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「まあ、忘れてるならしゃーない。改めて自己紹介するで。ワイは、ワーフォックスのマオシュ・ルナシス。見た目どおり、とってもキュートでかわいらしい一族や」


 ここは匿名希望さんの選手控え室。俺とユリィの目の前で、身長百二十センチくらいの、もふもふのキツネさんが、二足歩行でしゃべっている。その隣には、大きな全身鎧が直立不動の格好で立っており、手にはハルバードを握っている。


「で、得意技は機械いじり。魔化技工士や。これなんか、ワイの自信作やで」


 と、マオシュはそこでバンザイするように、両手を上げた。すると、隣の全身鎧もまったく同じ動きをした。次に体操するように、マオシュは上体を前と後ろに傾けた。やはり全身鎧も同じ動きをした。


「なるほど、こいつはお前の意思で動く仕組みの機械ってわけか」

「せやで。こんな重いもん、ワイの細っこい手足の力で動かせるわけないやん? いわば、これは、ワイ専用の超ハイテクのパワードスーツなんや」


 マオシュは鎧の背中側に回り込み、何か操作して、パカっと外側の鉄板を観音開きにすると、鎧の中に入り、閉めた。


「どや? なかなか、ええ動きするやろ、これ?」


 マオシュを格納した全身鎧はバレリーナのようにくるくると回転した。確かに、なめらかで実にいい動きだ。試合の様子から、パワーもスピードもあるようだし、普通の人間以上に動ける感じだ。


「でも、武芸大会ってこんなの使っていいんでしょうか?」


 と、ユリィが疑問を口にした。


「まあ、特に規定はないが、アウトやろな。あくまで武芸大会なんや。おのれの鍛え上げた武芸を競う大会なんや。カラクリのすごさを誇る大会とはちゃうからなー」

「じゃあ、お前はいくら勝ち進んでも最終的に反則負けだったんじゃねえのか」

「せやな。さすがにどっかでバレてたと思うしなー」


 鎧の中から実に能天気な声が響いてくる。


「そう思うなら、お前はなんでその強化外骨格みたいなので大会に出たんだよ。勝っても意味ねえじゃねえか」

「ま、新作の試運転ってところや。ワイ、この手の戦闘用のスーツ作ったの初めてやし、これでどこまでやれるんか、ちょっと試したかったんや」

「へえ、戦闘用の機械を作ったのは初めてなんですか。それであんなに戦えるってすごいですねえ」

「せやろ? ワイ、控えめに言って天才やし? もっと褒めてーな」


 ユリィの賛辞に、鎧の中のキツネはご機嫌のようだ。


「でも、あのザドリーに負けたんだから、たいしたことはないんじゃないか。もっと改良の余地があるんじゃ――」

「ああ、それなー。ここだけの話、わざと負けたんや」

「え」

「わい、試合の前に、そういう約束してんねん。この国の、お姫さんと」

「え……姫って、あの?」


 肉か? あの肉の塊なのか?


「つ、つまり、それはどういうことなのかな、キツネさん?」

「いやー、どうもこうもないで。あの銀髪のぼんがティリセ……あ、この大会じゃイリスって名乗ってたな。まあ、どっちでもええわ。とにかく、あの銀髪の坊があの性根の腐ったエルフの娘にボコボコにされた直後に、ワイは、この国の姫さんに、魔法の秘密の通信でお願いされたんや。銀髪の坊を三回戦まで勝ち進められるようにしてくれやって。ワイ、ぶっちゃけ、この大会で勝ち進むこと自体、あんま興味なかったし、それなりにお礼してくれるって言うから、まあええかなって思って。お姫さんの頼みを聞いてやることにしたんや。で、わざと二回戦の試合をすっぽかして、不戦敗にして、敗者復活戦で、あいつ以外のほかの選手を全部倒して、あいつに負けてやったんや。そうすりゃ、おのずとあの銀髪の坊が三回戦進出できるやろ? 我ながら、なかなかうまいやり方やで」

「そ、そう……」


 なんだその真実。あいつ、実力で勝ったわけじゃなかったのかよ!


「智樹様、今の話が本当だと、ザドリーさんはまた不正で勝ち上がったことに――」

「言うな、ユリィ! あいつは何も知らないんだ! 真実は俺たちの胸の中だけにとどめておくんだ!」


 そう、不正なんて何もなかった! それでいいんだよ、ハハ。


「し、しかし、お前、あのイリスがティリセだって知ってるんだな。あいつとも知り合いなのか?」


 とりあえず、気まずすぎる話題を変えることにする。


「だーかーら! ワイは、アル、お前のかつての冒険者仲間やったんやぞ。あいつのことも知ってるに決まってるやん?」

「いや、お前みたいなもふもふとパーティーを組んでた記憶はないんだが?」

「あ、もしかすっと、ワイの本当の姿とは違う感じで覚えてるんかも?」


 と、マオシュは鎧を操作し、首もとの小さなでっぱりを指でいじった。たちまち、そこから声が聞こえてきた。


「やあ、アルドレイ。僕はマオシュ。戦闘はできないけれど、アイテム使いとして、君の冒険を全力でサポートするよ」


 さわやかな青年の声だった。そして、それはとても聞き覚えがあった。そう、俺はかつて、この声の男と一緒に冒険したことがある気がする……。


「ああ、思い出したぞ! この声、鑑定士のマオさんか!」


 瞬間、俺のまぶたに、かつての冒険者仲間、マオさんの顔が浮かんだ。ちょび髭がトレードマークの人のよさそうな顔をした男の顔が……って、あれ?


「なんで、マオさんの声をお前が再現してんだよ」

「そりゃ、そのマオさんって、ワイやし」

「どこがだよ。何もかも全然違うじゃねえか」

「見た目はなー。あのときはあのときで、人間擬態用のスーツ着てたし? キツネバレしてなかったし?」

「なにそれ? 俺の知ってるマオさんの中身はお前だったって言うのかよ」

「せやでー」

「せやでー、じゃねえよ! 地味にショックなんですけど!」


 なんかすごく軽いノリで、衝撃的なカミングアウトされた気持ちなんですけど!


「智樹様、そのマオさんという方はいったい?」

「ああ、勇者時代に半年ぐらい一緒に旅をしたことがあったんだよ。アイテム鑑定士のマオさん。博識で、手先が器用で、何かと世話になったっけかな。まさか、人の着ぐるみを被ったキツネだったとは思わなかったが……」

「いやー、ワイ、希少種族やし、見ての通りチャーミングやろ? 悪いやつらに、めっちゃ狙われる体質なんよ。実を言うと、ワイの親兄弟もだいぶ売りさばかれてんねん。だから、人間のふりしてただけなんよ、ほんま」


 わりとヘビーな裏事情なのに、キツネさん、相変わらずノリが軽い。


「じゃあ、俺がお前を見ても、思い出せないのは当たり前じゃねえか。ちゃんとマオさんって名乗れよ」

「何言うてんねん。昔も今もワイのにおいは同じなんや。見た目が違っても、わかるはずに決まってるやん?」

「いや、ケモノじゃないんだから、においで識別はちょっと」


 二足歩行して人の言葉を話しても、所詮はケモノか。


「まあいい。お前が誰か思い出せて、すっきりしたぜ。あのマオさんと久しぶりに会えたってのも感慨深いもんだしな」

「せやな。かつて世界を救った勇者様との懐かしい再会やー」


 マオシュは鎧のまま力いっぱい抱きついてきた。痛い。すぐに離れた。そして、ユリィとともに控え室を出た。


 次に俺たちが向かったのはイリス選手こと、ティリセの控え室だった。一応はマオシュのことについて話しておこうと思ったのだ。たぶん、あれがマオさんだと気づいてないと思うし。


 だが、その控え室の前まで来て、中からこんな声が聞こえてきて、思わず俺たちは足を止めてしまった。


「えー、スフィアーダ様ともあろうお人が、まさかそんなはした金しか用意できないわけじゃないですよね? あたし、これでもこの大会に命かけてるんでぇ、そんな金額じゃあ、当然、心動かないって言うかあ、また全力でザドリーって人をボコるだけって言うかあ?」


 こ、この会話は……。俺はとっさに懐からトーナメント表を出し、見た。すると、二回戦の敗者復活戦で勝ち残った選手、すなわちザドリーは、三回戦でイリスと当たるようになっていた。


「智樹様、これはもしや、また不正の話――」

「言うな、それ以上。俺たちは何も聞かなかった。あいつは実力で勝ちあがってきただけだし、これからもきっとそうだ。そ、そうに決まってる……はは」


 なんという茶番。この大会、裏で汚い動き多すぎだろ……。真相を知るたびに、苦笑いするしかない俺だった。

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