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「なあ、ザドリー。俺が前にいた世界では、見てくれだけで中身が伴ってない男のことを『残念なイケメン』って呼んでたりしたんだが、お前って、まさにその通りだよな。なんであんなのに負けるの? なんで一回戦も二回戦もワンターンキルなの? しかもなんであんな肉の塊に熱烈に恋しちゃってるの? 弱い上に特殊性癖とかマジ男として終わってない? ねえ、ちょっとどう思うの、そのへん? ちゃんと聞いてる?」


 くどくどくどくど。二回戦が終わった直後、俺はザドリーの控え室に直行せずにはいられなかった。そして、向かい合って正座して説教せずにはいられなかった。せっかく人が二回戦進出させてやったのに、あのザマはなんだってんだ、まったく。


「トモキ、君の言いたいことはわかる。しかし、どさくさに姫のことを悪く言うのはやめてもらえ――」

「だまれ! 肉を肉と呼んで何が悪い! この肉好きさんめ!」


 ぐりぐり、ゴミ魔剣のさやで、ザドリーの頬をつついた。ザドリーは苦しそうに顔をしかめた。なお、一回戦と同様に超絶回復魔法チームの働きにより、ティリセにぼこぼこにされた顔の形は、今はすっかり元に戻っている。


「この際だから、はっきり言っておくけど、俺はもう、お前を息子かもしれないなんて、口に出さないことにする。次にお前との関係を聞かれたら、きっぱりと赤の他人だって答えることにする。実際、真実はそうだからな! お前みたいなのが息子だなんて、赤っ恥もいいところだからな!」

「ああ……それは一向にかまわない……が、」


 と、なんだか物欲しげに俺の顔をじっと見つめる残念なイケメンがそこにいた。


「なんだよ。何か言いたいことがあるなら、はっきり言え」

「君に渡したナイフのことだよ。あれは僕の本当の父の形見なんだ。君が僕を見限って、絶縁するというのなら、最後に僕に返してくれないか――」

「はあ? お前、何寝ぼけたこと言ってんの? あれは元は俺のものなんだぞ。お前なんかにやるわけないじゃん」

「え……じゃあ、せめて、あれがどうして僕の父の手に渡ったのか教えて――」

「そんなん知るかよ。何年前の話だと思ってるんだ」

「いや、元は君のものなんだろう? だったら、何かの手がかりだけでも思い出してくれてもいいじゃないか」

「やだね。たとえ、思い出しても、今のお前には絶対教えたくないもんねー」


 べーっと、舌を出して、全力で拒絶する俺だった。とにかく、今は、ひたすらザドリーにむかついているのだった。


「智樹様、そんな言い方、ひどいですよ。試合で負けたのは、別に悪気があったわけじゃなくて、単にザドリーさんが弱かっただけなんですから」


 と、ユリィがフォローするように、追い討ちをかけてきた。ザドリーはその一言に「う……」とうめいて、がっくりとうなだれた。


「でもなあ、ユリィ。相手はあのティリセだぞ。本職は魔法使いで、格闘技なんて、ネタや酔狂でちょっとかじった程度に違いないやつなんだぞ。それに負けるって、いくらなんでもありえないだろ。男として」

「え……彼女は本当は魔法使い?」


 ザドリーは今度はぎょっとして顔を上げた。


「う、嘘だろう? あれだけ卓越した武術の使い手が、本当は魔法使いだなんて……」

「いや、マジだから。俺、昔あいつとパーティ組んでたし」

「昔? まさか、彼女は勇者アルドレイの冒険者仲間だったっていうのか?」

「そうだよ。一緒になんとかっていうゴツい竜を倒した仲だよ」

「なるほど! 通りで強いわけだ! 昔の君の仲間なんだからなあ」


 と、とたんに、ザドリーはほっとしたようだった。なんだこいつ? まさか、自分を負かした相手がそれなりの熟練者だったと知って、負けても恥ずかしくないって思ったのか? むかついたので、その安心顔に拳を一発叩き込んでおいた。どごっ! ザドリーは鼻血を撒き散らしながらのけぞった。


「ザドリー、お前は一人の剣士として、致命的な弱点がある。それはその、微妙に腐った根性だ! 強い相手なら、負けても恥ずかしくない? そんなわけないだろ! 大勢の観客の前であんな醜態を晒しておいて、恥ずかしくないわけないだろ! もっと熱くなれよ!」

「あ……ああ……」


 ザドリーは鼻血を手でおさえつつ、うなずいた。


「智樹様、そんなに怒らなくても。二回戦まではまだバトルロイヤルの敗者復活戦がありますよ。それでまた勝ち上がってくればいいじゃないですか」


 ユリィが俺をなだめるように言った。


「そ、そうだ! 僕はまだ終わっていない! 僕に失望するのは、敗者復活戦が終わった後にしてもらおうか!」

「はーん? お前、まさかそれで勝てると思ってるの? 一回戦も二回戦もあっさりやられたお前様が?」


 俺は鼻で笑うほかなかった。


「勝てる! そして、必ず君の待つ高みへ、決勝戦まで進んでみせる!」


 俺に一発殴られたせいだろうか、ザドリーは何か吹っ切れたような勢いだ。


「そうか、そうか。ま、せいぜい、がんばれよ?」


 適当にそう言うと、俺たちはそのままザドリーの控え室を出た。


 そして、俺たちが次に向かったのは、イリス選手とやらの控え室だった。ちょっと名前を変えているが、どう見てもあいつはティリセだった。いったい何のつもりでこの大会に出ているのか、それに、いったいどういう経緯でこの大会に参加できたのか、大いに気になるところだったからだ。


 そしてそれは、控え室に入る前にすぐに明らかになった。その扉は少し開いていて、中から話し声が聞こえてきたのだ。


「スーハ様、見た? あたしの超活躍、見た? あのザドリーっていうヘボ男、あたしの拳で瞬殺よ? マジ、すごいでしょ?」


 魔法で電話しているようだった。その相手はあの王弟スーハ。疑問が一瞬で氷解した瞬間だった。


「あいつ、たぶん、王弟に金を積まれて大会に出たんだな。王様の手ごまのザドリーを倒すために。参加枠も王弟レベルなら、融通が利くだろうし」

「ザドリーさんが敗退すれば、王弟さんは、政治的に有利になりますからねえ」


 俺とユリィは顔を見合わせ、うなずいた。


「でも、ティリセ様って、魔法抜きでもかなり強いみたいですし、ザドリーさんを倒すどころか、このままだと決勝で智樹様と当たる可能性もあるんじゃないですか?」

「そうか。ヘタするとあいつと戦うことになるのか」


 うーん。それってどうなんだろう。俺があいつに負けるとは思えないが、なんだか嫌な予感がするぞ。


「まあいい。もしあいつが決勝まで勝ちあがってきたら、全力でぶちのめすことにしよう」

「え? 優勝したくないから、わざと負けるつもりじゃないんですか?」

「他の相手ならともかく、あいつ相手に負けるのはむかつく。それに、あいつが王様の手ごまの本命の俺を倒したってことになったら、王弟にボーナスとかもらえるだろ、絶対。そんな、あいつの利益になるようなことは断固として阻止しないとな!」


 そうそう、あのクソエルフは俺の遺品を臭いとか抜かしやがったからな。試合になったら、遠慮なくボコボコにしてやるぜ。ここは、そういう場なんだしな。


「あ、でも、あの匿名希望さんも、相当強かったですよね。あの人が勝ちあがってくる可能性もあるんじゃないですか」

「まあ、そうだな。あいつ相手なら、無理に勝つ必要はないか」


 俺たちは、その後、すぐにVIP観客席に戻った。ちょうど話をしていたあの匿名希望選手の試合が始まったところだった。だが、ステージにその姿はなかった。いくら待っても、やつは現れなかったのだ。


「えー、ここで、みなさまに残念なお知らせがあります。匿名希望選手は、何らかの事情により、この場に来られないということです。よって、この勝負、匿名希望選手の不戦敗となります」


 やがて、実況が観客たちにこう言った。


「あの人、二回戦で負けたってことは、まさか敗者復活戦に出るんでしょうか?」

「え、それって、つまり……」


 ザドリーはあいつを倒さないと勝ちあがれないのか。


「無理だな。あいつの大会はここで終わりだ」


 もうネムを派遣して助ける気にもなれなかった。その他大勢の選手と一緒に、あのハルバードで串刺しにされるザドリーの姿しか、想像できなかった。

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