38

 その翌日の晩、城では急遽、宴が開かれた。その主役はもちろん、俺だった。そう、勇者アルドレイの再来として、ひたすら貴族連中に挨拶回りさせられることになったのだった。それはもう、ただただめんどくさくて、鬱陶しい作業だった。貴族たちは、どいつもこいつも、俺に媚び媚びで、下心が見え見えだった。きっとみんな、あわよくば勇者アルドレイの名前を利用しようと考えているだけなんだろう。政治の世界って汚い。きらびやかな宴なのに、内実はヘドロのように感じられた。


 そして、そんな俺のそばには、オマケのように、銀髪のイケメンがひかえていた。今まで、「アルドレイの息子」としてアイドルやってたボーイ、ザドリーだ。


 貴族たちは、俺個人への挨拶が済むと、決まってたずねてきた。


「ところで、勇者様、彼は間違いなく、あなたの息子なのですか?」


 俺はその質問に、ザドリーが何か言う前に「実はよくわからないんですよね」と答えた。


「俺、昔はわりと遊んでたほうだったし? 彼女とかセフレとかいっぱいいたし? だから、これぐらいの子供がいてもおかしくないかなあって」


 せいいっぱいリア充っぽい口調で言うと、それ以上は追求されなかった。俺という本物の勇者アルドレイが現れた手前、その息子の真偽なんて、みんなどうでもいいようだった。


「……君は何で、僕をかばうようなことを言うんだ?」


 やがて貴族連中の挨拶ラッシュが一段落したところで、ザドリーは小声で俺に尋ねた。


「僕はアルドレイの関係者じゃない。赤の他人だ。それは、アルドレイ本人である君自身が一番知っていることだろう? なのに、なんでそれを隠すんだ?」

「別にいいだろ。本当のことを言っても、お前が赤っ恥をかくだけだし」


 俺は適当にザドリーの追及を受け流した。確かに、このイケメン君に気を使ってやっているところも多少はあった。しかし、実のところは、俺自身の体裁のためだった。仮にこいつが息子じゃないと暴露したとして、じゃあなんでそれがわかったのかと追求されると、最終的に俺がいい歳して童貞のまま死んだという、恥ずかしい事実が発掘されるかもしれないからな。それだけは避けたい。勇者アルドレイの名誉にかけて!


「確かに、いまさらニセモノだったと発表するのは、恥ずかしいことだな。だが、その代わり、僕は赤の他人である君を、人前では父親呼ばわりしなくてはならないんだぞ。それはあまり、気分のいい話ではないな?」


 と、言葉とは裏腹に、くすりと笑いながらザドリーは言った。へえ、こいつも、こういう冗談っぽくイヤミの一つも言うようなやつなんだな。


「いやなら、自分からニセモノだったってふれてまわってもいいんだぜ? 俺はあくまで、お前が息子かどうかわかんねってスタンスだから」

「そうだな。気が向いたらそうすることにしよう」


 ザドリーはそこで、思い出したように懐から小さなものを取り出し、俺に差し出した。一本の古びたナイフだった。鞘は黒い皮で、二つ頭の蛇の意匠が入っており、柄にはアルドレイと古代文字で彫ってあるヤツだ。


「これは、元は君のものなんだろう。返すよ」

「いや、今さらこんなの返してもらっても……。それに、お前の父親の形見なんだろ?」

「だからこそ、君に返すんだ。僕の父親になぜこれが渡ったのか、それをぜひ思い出してもらわないと」


 ザドリーの顔は真剣そのものだった。


 そうか、こいつなりに自分の本当の父親のことを知りたがってるんだな。元はといえば、それが全ての発端なわけだし。


「わ、わかったよ。なんとか思い出してみるよ」


 さすがに受け取らないわけにはいかなかった。


「頼んだよ」


 ザドリーは俺にナイフを託すと、それで用が済んだように、俺から離れて行ってしまった。




 一人になった俺はそれからまたしばらく貴族連中の相手をすることになった。ひとりになっても、相変わらずザドリーのことは尋ねられた。そして、相変わらず俺は、「わからない」と、適当に答えるだけだった。とっとと、こんなしょうもない接待パーティー終わらないかなという気持ちだった。


 そして、そんなとき、誰かが突然後ろから俺に体当たりしてきた。また、いったい何事だろう。すぐに振り返ると、純白のドレスを着た、美しい少女が立っていた。黒く長い髪は上品に頭頂部にまとめられ、肌は雪のように白い。今は酔っているのか、少し頬に赤みがさしているようだが……って、あれ? この顔、見覚えがあるぞ?


「ユリィ、お前も来てたのかよ」


 そう、そのドレスアップした少女は、俺のよく知る、ポンコツ魔法使いだった。いつもと雰囲気が変わりすぎてて、一瞬誰だかわからなかったぜ。


「智樹様、ちょうどよかったです。わたしを助けてください」


 と、ユリィは俺の腕にしがみついてきた。また突然のことに、びっくりする俺だったが、その言葉の意味はすぐわかった。一人の貴族の青年がこっちに駆け寄ってきたからだった。


「どうか、お願いします。私とダンスのお相手を――」


 青年は俺のことなど眼中にないという感じで、ユリィの前に跪き、手を差し伸べた。だが、ユリィは「ごめんなさい」と言って、俺の体の後ろに隠れるだけだった。


「あの、わたし、この人と先約が……」

「先約って……あ」


 と、青年はそこでようやく俺の顔を見て、あわてたように後ろに下がった。


「こ、これは勇者アルドレイ様! そのお連れとはまったく存じませんでした。無礼をどうぞお許しください」


 青年はそう言うと、早足で向こうに逃げていってしまった。


「お前、俺を都合のいい盾に使うなよ」

「だって、わたし、ダンスなんてやったことなくて……」


 ユリィは俺から離れつつ、恥ずかしそうにうつむいた。こうして着飾った姿を見てみると、周りにちらほらいる、どこぞの貴族の令嬢よりずっと可憐で、気品があるように見えた。そりゃ、ダンスのお相手を申し込まれるのも無理はないってもんだ。


「やったことなくても、適当に相手してりゃいいだろ。相手は貴族だ。うまく気に入られりゃ、玉の輿だぞ」

「玉の輿なんて、そんな……」


 ユリィはなんだかますます恥ずかしそうにうつむいた。なんだ、こいつ?


「ってか、お前が来てるってことは、あのクソエルフもここにいるのか?」

「ああ、ティリセ様なら、昼間帰ってきたとたん、急に屋敷を出てどこかへ行ってしまわれて。智樹様への伝言のお手紙を預かっています」


 ユリィはポケットから折りたたんだ紙切れを出して、俺に手渡した。急になんだろう。すぐに中を見てみると、ティリセの字で、「巡礼の旅に出ます。探さないで下さい」とだけ、書いてあった……。


「巡礼の旅? あいつが? いったい、何をたくらんで……」


 にわかには信じられない文章だった。


「ま、あんなクソ女が、勝手にどっか行ったのはいいことだ。二度と帰ってこないように祈る限りだぜ」


 悪い予感しかしなかったが、とりあえずプラスに考えることにした。


 と、そこで、ユリィが「あの、智樹様」と、俺の袖を引っ張った。


「なんだ? まだ何かあるのか?」

「……はい。でも、ここではその……」


 なんだかユリィはまた恥ずかしそうに顔を赤らめている。


「もしかして、オシッコか? 酒飲むと来るらしいからなー」

「違います! ちょっとお話したいことがあるだけです!」


 ユリィはそこで俺の腕をぐいとつかんで、引っ張った。どこへ行く気だろう。とりあえず、引っ張られるままにユリィについていった。すると、やがて俺たちはバルコニーに出た。そこに人気はなく、街の明かりが遠くに見えた。よく晴れた夜で、月や星もきれいに空に輝いていた。


 ……って、なんだこのシチュエーション? ふと、過去のベストオブトラウマシーンがよみがえってきた。そう、あの晩も城では宴が開かれていて、俺はその最中、一人の女の子とバルコニーに出て、そこで告白して、その後……ぐはっ! あの時と、そっくり同じ状況過ぎる! 


「ユリィ、話って、どうしてもここじゃなきゃダメなのか?」


 一刻も早くここから去りたい俺だった。


「はい。他の場所だと人目があるので……」

「そ、そうか。じゃあ、手短に頼む――」


 と、言いかけたそのときだった。ユリィは何を思ったのか、いきなり俺の胸に飛び込んできた! 


「え……」


 な、なんなの、この状況? 突然のことに、俺は頭が真っ白になってしまった。

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