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「おおーっと! これはいったいどういうことでしょう! 前回優勝者のザドリー選手、匿名希望選手に一瞬のうちに倒されてしまいました! この大会が終わったら結婚を申し込むと宣言したばかりなのに、血痕を撒き散らして無残に敗北してしまいました! これは実に予想外の展開ィ!」


 と、ノリノリで実況が解説する中、壁に串刺しで磔にされているザドリーのところに、治療魔法チームがすっ飛んできた。そして、彼らは迅速に魔法でやつを治療し、タンカに乗せて控え室のほうに運んでいった。


「ここで入ってきた情報によりますと、ザドリー選手、命に別状はないそうです! よかったですね! これで愛しの女性とも結婚できるものです! 彼のプロポーズが受け入れられるかはわかりませんが!」


 明らかに即死レベルの一撃だったが、無事なのか。さすが超絶治療魔法チーム。とりあえず、やつの様子が気になるので、ユリィと一緒に席を立ち、控え室のほうに行ってみた。


 控え室の扉を開けて、まず目に飛び込んできたのは、ベッドに腰掛けて、ぐったりとうなだれている銀髪の男の姿だった。身に着けているものはズボンだけで、長い髪もぼさぼさのまま肩に流している。胸には包帯を巻いているが、傷はもう完全に治っているような様子だった。


「よう! いきなりワンターンキルされて、どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち?」


 俺はあえておちゃらけて、ザドリーの周りをぴょんぴょんしながら煽ってみたが、よっぽど落ち込んでいるのだろう、まったく反応がなかった。なんだよ、クソ。これじゃ俺、バカみたいじゃんよー。


「ザドリーさん、気持ちはわかりますが、まだあきらめるのは早いですよ。敗者復活戦があるじゃないですか」


 ユリィは懐から大会プログラムのパンフレットを出し、それを広げて、ザドリーのひざの上に置いた。見ると、なるほど、一日目の最後に一回戦敗者復活戦なるものがあるようだ。


「へえ。敗者復活戦は、一回戦で負けたやつ全員がいっぺんに戦う、バトルロイヤルなのか」


 なかなか面白そうな趣向だ。最後に残った一人が、二回戦に進めるってわけだ。


「ようはこれに勝てばいいんだろ。相手は全員一回戦で負けたやつなんだし、お前、そこそこ強いから、余裕だろ」

「……余裕なもんか」


 ザドリーはうつむいたまま、弱弱しく首を振った。


「僕はもう、ダメだ。あんなたいそうなことを言っておきながら、何もできず、一方的にやられてしまった。きっと次も負けるに決まってる。そしてまた、無様な姿を晒してしまうんだ……」


 完全にメンタルをやられているようだ。まだ言葉は正常なので、プチハーウェル状態って感じか。


「そうか、じゃあ、とっとと棄権するんだな」

「ああ、そうするよ。トモキ、すまない……」

「え、なんでお前、俺に謝るの?」

「僕たちは決勝で戦うという約束をしただろう。それを僕は守ることができなかった。本当にすまない」

「いや、別に。俺、特別、お前と戦う必要ないし?」

「え」

「お前が相手だとわざと負ける演技もやりやすいかなーって、そう思ってただけだし? 他のやつが相手でも、負けるつもりだし?」

「な、なんだと! 君はこの期に及んで、まだ本気を出さないつもりなのか!」

「だって、俺、別に優勝したくないし……」


 優勝することで、もれなくあの王様に政治利用されるコースに入ってしまうからな。それは勘弁だ。


「じゃあ、君が決勝で負けたら、誰がスフィアーダ姫と結婚するっていうんだ?」

「誰とも結婚しないだろ。俺たち以外のやつが優勝しても、政治的には何の意味もないし。元々、この大会は、庶民で、何の後ろ盾もないお前を全力でヨイショするためのものだったんだし」

「では、今のこの大会はいったいなんだっていうんだ!」

「ただの楽しいお祭りだろ。興行的には黒字っぽいし別にいいんじゃね」

「よ……よくない!」


 ザドリーは顔を真っ赤にして怒鳴る。


「よくないって、どのへんがだよ? 自分が負けた以上、『たのしいお祭り』とは、とうてい言えないってところか?」

「違う! 君の代わりに優勝するであろう選手だ。それはきっと、王弟スーハ公の息がかかった人物に違いない。だからだ」

「だからだ、じゃねえよ。だからなんなんだよ?」

「わからないか。そうなることで、王弟が政治的に有利になる可能性がある。すると、あの姫の立場はどうなる? ただでさえ、病弱で、引きこもりがちなのに、増長した王弟によって、さらに窮地に立たされる可能性が――」

「ねーよ」


 あの肉姫をあれ以上、どう政治的に不利にしろっていうんだ。あの肉だけで、十分すぎるほどの悪材料だろ。だから、王様もザドリーや俺とセットにして利用しようって考えてるんだろうし。どう考えても、あの肉姫単独だと、王位があまりにも遠すぎるからな。


「つか、王弟が次の王様になって何が悪いんだよ。あの小太りと肉姫親子よりはいくらなんでもマシだろ」


 そうそう、あのヅラデブ親父、ぬれねずみになってる俺を扇子で扇ぎやがったんだよな。あれは寒かったな。あんな空気の読めない人は、とっとと王様を辞めるべきだと、俺は思いますー。


「君は、まさか、スフィアーダ姫の政敵である王弟の肩を持つっていうのか! そ、それはつまり、僕への宣戦布告と同じ――」

「落ち着け。そもそも、お前がこの大会の一回戦で負けるのが悪い」

「う……」

「あーあ。お前が無事に決勝まで勝ちあがってくれば、すべては丸くおさまるはずだったのになー。お前は勇者アルドレイである俺に勝ち、真の英雄として崇められ、貴族の爵位も獲得し、姫とも結婚できたのになー。いやー、残念だったなー。まさか初戦敗退とはなー」

「ぐ……うう……」


 ザドリーはたちまち真っ青になり、再びベッドの上でうなだれてしまった。


「智樹様、いくらなんでも、今の言い方はひどいですよ」


 ユリィが見ちゃいられないという感じで俺たちの間に割り込んできた。


「ザドリーさんも、そんなに落ち込まないで。まだ、敗者復活戦があるじゃないですか」

「そ、そうか! 僕はまだ終わったわけじゃないのか……」


 ザドリーはちょっと元気になったようだった。あくまでちょっとだけ。


「まあ、せいぜいがんばれよ。決勝で待ってるからな」


 そう言うと、俺たちはそのまま控え室を出た。


「しかし、あいつ、バトルロイヤルなんて荒っぽい試合で、ちゃんと勝てるのか?」


 コロシアムの通路をユリィと並んで歩きながら、俺は首をかしげた。


「そうですね。ザドリーさん、あんまりそういうの、やったことなさそうですし」

「だよなー。なんか優等生っぽいんだよな。メンタルもかなりアレだし」


 しかし、これ以上あいつが負けると、まためんどくさそうなことになりそうだ。プチハーウェル状態から、本ハーウェル状態に悪化するかもしれない。何より、決勝戦で当たる相手があいつ以外だと、八百長が通用するかわからない。ハーウェルとの模擬戦みたいに、ついうっかり俺が勝ってしまう可能性がある。そうなると……うーん、めんどくさ!


「ん? ハーウェルとの模擬戦といえば、確かあのとき――」


 と、俺はふと、腰に差してあるゴミ魔剣に目を落とした。


「お前は確か、流体金属で、好きなように自分の形を変えられるんだったな?」


 俺はゴミ魔剣をユリィに手渡しながら尋ねた。ユリィの目つきはすぐにおかしくなり、「イエス、マスター」と答えが返ってきた。


「重さも変えられるのか?」

「絶対的な質量を変えることは不可能ですが、人間の感覚を狂わせることで、なんとなく重くなったり、なんとなく軽くなったり思うがままですヨ」

「じゃあ、誰かが使っている剣とそっくりになることも可能なんだな?」

「もちろんです。マスターのお考えどおり、あの野郎の剣とまったく同じにだってなれますヨ?」


 にやり。目つきのおかしい美少女は、ほくそ笑んだ。

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