40
宴が終わると、俺はすぐにユリィとともに屋敷に戻った。手紙の通り、すでにティリセは旅立った後の様だった。屋敷から高価なものがいくつか消えていたからだ。あいつが盗んで逃げたに違いなかった。立つ鳥跡を濁さずと昔から言うのに、あのクソエルフと来たら……。相変わらずの全力のクズっぷりにあきれる思いだった。
そして、同時にそんなクズが、いち早くどこかへ旅立ったことに、一抹の不安を覚えた。大災害の前には、ねずみのような小動物がまず逃げ出すって言うからな。やっぱり、サキの言うように、何かとんでもない大物の魔物がこれから都に来るってことなんだろうか。そう、あのクソエルフが逃げ出すレベルの。
まあ、考えてもしゃーないか。
とりあえず、そのへんのことは忘れて、その日は寝た。
そして、翌日――。
「いいか、ザドリー。全ては俺とお前の演技力にかかっている!」
屋敷の中庭で、俺は銀髪のイケメンととある芝居の稽古をしていた。
「トモキ……君は本当にマジメに試合をするつもりはないのか?」
ザドリーは俺と違って、全然やる気がないようだった。やれやれという感じでため息を漏らした。
「バカ。こういうのは事前の練習が大事なんだよ。いいか、おそらく決勝で俺たちはぶつかる。そのとき、お前は俺にかっこよく勝って、真の勇者の称号を手に入れるんだ! そして、晴れて俺はお払い箱で、自分の世界に帰る……うむ、カンペキな計画だ!」
「どこが? 穴だらけだろう」
ザドリーは鼻で笑い、うんざりしたように、携えていた木刀を下に放り投げた。
「まず、第一に、君と僕とでは実力に違いがありすぎる。君のほうが圧倒的に強い。それなのに、わざとらしい八百長をして、僕が勝って何の意味があるんだ? 僕は別に真の勇者の称号なんて欲しくないんだが」
「いや、そこは欲しがれよ?」
「いらない!」
「えー」
なんなのこの石頭のマジメ君。俺はただ、アルドレイの名前に釣られて俺にたかってくる連中をこいつに全部押し付けたいだけなんだが? そのための八百長の練習なんだが?
「ねえ、そもそもトモキって、ザドリーおにいちゃんと本当に試合することになるの?」
と、そばで俺たちの稽古の様子を見守っていたジオルゥが尋ねてきた。
「武芸大会ってトーナメントでしょ? トモキはともかく、途中でザドリーおにいちゃんが誰かに負けちゃったりしたら――」
「はっはー。お子ちゃまはこれだから。何にもわかってないな、汚い大人の世界ってやつを」
今度は俺がジオルゥを鼻で笑う番だった。
「いいか、そもそも、今回の大会は、この銀髪君を華々しく優勝させて、国民の人気を超絶集めて、王様に仕立て上げるための、いわば茶番なんだぞ。そう、CHABANN。集められた選手も、当然、こいつより弱いやつらばっかりに決まってるじゃん。だから、こいつが俺にぶつかるまで、負けるわけないっていう――」
「いや、そうとも限らないんじゃないかしら」
と、そこで、少し離れた樹の上から俺たちをじっと見ていた、鎖の変態女が口を挟んできた。
「ゆうべ説明したでしょ、この大会の裏では王弟が暗躍してるって。彼を勝ち上がらせまいと、凄腕の選手を忍び込ませてる可能性はあるわ」
「なるほど、言われてみれば……。こいつは、ほどほどに弱いからガチの相手には負ける可能性もあるな?」
「トモキ、どさくさに失礼なことを言うな! 君が強すぎるだけだぞ!」
ザドリーはむっとした顔で俺をにらんだ。
「じゃあ、わざと負ける練習じゃなくて、トモキとぶつかる前に負けないように、特訓すればいいんじゃない? トモキが前に僕にしたようにさ」
と、ジオルゥ。
「やだよ、めんどくさい」
「それぐらい、やってあげたら? 童貞のお父さん?」
と、サキがまた、いらんことを言う。
「どうて……そうか、それで君は僕が息子でないと断言できたのか」
「う、うっせーな! 察しても、そこはいちいち口に出さないでくれる!」
恥ずかしいから! 顔が熱くなっちゃうから!
「ドウテイって何? サキお姉ちゃん?」
「大人の男になるために通る道のことよ」
なんか外野がまた恥ずかしい会話してるし! ジオルゥ、てめえ子供とはいえ、それぐらいの単語知っとけ! クソが!
と、そのときだった。
「トモキ様。お客様がお見えです」
老執事が、屋敷の一階の窓から俺に向かって言った。
「またか。適当なこと言って追い返してくれよ」
そう、アルドレイと身バレして以来、俺のところにはやたらと貴族連中が押しかけてくるようになっていた。どうせ、どいつも、宴で出会った連中同様、勇者アルドレイに媚を売っておこうって考えなんだろう。そんなのは、すべて門前払いに限るってもんだ。いちいち相手をするなんて、ばからしい。
「それが、今度の武芸大会のトーナメント表をお届けにいらっしゃったそうなのです」
「トーナメント表? ああ、俺がアルドレイとして参加することになったから、ちょっと変更されたんだっけ」
ま、俺、一応最初から参加枠持ってたし、それがアルドレイ名義に変わるだけなんだろうけどな。
「じゃあ、そのトーナメント表だけ受け取って、使者は追い返してくれ」
「いえ、そういうわけには……」
「なんだよ? 相手はただの使いっ走りだろ?」
「それが、違うのです。ぜひとも、トモキ様と直接会いたいとおっしゃられて」
老執事はなんだか困惑しており、どうやら、むげに追い返せない相手のようだ。
「わかったよ。じゃあ、会うだけ会ってみるよ」
俺はそのまま中庭から屋敷の中に戻り、老執事とともに玄関ホールに行った。
すると、そこで俺を待っていたのは、華やかなドレスを着た、金髪碧眼の、フランス人形のような少女だった。そばには従者と思しき黒服の男も立っている。
「まあ、あなたが勇者アルドレイね!」
少女はいきなり俺に抱きついてきた! うお、なんだこれ!
「あ、あの、あなたはいったい――」
「このお方は、レイナート国、第一王女殿下、スフィアーダ様でございます」
と、老執事が言った。
「え、この人、お姫様なの……?」
突然のことに、俺はひたすら戸惑うばかりだった。
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