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やがて、ついにレーナ武芸大会が始まった。なんだか、都についてから今日まで、やけに長かった気がする。たった十日程度のことなのに、いろいろあって、二ヶ月と二週間ぐらい経ったような気分だ。なんでこんなに長かったのか。まあいいか。(※なろう掲載時は実際こんな牛歩更新でしたヨ?)
武芸大会は都の片隅にある大きな屋根なしドーム、じゃなかった、円形のコロシアムで開催された。東京ドーム何個分なのかよくわからんかったが、客席は人でいっぱいだった。人気のイベントらしい。入場ゲート近くにはダフ屋がチケットを高額で売り歩いており、物販コーナーもかなりの賑わいになっているようだった。武芸大会ブローチとか、武芸大会扇子とか、しょーもないものばっかり売ってるようだったが。
ただ、始まったといっても初日は開会式と一回戦だけだった。まだ引っ張るのか、という感じだが、そもそも俺は決勝戦までヒマなので、どうでもよかった。まずは王様が用意してくれたVIP席で、ユリィと一緒に開会式の様子を高みの見物するだけだった。ぶっちゃけ、それは日本の学校の運動会の開会式とあまり変わらないように見えた。そう、五輪とかじゃなくて運動会。王様の開始の挨拶のあと、楽団が音楽を適当に奏でつつ、前回優勝者のザドリーが選手宣誓して、その後、運営代表と思われる偉い人による、ルールや観戦する上での禁止行為の説明など、など……退屈そのものだった。なお、選手宣誓の役は最初は俺に持ちかけられたが、全力でお断りした。そんなかったるいことやってられるかってんだ。
ただ、最後に超絶医療魔法チームによる治癒魔法の実演があって、それはちょっと面白かった。多くの観客が見守る前で、一羽の鶏の首をはねて、三秒きっちりカウントしたのち、蘇生させたのだ。
「我々はこのように万全の治療体制で大会に臨んでいる! 選手たちは、大いに競い合い、真剣で遠慮なく殺しあってくれ! 寸止めなど笑止千万! 求められるのは、生死を賭けた戦いのみである!」
と、治癒魔法チームの代表らしきおばさんが高らかに宣言すると、観客たちは大きく歓声を上げた。なるほど、マジで殺しあう試合になるからこそ、この人気ってワケか。治癒魔法が存在するこの世界ならではって感じだ。
「えー。なお、死亡後四秒以上経過すると、蘇生の成功率は著しく低下します。そのへんはまあ、仮に蘇生失敗しても運が悪かったとあきらめてください。そういう規定なので。あと、この鶏はあとでスタッフがおいしくいただく予定です。以上」
と、さらに運営委員らしいおっさんが補足説明した。最後の情報は別に要らないわけなんだが。せっかく蘇生された鶏の運命、不条理すぎるわけだが。死刑囚の少年を助けたBJ先生の話を思いだすんだが。……まあ、いいか。
「さて、かったるい開会式も終わったし、そろそろ一回戦か」
「今日は一回戦を全部やって終わりですね」
VIP席の俺とユリィは、それぞれの手持ちのトーナメント表を広げ、目を落とした。
「あ、ザドリーさんの試合ってわりとすぐじゃないですか。意外ですね。前回優勝者なのに、シードじゃなくて一回戦から試合をするなんて」
「まあ、シードにすると、そのぶんあいつの試合の数が減るからな。運営としてはそれは困るんだろう」
「どういうことですか?」
「あいつは人気者らしいからな。特に女には」
俺はちょうど向かい側の観客席の一角を指差した。そこにはザドリーの親衛隊のような女が密集しているようだった。みな、やつの似顔絵が描かれたハッピのようなものを着ている。『ザドリー様、めざせ連覇!』の横断幕を掲げている者もいる。まるでアイドルだ。いやまあ、実際そんなようなもんのはずなんだが。
「王様たちは、俺を抱き込んだとたん、手のひらを返してザドリーをポイ捨てにしたのに、あいつらはそうじゃないんだな。ま、腐ってもイケメンってことか」
「政治のこととか関係なく、ザドリーさんっていい人ですからね。みんなに慕われているんでしょう」
と、そんなことを話している間にも一回戦は順調に消化されていき、やがてザドリーの番になった。やつがコロシアム中央の特設ファイティングステージに上がると、たちまち観客席から黄色い声援が飛んできた。うむ、まさにアイドル。ザドリーもイケメンスマイルで観客席に手を振った。そのもう片方の手には、片手剣が握られている。
で、続いてステージに入ってきた対戦相手はというと……全身鎧の大男? そう、頭のてっぺんから足のつま先まで、フルプレートで武装している男だ。手には三メートルはありそうなハルバードを持っている。
「えーっと、あいつの名前は……匿名希望?」
そう、トーナメント表にはそれしか書かれてなかった。
「匿名で大会に出られるのか。つか、なんで顔も名前も隠してるんだ」
「恥ずかしがりなんでしょう、きっと」
「じゃあ、せめて偽名にしろよ……。なんか微妙に、中の人が気になるじゃねえか」
と、俺がつぶやいたところで、鎧の男がザドリーに何か話しかけたようだった。なんだろう? やがてザドリーは首を振り、二人の話はそれで終わったようだった。
そして、直後、親切にも運営が用意した実況により、その会話内容が解説された。
「えー、ただいま、匿名希望選手がザドリー選手に、こう提案したそうです。自分はリーチのある槍斧を使って戦うつもりだが、それだと、剣で戦う貴殿に対し、あまりにも有利である。ゆえに、貴殿もリーチのある武器に持ち替えてはどうかと。そして、ザドリー選手はそれを断ったそうです。たとえ不利でも、剣一本で勝ち進む覚悟だそうです! なんと勇ましいことでしょうかー!」
おおお、と、たちまち観客席から拍手が沸きあがった。いや、そんなたいした覚悟じゃねえだろ。俺だって、勇者時代はほぼ剣だけだったぞ。相手に合わせて武器を使い分けるのがめんどくさかったからなー。
「それと、ザドリー選手のほうから、試合前に宣言しておきたいことがあるそうです」
と、実況が言うや否や、審判らしき男がザドリーにマイクを手渡した。ザドリーは軽く咳払いした後、マイクに口を当て、観客席に向かって高らかに叫んだ。
「聞いてくれ、みんな! 僕はこの大会が終わったら、ある女性に結婚を申し込もうと考えている!」
「な――」
いきなり何を言ってるんだ、あいつは。俺は驚いた。周りの観客たちも同様らしく、みな、声を失い、唖然、呆然としたようだった。
「あ、あいつ、何フラグ立ててんだよ……」
嫌な思い出がフラッシュバックしてきて気分が悪くなってきた。俺も昔、大事な戦いの前にあんなようなことを口走っていたものですよね。結果は……うっ!
「だから、どうかみんな、僕を応援してくれ! 僕たちの愛のために!」
ザドリーはさらに自信たっぷりに言うが、観客たちの反応はなかった。シーンと、実にしらけたものだった。そりゃそうだ。いきなり愛とか言われても、困るってモンだ。特に、親衛隊の女たちなんて、応援できる気分なわけはないしな。
しかし、恋は盲目。ザドリーはもはや、そんな観客たちの反応などどうでもいいようだった。自信たっぷりの表情のまま、マイクを返し、剣を手に構えた。鎧の男も空気を読み、すぐにハルバードを構えた。いよいよ試合が始まるって感じだ。
「ザドリーさん、あんな宣言して、大丈夫でしょうか」
「ま、大丈夫だろ。まだ一回戦だ」
そうそう、相手はノーシードだし、あんな重装備で動きにくいはずだし。いくらリーチの差があるとはいえ、軽快な片手剣のザドリーのほうが有利だろ――そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
直後、俺たちは勝敗が一瞬で決するのを目撃した。
そう、試合開始の合図と同時に、鎧男はいきなりハルバードをザドリーに向かって投げたのだ。まっすぐ、すさまじい速さで。
そして、それはザドリーの胸に命中し、やつはハルバードに串刺しにされたまま場外に吹っ飛ばされ、観客席とステージを隔てる壁に激突した。たちまち、壁面に真っ赤な血痕が広がった。大きく、鮮やかに、花が咲くように。
「お、おい……」
いきなり負けかよ! いきなり死亡かよ! フラグ回収早すぎるだろ……。俺は再び呆然とするほかなかった。
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