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「でも、なんで急に釈放なんだ? 王様に殺人パンチしたんだぞ、俺?」
ザドリーとともに城の通路を歩きながら、ユリィにたずねた。確かに無罪釈放らしく、ところどころに立っている兵士たちは俺たちのことを見ても特に反応しなかった。
「お師匠様が王様に事情を話して、王様の誤解を解いてくれたんです」
「誤解……?」
まさかあのゴミ魔剣のクソ仕様について、説明したのか? それで、納得したのか、王様? いまいち信じられない話だ。
「それで、王様が逆に智樹様に謝罪したいとおっしゃっていたので、わたしが呼びに来たんです。あ、ついでにザドリーさんも」
「ついでに……」
ザドリーは露骨に顔をしかめた。まあ、俺のとばっちりで牢に放り込まれただけのヤツだから、その言い方で間違いないけどな。はは。
「じゃあ、これから俺はまた、あの王様に会わなくちゃいけないのか?」
「はい。王様のお部屋はもうすぐそこですよ」
と、とある角を曲がったところで、ユリィは通路の突き当たりにある豪華な扉を指差した。扉の両脇には兵士が立っていた。なるほど、あれが王のプライベートルームか。気が進まなかったが、とりあえずユリィの後をついていく形でそこに向かった。
扉を開けると、王様はすぐに俺のほうに向かってきた。勢いよく。
「おお、勇者よ! 余のおろかな行いを許しておくれ!」
そう言うや否や、王様はいきなり俺に抱きついてきた。むぎゅっ! なんだ、いきなり! 暑苦しい! むさくるしい! 気持ち悪い! あわてて、王様から離れた。
「な、何をいきなり――」
全身にサブイボができてしまう。王様は「なーに、親愛のハグじゃよ?」と、けろっとした顔をしている。クソ、なんだこの、ハゲ。
「ユリィ、突然で悪いが、俺を抱きしめてくれ」
「え、なんで急に?」
ユリィはぎょっとして肩をすくませた。
「あのおっさんのハグの感触がまだ残ってる。気持ち悪いんだ。お前のハグで上書きしてくれ。頼む!」
「え……そんなこと……人前でできません……」
「そこをなんとか! ネットでグロ画像をうっかり踏んだとき、俺はすぐに子猫の画像を検索して、網膜を消毒することにしてる! それと同じなんだ! やってくれ!」
「え……でも……」
「ああ、そういうことでしたら、この私が」
と、突如、黒ローブのおっさんが俺に抱きついてきた! ぎゅむっ! うわ、なんだまたいきなり! なんかごつごつしてるし、おっさん特有の加齢臭で鼻が曲がる! あわてておっさん――ギルド長を引き剥がした。
「あ、あんたも、ここにいたのか……」
「はい。私だけではありませんよ。先代レーナ魔術師ギルド長、サキ様も、ここにいらっしゃいます」
と、ギルド長は部屋の奥を指差した。そんなに広くはなかったが、王の自室というだけに、調度品や内装はひたすら瀟洒で、高級感に満ちていた。そして、窓際のソファには腰周りと胸周りに鎖を巻いただけの格好の、褐色の肌の女が座っていた。サキだ。俺と目が合うと「はぁい、勇者様」と、にこやかに手を振ってきた。
「この者が言うには、勇者殿は余の命の恩人だそうだな?」
「え」
いや、むしろ命を奪いかけたんですけど?
「な、なんの話ですか?」
「ほほ。聞いておるぞ。余の体に取り付いた悪霊を、その拳で清めてくれたのであろう? 勇者殿があの場でそうしなければ、余の命は危なかったともな。本当に、勇者殿には感謝してもしきれぬくらいじゃ。兵どもが早とちりして、勇者殿に大変な非礼を働いたことを、どうぞ許しておくれ」
「あ、はい……まあ……」
悪霊ってネムのことか? それを俺が拳で清めた? ようわからんが、感謝されてるんだから、まあいいか。
「おお、忘れるところであった。勇者殿にはまずこれを返しておかなくてはな」
と、王様は近くの兵士に目配せした。ただちに、兵士は携えていた剣を俺に差し出した。まさにそれは、悪霊の正体、ゴミ魔剣だった。
「え、これを俺に返すってどういう――」
「勇者殿の大切な愛剣なのであろう?」
「いや、だから、これが悪霊――」
「そうそう。悪霊や魔物を払う力を秘めた、聖なる剣なのであろう? 勇者たるもの、絶対に手放してはならぬものではないか。遠慮なく受け取るがよい」
「はあ……」
猛烈にいらなかったが、王様がほれほれと、俺の目の前でゴミ魔剣を振り回すので、しょうがなく受け取った。悪霊の正体がこの剣だということまでは知られてないのかよ、クソが。
「じゃあ、まあ、そういうことなんで、俺はこれで」
話は済んだような気配だったので、俺はネムを腰に差すと、すぐにきびすを返し、部屋を出ようとした――ら、王様が突如早足で俺の前に回りこんできた。
「勇者殿、どこへ行く。話はまだこれからじゃよ?」
「え、まだ何かあるんですか?」
「当然じゃ。そなたはまぎれもなく、勇者アルドレイの生まれ変わりなのだからな。ぜひ我が国のために力を貸してもらいたい」
「いやです」
というか、このおっさんの中では、もう確定しちゃってるのかよ。俺がアルドレイだって。ちくしょう、めんどくせえな。
「どうせ、俺のことを政治的に利用しようって考えてるんでしょう。そんなの、そこの銀髪イケメン君に頼めばいいことじゃないですか」
「いやいや。余はただ、勇者殿に、今度の武芸大会に顔を出してほしいだけなのだ」
「武芸大会に? なんでそんなのに……」
「勇者アルドレイの生まれ変わりが出場するとなれば、民は大いに喜ぶ。大会も大いに盛り上がる。よいことづくめじゃ!」
「いや、そんな客寄せパンダみたいな真似はごめんです」
それこそまさに、ザドリーの仕事だろうがよ。だんだん、苛立ちをおさえられなくなってきた。俺は、なおもフンフンディフェンスの要領で退路をさえぎる王様を華麗にすり抜け、扉に手をかけた。とっとと、こんなところから出て行こう。
だが、そこで、こんな声が聞こえてきた。
「勇者様が出ないのなら、大会を開く意味なんて、ないんじゃないかしら」
サキの声だ。俺は思わずぴたっと動きを止めた。
「そうですね。勇者アルドレイという絶対的な存在を無視して、ただの人間同士で武芸を競い合うことに何の意味があるのでしょうね。白けるというものです」
これはギルド長の声だ。
「ふむ、言われてみれば、確かにそうであるな。みな、勇者殿の勇ましい戦いっぶりを見た後なのだし、それよりはるかに技量の劣る者たちの試合など、見たいものではないだろう」
と、王様。
「さらに、魔物たちの動きも気になります。先ほど王都に現れた彼らは明らかに、アルドレイの名前に釣られて、集まってきています。このまま武芸大会を開催すると、今度は民に被害が及ぶかもしれません」
と、ギルド長。
「勇者様がじきじきに大会に参加するとなれば、魔物たちも萎縮して、むやみに襲ってはこないでしょうねえ。でも、不参加となれば、逆に好機と考えて攻めて来る可能性もあるんじゃないかしら。それって、とっても危険なことよね」
と、サキ。
「そうか……。では、大会は中止したほうがよいということか――」
「い、いえ! 武芸大会、大いに結構! ぜひ決行してください!」
俺はあわてて振り返り、叫んだ。そう、このまま中止にされるのは俺としては非常にマズイ。サキとの約束は、武芸大会が無事に終わったら、という条件だったからな。中止じゃダメなんだ、ちくしょうめ。
「ほう、そうか! では、出場してくれるか、勇者殿!」
「あ、はい……」
俺は自分の顔がひきつるのを感じながら、王様と約束の握手をした。
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