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「うわあ、大変だよ! お姫様が魔物に変身しちゃった!」


 と、ジオルゥは驚きの声を上げた。


「いやいや、これは魔物じゃなくて、ただのデブだから」


 おそらくこのレベルのデブは見たことないんだろうが、いきなり魔物呼ばわりとは、容赦がなさ過ぎる。さすが子供……。


「デブって太ってるだけってこと? でも、それでこんなに体がふくれるってあるの?」

「あるよ」

「えー、ないよー。やっぱ魔物じゃないの、こいつ?」

「いいからちょっと黙ろうか?」


 ティリセの胸の件といい、天然の鬼畜か、このお子様は。


「さ、さっきからお二人ともひどいですわ! わたくしは、魔物でも、ただのデブでもありませんことよ!」


 と、肉の塊がにわかに口を聞いた。


「ああ、悪かった。あんたはクリーチャーとか、妖怪ぬっぺふほふとかそっち系だったな」

「違います! わたくしは病気なのです! それでこのような体になってしまったのです!」

「病気、ねえ……」


 俺はちらっとサキのほうを見た。全てをお見通しという感じの女は、苦笑いしていた。うーん、この表情を見るに、やっぱりこいつは、ただの……。


「じゃあ、聞きますけど、今日の朝は何を食べました?」

「朝は、軽く、キッシュを三皿と、ブラックベリーのクランブルを五枚だけでしたわ」

「軽く?」


 重いよ! めっちゃ食ってるよ!


「じゃあ、お昼ごはんは?」

「お昼は、軽く、キドニー・パイとローストビーフとレーナうなぎのシチューとガレットと黒パンとうずらの丸焼き――」

「あ、はい、もういいです」


 お昼もがっつりメニューだよ! どこの力士部屋だよ。


「結論から言います。あんたはやっぱりただのデブです。原因は単なる食いすぎ!」

「そ、そんなことないですわ!」

「あるよ」


 そうそう。デブはみんなこんなふうに言うんだよな。自覚ないっていうか、あっても、「ぽっちゃり系」とかソフトな単語に逃げるっていうか。自分が実に頭の悪い、単なる食いすぎデブだって認めたがらないんだよな、マジで。


「え、魔物じゃなくて、本当にただ太ってるだけだったの? それでこんなに体が大きくなるの? すごいね!」


 ジオルゥは素直に感動しているようだった。物珍しいのはわかるが、無遠慮にもほどがある。


「殿下、そのお体が病気と思われているのなら、治すのはとても簡単ですわ。食事の量を減らせばよいのです」


 と、サキはストレートに正論を説くが、


「まあ、わたくしは病気なのですよ! それなのに食べる量を減らしたら、死んでしまいますわ!」


 さすがクソデブ肉姫。脳にも脂肪がつきまくっているのだろう、もはや常識が通用しないようだ。


「それに、最近トーマスが教えてくれたのですが、ジ・アルアール茶というもので、わたくしの病気は改善するそうですわ。だから、毎食後、かならず飲むようにしていますの」

「い、いや、やせるお茶とかないから! まず食うのをやめろ!」


 出たよ、デブ特有の思考回路。やつら、痩身効果のある?お茶さえ飲んでれば、いくら食っても大丈夫とか思ってやがるんだよな。お茶ごときに含まれるなんとかポリフェノールとかで、食ったもんのカロリーが全部チャラになるわけねーだろ。医薬品じゃねえんだから。


「トモキ、さっきから黙って聞いていれば、君はずいぶんと失礼なやつだな」


 と、突然、ザドリーが俺と肉姫の間に割り込んできた。


「一人の女性を捕まえて、魔物だのクリーチャーだの、いくらなんでもひどい言いようじゃないか」

「いや、俺は魔物とまでは言ってない――」

「だいたい、彼女のどこが『ただのデブ』なんだ? こんなに美しい女性を目の前にして、そんなことよく言えたものだな!」

「え? 美しい?」

「見ればわかるだろう! こんなにも彼女はふっくらしていて、肌は脂ぎってツヤツヤで、段のついたたるんだ腹は実に肉感的で、女性らしい美しさに満ちているじゃないか」


 ザドリーはそう言うと、肉姫に向かって跪き、その手を取って軽く口付けした。見ると、やつの表情はうっとりとしていて、肉姫に心酔しているような感じだった。


「わ、わたくしが美しい?」


 肉姫も、ザドリーの発言に心底びっくりしているようだった。そりゃそうだ。


「はい。僕は、あなたのようなお美しい女性に出会えて、幸せです」


 ザドリーは真剣そのものだった。あれは、嘘をついている目じゃない……。


「……あいつ、デブ専だったのか」


 薬で痩せてるときは無反応だったのに、この豹変っぷりは、ちょっと。イケメンのクセに特殊性癖部だったのかよ。引くわー。


「でも、そこの二人は、わたくしのことをよってたかって、魔物だのなんだの――」

「彼らは本当の美しさを知らないだけなのです。だから、とっさにそんな言葉が出てしまったのです」


 なんかしれっと俺たちのことをディスりはじめてるぞ、あのデブ専イケメン。


「あなたは本当にきれいです。まさに僕の理想の女性そのものです」

「まあ、こんなわたくしに、そんなことを言ってくれるなんて、あなたは……」


 なんか肉の塊も次第にザドリーに心奪われていっているようだ。目がうるうるしはじめている。さっきまでそいつのことをボロクソに言っていた美少女姫はどこに行ったよ、マジで。


「ああ、しかし、運命とはなんと残酷なのでしょう。僕は少し前までは、あなたと結ばれる予定でした。しかし、今はもう、僕は政治的にはまったく用済み、無価値の存在で、あなたを手に入れられる立場ではない……」


 ザドリーは心底悲しそうに顔をしかめてうつむいた。いや、別に手に入れる必要ないだろ、あんな肉姫。


「ザドリー様、そんなことおっしゃらないで。まだ、わたくしたちが結ばれないと決まったわけではありませんわ」


 肉姫、もはや完全にザドリーに落ちている。どんだけチョロいんだよ、この肉。


「今度の武芸大会であなた様がアルドレイを打ち破れば、きっとわたくしたちは結婚できますわ」

「彼を? いや、それは僕にはとても――」

「勝てますわ! わたくしたちの愛の力があれば、あんな、どこぞの馬の骨なんて一撃必殺ですわ!」


 どさくさに俺の呼び方もひどいことになってるぞ、肉姫。


「お願いです。今度の大会、絶対に優勝してください。あなたなら、必ずできますわ!」

「……わかりました」


 二人は固く抱き合い、誓い合った。肉の塊に銀髪のイケメンの細い体が埋没していくような、ひどい光景だったが。


 やがて、姫は薬を飲み、やせた姿に戻ると、王宮へ帰っていった。


「ま、まあ、細かいことはともかく、お前がやる気になったのはいいことだ。俺も全力でお前に負けてやるからな!」

「何を言っているんだ、トモキ。僕は八百長で君に勝つつもりなんかないぞ」

「え」

「愛する女性を手に入れるために、僕は戦うんだ! 八百長なんて汚いことできるわけない!」

「い、いや、そこはやろうよ? 別に俺、優勝したくないし」


 優勝すると、もれなくあの肉姫と結婚させられるらしいからな。


「何を言う。君はあの勇者アルドレイなんだろう。誰もが認める英雄だろう。だったら、男と男の真剣勝負を拒む理由なんてないじゃないか」

「あるよ」

「とにかく、僕は八百長なんてしないからな!」


 ザドリーは威勢よくタンカをきると、そのまま屋敷を飛び出して行ってしまった。


「また一段と、めんどくせえことになったな……」


 俺はもう、あきれるほかなかった。

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