「でも、魔剣さんは体を乗っ取っただけでしょう。それでザドリーさんは強くなったんですから、やる気を出せば、同じくらい強くなるってことじゃないですか?」

「そりゃ、理屈としてはそうなんだが」


 ただ相手にびびっているだけの、今のザドリーじゃあなあ。


「おーい! 勝つ気があるなら、もっと気合入れろよ! お前は今、あの肉と結ばれるかどうかの瀬戸際なんだぞ!」

「そ、そうか!」


 と、俺の言葉にザドリーははっとしたようだった。すぐに表情がきりりとしたものに変わり、体の震えが止まった。あの肉姫を思い出して、何かのスイッチが入ったって感じか。


 やがて、すぐにザドリーは動いた。まっすぐ、正面から、匿名希望に突っ込んでいったのだ。


「あいつ、何やって――」


 そんなイノシシみたいな単純な突撃、通用する相手じゃねえだろうと思った。実際、そうだった。匿名希望はほんの少し体を横にずらして、ザドリーをかわした。そして、直後――跳んだ。そう、なんと、ハルバードを床に立て、棒高跳びの選手のように高く跳躍したのだ。実にふわりと、軽やかに。


 その着地地点はちょうどザドリーの背後だった。


「し、しまっ――」


 ザドリーはとっさに振り返るが、それは匿名希望のハルバードが背中に突きたてられるのとほぼ同時だった。


「ああ、あいつ、また負けて――」


 その瞬間、俺はそう確信した。おそらく、他の人間も同様だっただろう。


 だが、そこで、ザドリーは根性を見せた。ハルバードの切っ先が背中に当たる直前で、大きく体をのけぞらせて、それをよけたのだ。わかりやすくいうと、マトリックス避けだ。


 しかも、その崩れた姿勢をうまく利用するように、そのまま床に体を寝かせ、匿名希望の脚めがけてスライディングした!


「お」


 と、思わず俺の口から驚きの声が漏れた。その窮鼠ネコを噛む的なとっさの反撃は、重い匿名希望のボディには実に有効だった。やつはそのままバランスを崩し、前に、うつぶせに倒れた。一方、ザドリーはその瞬間にはすでに立ち上がり体勢を立て直していた。


 次の瞬間、その右手に握られた剣が、倒れている匿名希望の首に振り下ろされた!


 ガンッ!


 という、金属音とともに、匿名希望の兜は胴体から離れ、あさっての方向に転がっていった。


「しょ、勝負ありー! ザドリー選手、なんと、一瞬で、匿名希望選手の首を落としてしまいました!」


 実況が興奮しきった口調で解説した。観客たちも、とたんに、歓声を上げた。


 だが、首を落としたというのは、明らかに誤りだった。というのも、匿名希望の鎧の首もとからは一切血が出てなかったからだ。


 いったい、どういうことだろう。俺は可能な限りステージに近づき、倒れている匿名希望を見つめた。すると、その首のところが空洞になっているのに気づいた。


「まさかあの鎧、中身がないのか?」


 人体練成に失敗しちゃった例の弟なの?と、一瞬思ったが、さらによく見ると、そうでもなさそうだった。にわかに、その首なし鎧はむくっと立ち上がり、空洞の首元から、細い、毛むくじゃらの手?が出てきたからだ。小さな白旗を握り締めた状態で。


「あ。智樹様、鎧の中の人、ちゃんといるみたいですよ」

「中の……人じゃなさそうだぞ、ユリィ」


 と、俺たちが話している間に、その鎧の中身は、首からひょいっと外に出てきた。


「いやー、まいりましたわ、ほんま。ザドリーはん、意外とやるやん?」


 と、妙に気さくにザドリーに話しかけるそいつは、どう見ても、一匹の小さなキツネだった。そう、二足歩行して、ちっちゃいオーバーオール着て、丸い眼鏡を鼻に掛けたキツネだ。


「な、なーんと! ここで匿名希望選手の本当の姿が明らかになりました! なんと、彼はあんなに小柄なキツネさんだったのです! わお!」

「ただのキツネちゃうで? ワイはワーフォックスのマオシュや。よろしゅうな」


 しゃべって二足歩行するキツネこと、マオシュは、実況の解説を補足説明しつつ、ザドリーに手を差し出した。「あ、ああ……」と、ザドリーはびっくりしながらも、やつと握手した。


「ワーフォックスってかなり希少な種族ですよね。わたし、初めて見ました」

「まさか、ムキムキの人どころか、もふもふの獣人が入ってるとはな」


 俺もユリィも、驚くほかなかった。


 しかし、そこで、マオシュはいきなり俺たちのほうに振り返り、四足歩行で俺の胸に飛び込んできた!


「アルー! めっちゃひさしぶりやな! 会いたかったでー!」


 ぺろぺろ。マオシュは俺にしがみつき、すごい勢いで口元を舐め始めた。その尻尾は激しく左右に揺れている。


「な、なんだよ、いきなり! 舐めるなよ!」


 俺はあわてて、マオシュを体から引き剥がした。


「え、まさか、お前、ワイのこと何も覚えてへんの?」


 マオシュはたちまちしょんぼりしたようにうなだれた。きゅーんと切なそうに鼻を鳴らし、尻尾も後ろ脚の間に納まってしまった。


「俺って、昔、お前に会ったことあったっけ?」

「あったに決まってるやん! だから、こうして、正体を隠して大会に出て、お前を後で驚かせようと思ってたんやん! それなのに……あんまりやん!」


 キツネさんは涙目になって叫んだ。コンコン、と鳴いた。


「智樹様、ちゃんと思い出してあげないとかわいそうですよ」

「そんなこと言われてもなあ」


 いっぺん死んだ以上、アルドレイ時代の記憶ってわりとあいまいなんだよな。俺は腕を組み、必死に昔のことを思い出してみた。

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